Blazing is the flame of grace

@kanekiken

『巌窟王』

まさにこの場は戦場だった。多くの者が、押し寄せてくる怪物たちを迎え撃とうと武器を持ち、呪文を詠唱し、盾を構える。傍から見れば戦力差など一目瞭然。ゆうに百を超えるであろう怪物たちに対し、こちらの戦力は50ほど。倍近い数と圧倒的な力の暴力が俺達に襲い掛かる。


「うわああああ!!!」


この場を守ろうと必死に盾を構えても、いずれは突破されてしまうものだ。現に、防御の薄かった左翼側が押し切られてしまった。やれやれ…こうなることは薄々感づいてはいたのだが…仕方ないか。


「た…助けて…」


「動くな」


棍棒を振りかざし、腰が抜けた仲間の命を刈り取ろうとした怪物の頭を消し飛ばした。それに気づいたのだろう。近くにいた怪物たちが俺に向かって咆哮を上げる。数にして約20匹ほどが俺に向かって突撃してきた。


「うるさいな…」


向かってくる怪物たちに悪態をつくと、俺はこの状況を打破するために、付属魔法エンチャントを唱える。


黒炎アンフェル


そう唱えると、俺の体はたちまち黒い炎によって包み込まれる。そして、俺は炎を纏ったまま怪物たちに向かっていった。炎を纏った拳が怪物の頭を、腹を抉りぬいていく。炎は傷口から怪物たちの体に燃え移ると蝕むようにして、その体を包み込んだ。

俺から発せられるは怨念と復讐の炎。触れるものを死へと至らせる毒の炎。何ものであったとしても、この炎は灰燼へと帰す。肉も皮も、そして骨すらも焼き尽くす。後に残るは、彼らの命の源である『魔石』のみ。


「他愛ない…」


俺は助けた仲間の元に近付き、怪我をしていないか確認する。見たところ、どこか折っていたりなどはしていないようだが…


「大丈夫か?」


「は、はい!大丈夫です!ありがとうございました!!」


彼はそう言うと、走っていってしまった。やはり怪我はしていなかったようだ。そこは安心だが…


「なぜ逃げたんだ?」


もうこの辺りには怪物の気配はない。ならばもう少しゆっくりしていてもよかったと思うが…まあ、まだ戦闘は続いているしな。戦えないと判断したら逃げることも立派な策の一つだ。


「エド!準備が終わった!早く離脱しろ!」


団長からの命令が下ったため、俺はこの場から離脱することにした。本陣へ辿り着き、辺りを見渡すと、俺のとは真逆の赤き炎が大地を飲み込んでいた。これだったらあの大軍は全て塵と化すだろう…


「お疲れ様、エド。助かったよ」


小人族パルゥムが俺に声をかける。彼の名は「フィン・ディムナ」。ぱっと見では少年のように見えるが、実はアラフォーである。俺達のファミリアの団長を務めており、頭が非常に切れる。また、レベルも6と迷宮都市最高峰の実力者の一人でもあり、戦闘能力も非常に高い。


「…俺は自分のやるべきことをしたまでだ」


「それでも、君のおかげで誰も減ることなく地上に帰れることは事実だ。団長として礼を言うのは当然の責務だろう?」


「…勝手にしろ」


そう言うとフィンは、俺に向けて微笑むとまた後でと言い残して団員たちの元へ帰っていった。ようやく俺に静寂がもたらされるかと思ったのだが…それはまだらしい。


「次はお前か…アイズ」


「気づいてたの…?」


驚い…ているような顔で首をかしげながら近づいてくる彼女は「アイズ・ヴァレンシュタイン」。ファミリアの中核を担う剣士であり、年はたしか…弟の2つ上だったはずだから16か?レベルは5。巷ではその美貌から憧れを抱かれているらしいが…特に興味はないな。


「生憎、気配には敏感でな。お前ほどの実力者が近づいてきたら嫌でも分かってしまう」


「そっか…次からは気を付けるね」


気配を消されたらそれはそれで困るのだが…まあいいか…


「それで?なぜ俺の元へ来た」


「帰ったら鍛錬に付き合ってもらおうと思って…ダメ…?」


鍛錬か…前に付き合ったが、あの時は(修練場が)悲惨な目にあったからな。また叱られる羽目になるのは目に見えている…『あいつ』からの説教ほど時間の無駄になることはない。アイズには悪いが…断らせてもらおう。


「すまないな。帰ったら少しばかり体を休めようと思っていてな。鍛錬だったら別の奴に頼んでくれ」


アイズにそう告げると、少し沈んだような表情で皆の元へ戻っていってしまった。アイズには悪いことをしたが、あの説教だけは何が何でも回避しなければいけないのだ。





















「久々の地上だー!!」


約1週間ぶりに見た太陽に目が眩む…やはり地下にあるダンジョンと地上とでは空気が違うな。地上の空気のほうが澄んでいて美味い。


(ロキ・ファミリアの野郎たちだぜ…)


(また全員無事に帰ってきたわけか…)


(見ろ…『巌窟王モンテ・クリスト』だぜ)


(あいつらよくあんなのと関われるよな…)


…目の前に現れた途端にこれか。俺も随分と嫌われているらしい。まあ、こんなものとうの昔に慣れたがな。


「エド…」


俺のことを気にするようにアマゾネスの少女が声をかけた。彼女は「ティオナ・ヒリュテ」。アイズと同じくレベル5の第一級冒険者で、年は俺と同じ17。ちなみに地上に帰っての開口一番に言葉を発したのは彼女だ。いつもは周りを盛り上げるムードメーカーの役割なのだが…今の彼女の表情にはいつもの様子が感じられない。


「気にしてなどない。いつも通りの光景が目の前に広がっているだけだ。お前が気にすることでもない」


俺はそう言うと、周りより先にホームへ足を進めた。今はとりあえず風呂に入りたい。1週間も地下にいると、湯舟が恋しくなるからな。





















周りより一足先にホームにたどり着いた俺の元に一つの物体が急速に近づいてくる。この物体の正体を俺は知っている。


「おっかえりー!!!」


我らがファミリアが主神であり、天界の悪戯者トリックスターことロキが俺に向かって飛び掛かってくる。俺は飛び掛かってくるロキの頭を空中で掴んで、ゆっくりとじわじわ力を強めながら地面に下ろしていく。


「ただいまロキ。出迎えは感謝するが、俺にこれをするのはやめろと何度も言ったはずだが?」


「ご、ご、ご、ごめん!次からやらんから離して!頭がミシミシなっと…ぎゃああああああ!!!」


悲痛な叫び声をあげながら許しを請うロキの姿を見て少しばかりすっとした俺は、ロキの頭から手を離し、改めてロキに帰還の挨拶をする。


「ただいまロキ」


「おう!おかえりエド」


寂しい思いをしていたゆえの行動だったのだろうが…いささかこの女神はスキンシップが激しすぎる。特に女性陣に対してのセクハラまがいはなかなかにひどいものがある。だが…それでも我らがファミリアの主神であり、俺達の母親だ。信頼はしているし、どこか憎めない奴でもある。復讐の化身である俺がこう思うのも変な話だがな…


「そういえば、エド宛に手紙来てたで」


俺に手紙とは…なかなかのもの好きがいるものだな。


「誰からだ?」


「宛名は書いてなかったな…」


宛名なしの手紙とは…怪しさ満点だが…


「その手紙は?」


「一応持ってきたけど、ここで見るか?」


青い封筒をロキはポケットの中から取り出した。しかし…あの封筒どこかで見たような気がする。俺はそんなことを思いながらロキから手紙を受け取ると、封筒を開けてみた。中身は手紙が一通だけ入っていた。誰からなのかと思いながら手紙を読み進めていった俺は途中で目を見開いた。


「フフフ…」


そうか!ついにお前が!そうかそうか!祝福しよう!お前の唯一の「兄弟」として、「兄」としてこの地へ足を運ぶことを祝福するぞ!


「クハハハハハ!!!」


待っているぞ我が愛しき「弟」よ!多くの苦難がお前を待ち受けるだろう!だが、お前が諦めないというのであれば、俺が道を指し示そう!


「ど…どうしたんや?エド…」


「なに…なんでもない。クハハハ!ああ…今日は実にいい日だと思っただけだ」


ああ…待っているぞ…「ベル」。

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