183-救いのないセカイExtended

『今年の黒の月の一日……?』


 エレナが宙に浮かぶ天啓を見つめながら呟く。

 そこに書かれているのは、今から五ヶ月後みらいの日付。

 だが、不可解なことに未来の日付に対して【過去の】という一文が添えられており、俺はその日付に強く見覚えがあった。

 だってその日は――


「……俺が、カネミツにパーティを追い出された日だ」


『!』


 しかし【再生】とはどういう意味だろう?

 俺が天啓に手を伸ばそうとした途端、二つの手が同時に袖を掴んだ。

 ひとりは心配そうな表情で俺を見つめるエレナ、そしてもうひとりは……。


「フルル……?」


『たぶん……それは出来事を具現化する魔法。もしかすると……辛い思い出と対峙するかもしれない』


「……」


 いつもどおり無表情ながら、俺をとても心配そうに見つめる小さな妖精の頭を撫でた俺は、再び天啓へと目を向けた。


「それでも、今ここで俺達の前に出てきたってことは、何か意味があるんだろう」


 俺は一呼吸置いてから、手を伸ばす。


【過去の復元データを検出しました】

(日時 聖王歴129年 黒の月 1日 午前0時)

 再生しますか?


「……ああ」


 俺が相づちを打った途端、承諾だと見なされたのか、ふわりと意識が宙にとけて――





【もうひとつの聖王歴129年 黒の月 1日 午前0時】


<暗黒の世界唯一の光 サイハテの街 南東の水源地>


「ふぅ……」


 勇者カネミツは独り溜め息を吐くと、暗がりの中で光を反射してゆらゆらゆれる水面を見つめた。 

 もっとも、泉に映るその光源は街を取り囲む防壁の上に置かれた魔法の松明の炎によるもので、この世界には太陽など存在しないのだが。


『……カネミツさん?』


「!」


 聞き覚えのある声が聞こえて振り返ると、そこには彼の仲間である魔法使いシャロンと、エルフ弓手のレネットの姿があった。


「どうして君達がここに……?」


「それを言うなら、アンタもこんな真夜中に街の外に出て、何をしようってのよ」


「……」


 自らの問いに対し逆に問いで返されてしまい、カネミツは無言でうつむく。

 見かねたレネットが苦笑すると、カネミツへと話しかけた。


『もしかして、あなたも夢でここに導かれてきたのでは?』


「!?」


 カネミツがハッとした顔でレネットを見てから、再び泉へと目を向ける。


「……なるほどね」


 そう呟いた途端、泉の中心に小さな光の球がふわふわとやってきて眩い光を放った。

 それから、皆の目の前に美しい衣装を身にまとった金髪の女性が現れ、ぺこりと頭を下げる。


『再び逢えましたね』


「ああ」


 三人は数ヶ月前に、この女性と出会っている。

 サイハテの街の南西、死の洞窟のある山岳地帯沿いに建てられた教会跡の廃墟へと訪れた際、光を失ったはずの世界の天窓から一筋の光が降り注ぎ、そこに立っていたのが彼女であった。

 そして、カネミツに聖なる剣とともに、この世界の救済を託した……。



 彼女の名は女神フローライト――この世界の神である。



「僕の夢に出てきて一人で泉に来いと言っておきながら、レネットとシャロンも呼ぶのはどういう理由わけだい?」


 怪訝な顔をするカネミツを見て、フローライトは少し寂しげな笑顔を浮かべると、とんでもないことを言い放った。


『単刀直入に言います。この場に居ないを、パーティから追放してください』


「なっ!?」


 女神の言う彼とは、勇者パーティにおける唯一の前衛、シーフのカナタのこと。

 あまりにも唐突すぎる要求に、カネミツは若干の怒りを覚える。


「僕には彼を追い出す理由が無い。女神自らそのような無意味な要求をする理由を言ってほしい」


『……彼は、世界を救う可能性を秘めています』


「それなら、ますます追放する理由が無いだろう!」


 いつもは冷静なカネミツが喧嘩腰で女神フローライトを問い詰める様子に、シャロンとレネットの両名も不思議そうに首を傾げる。


「アンタなんでキレてんの?」


「……僕は、夢の中で既にイヤな話を聞かされてるんだよ」


「はあ?」


 カネミツがそのまま女神をキッと睨みつけると、当人……いや、当の神様はシャロンへ目を向けた。


『この世界はそう遠くないうちに、消失します』


「はあああ!?!?」


 さっきから突拍子も無い話ばかりを振ってくる女神の態度に、シャロンも素っ頓狂な声を上げる。

 その状況を見かねて、エルフのレネットだけはどうにか平静を装いながら疑問を口にした。


『あの、女神様……それはつまり、私達は魔王に勝てないということですか?』


『いいえ。魔王は脅威ではないというか……もう、どうにもならないですね。あちらにも奇跡を起こす可能性を期待していたのですが、彼女を支える人が誰も居なくて……。その責任も私にありますが、しかし……』


 よくわからないことを言う女神に痺れを切らし、ついに狂犬……もとい、シャロンの堪忍袋の緒が切れた!


「そういう回りくどい言い方をすんじゃないわよッ!! アンタ神様なんでしょ!! 神様なら神様らしく、堂々としなさいよ!!!」


 悲鳴にも似た怒りの声に女神はハッとなると、何かを決心した様子で語りはじめた。


『そうですね……。まずは、神でありながら、真の悪・・・の存在に気づくことの出来なかったことを、改めて謝罪します』


 シャロンの怒鳴り声を聞いて冷静になれたのか、カネミツは少し落ち着いた様子で女神に話しかける。


「真の悪とはつまり、魔王とは別に倒さなければならない奴がいるけど、僕達じゃどうにもならないってことかな?」


『はい。不可能です』


「ハッキリ言えとは言ったけど、これはこれで容赦がないわね……」


 シャロンががくりと肩を落とす姿に、女神は申し訳なさそうに頭を下げる。

 そこに向けて、再びレネットが話しかけた。


『なのに、カナタくんを追放すると、それがどうにか・・・・なるのですか?』


『はい。まだ不確定要素は多く、どういった結果をもたらすかまでは不明なのですが。未来予測では、それが最適解という答えが導かれました。正直、私も不思議に思っているのですけど、何故か確率値が変動するのですよね……他は0パーセントなのに』


 最後の方は小声すぎて皆には聞こえなかったものの、女神の言うことが正しいのであれば、結局のところ選択肢は一つ【カナタを追い出す】しか無いらしい。


「で、彼を追い出した後、僕達はどうすればいいんだい。魔王が真の悪でないのならば、これまでの戦いも全て無駄になってしまうし、今後も戦う理由が無いだろう?」


 カネミツの問いに対し、女神は言葉を選びながらゆっくり伝える。


『この状況を人々に伝えれば、きっと世界中が混乱に陥るでしょう。ですので皆様は、これまで通りの日常をお過ごしいただければ……』


「ずっと一緒に旅してきた大切な仲間を追い出したうえ、世界が滅びるまでのうのうと過ごせと? ホント良い度胸してるわね」


『……』


 女神は再び無言になると、南西の教会跡のある方へと目を向けた。


『教会跡へ転移ゲートをセットしました。そこに行けば、聖王都プラテナの地下水道へ一瞬で移動できますから、せめて最後の日が来る前に大切な人達に顔を見せておくのも――』


「私にはそういうの・・・・・は無いわね」


「僕も生まれがあまり良くないから……無いね」


『私は……ユピテルに逢いたいなあ』


 何を言っても逆効果になってしまう状況に、女神はただただ頭を抱えるばかり。

 だが、残された時間がわずかなのか、女神は再び顔を上げるとカネミツへと口早に話しだした。


『彼を追放する際は、一日の狩りを終えて酒場で泥酔したタイミングを狙ってください。また、別れた後は一切の資金援助をせず、万一助けを求められたとしても全て拒絶してください。ただ、手持ちの武器や、彼に所有権のある持ち物はそのままで結構です』


 あまりに乱暴な女神の言い草に、三人とも目が点に。

 そのままタイムリミットに至ってしまったのか、女神は悲しげな顔のまま姿が消えてゆく……。

 そして、シャロンはそんな女神に向けて吐き捨てるように言った。


「もしも、もう一度過去をやり直せるなら……私、次は絶対にアンタを信仰しないと心に誓うわ。絶対にね」


『……』





【Movie end】

 再生が終了しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る