錦色円環ー紫金の花

三利さねみ

*

 鬱蒼とした木々の合間を通る男がいた。背が高い壮年は黒い長髪を整えもせず、無造作にたらしている。彼が着る衣類はかつて上等な素材だった。いまでは所々にほつれが目立ち、みすぼらしくなっていた。だが、男には貧しさを感じさせない特徴をもっている。

 一つは彼の首にさがる、宝石をふんだんにあしらった装飾品。十字の形をした首飾りだ。その昔、名僧が国王よりたまわった貴重な一品だったという。名僧の関係者が彼に贈ったものだ。しかし彼自身は僧侶と無縁であり、むしろ真逆な立場にいる。男は僧たちの信仰対象の敵でもあるのだ。そうと知っていながら男は首飾りを身に着けつづける。男にとっては数ある報酬の一種でしかなかったからだ。

 もう一つは彼のそばを飛びまわる動物。二枚の翼が背に生えた小さい竜だ。太い四肢と尾はトカゲに似ている。青紫色の鱗でおおった体に銀色のたてがみを生やしていた。幼竜は日の当たる角度を変えるたびにきらめいている。動く宝石にも等しいそれが口を動かす。

「こっちは町がないと思うよ」

 飛竜は暗にこのまま進んでも無駄だと進言した。男はその意味を理解できたが、かと言ってどちらへ進路を変えればよいかわからなかった。こんな時にとる手段は決まっていた。

 男は枝葉のすきまからのぞく青い空間を見上げる。

「空へ……上がるか」

 飛竜は「うん、方角を確認してくる」と言い、折り重なる木の枝をかいくぐる。上空へ飛翔した飛竜は、地上から見ると豆粒ほどの大きさになった。

 彼らは人里そのものに用はなかった。忽然と消えた所有物をさがして、かれこれ数か月は経った。遺失物は町へ流れついたはず、という確証のない思考のもと、手当たり次第に各地へ向かう。捜し物はどの町へ行ったのか、ようとして知れない。また男自身も己が捜索する対象の固有名称を忘れてしまっていた。捜索するのに不十分な状態であっても「町に行けばなんとかなる」という楽観が男にはあった。捜し物はそれ自体が独特の気配を発する。それゆえ、男が接近すれば居場所を感知できる。その自信が男の原動力となった。

 上空で探索していた竜が下降した。竜は男の肩にとまり「人がくる」と警戒をうながした。男も生き物の接近に気づいてはいる。ただ、取るに足らぬと思い、見過ごしていた。

 何者かが草木を分けいってくる。男の目の前にあらわれた者は二人。剣を腰に提げ、軽装の鎧を着た戦士。戦士の二人組は飛竜と十字の首飾りに注目すると、にんまり笑った。

「あんた、いいもん持ってるな。どこの貴族さまだい?」

「バカ、貴族がこんなボロを着るわけねえ。どうせ追いはぎでもして奪ったんだろ」

 俺たちみたいに、と戦士の片割れが剣をぬく。切っ先を長身の男に突きつけ、勝ち誇る。

「盗賊の根城があるって知らねえで迷っちまったようだな。素直に金目のもんを置いてってくれりゃ、なんもしねえよ」

 男はあからさまな脅しを受けたが、顔色を変えず、自身の首飾りを手のひらにのせる。

「これが欲しくば、相応の捧げものを見せよ」

 抜身の剣をかまえる盗賊が鼻で笑う。

「はっ、冗談きついぜ。丸腰の野郎が俺たちと交渉するのかよ」

 この剣をくれてやる、と賊が剣を振り下ろした。男の胸めがけて刃が空を斬る。

「な、にぃ?」

 攻撃を仕掛けた賊はとまどった。刃は男の片手に収まっている。刃をつかむ手を斬ってやろうと剣の柄を動かすも、男の握力が勝っていて、動かない。固定された剣がようやく解放されたかと思うと、刀身が折れていた。刃部分は男の手で、土くれのごとく崩れる。

「このような粗悪品は受け取れない」

 男の脅威的な握力によって鉄の剣が折れた。意気揚々と襲いかかった賊は剣の刃先があった部分を見つめ、青ざめる。

「あ、あんた……人間じゃねえな?」

 男はうなずいた。賊たちの血の気がさっと引いていく。彼らの戦意が無くなったのを男が察すると、肩にのる飛竜を抱える。

「いらぬ時間をとった。早く迎えに行くぞ」

 飛竜が羽ばたき、男の手をはなれる。竜は徐々に肉体を膨張させ、幼竜から成竜へと変貌する。翼が枝を薙ぎはらい、木くずや落ち葉が吹き荒れる。飛竜は木々に飛行を邪魔されており、「もっとひらけた場所がいいかな」と離陸場所の変更を提案をした。

「もうすこし歩くか」

 男が飛竜の申し出を受け入れた。男が去ろうとするのを、賊が引きとめる。

「ま、待った! あんたは『館の魔人』なんだろ?」

 武器が健在なほうの賊が男にたずねる。男は物憂げにうなずいた。自分になんの用も為さない連中との関わり合いに、うんざりした。そうとは気付かない賊が質問を続行する。

「名前は、ヴラド……その胸のクルクスに飛竜といや、魔人ヴラドの持ち物のはずだ」

 ヴラドは己を知る者に多少の興味がわき、目線を合わせる。賊はヴラドの眼力に脅えながらも目を逸らさなかった。

「……なにか、頼みごとがあるのか?」

「あんたはさっき誰かを『迎えに行く』って言っただろ。その手伝いをさせてくれよ。そのかわりと言っちゃなんだが、あんたがおれらの助っ人をやるってのはどうだ?」

 わるくはない条件のように聞こえた。ヴラドは「どう、か」と飛竜に意見を求める。

「いいんじゃない? どこにいるかわからないんだもん。人手は多いほうがいいよ」

 飛竜は賊の交換条件に好意的だ。言いだしっぺの賊は強引に話をまとめ、流浪の一人と一匹を無法者の巣窟へ招いた。


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