第十一章 死の洞窟の案内人 嘘つき少女シエル
158-ベストタイミング
【聖王歴129年 白の月3日】
<聖王都プラテナ 旅の宿>
嵐のような大波乱の一夜は過ぎ去り、俺達は久しぶりに聖王都へと帰ってきた。
と言っても、俺がかつて勇者達と旅をしていた時は十日以上かけて聖王都へ戻ったのに対して、今回はフルルの空間転移でひとっ飛び!
つまり、次の街へと出発するまで十日以上の余裕がある計算になるのだけど……。
「今回は少し早めに出発しよう」
俺がそう宣言すると、サツキは不満げな様子で詰め寄ってきた。
「ぶーぶー! 久々にプリシアちゃんと遊ぼうと思ったのに! おにーちゃん横暴ーっ!!」
サツキがぶーぶーと文句を垂れるのを軽くチョップでいなしつつ、俺は日記の一文を指差した。
「これ見てみ」
「ほ?」
【聖王歴129年 白の月13日】
聖王都へ帰還して早々に、俺達のもとへ城からの使者が現れた。
どうやら、俺達が遠い異国を旅している間に大きな戦争があったらしく、その戦いにおいて勝利に大きく貢献した中央教会の要請で、聖騎士隊が十日前に南西の僻地へと向けて遠征に出たのだそうだ。
何やら教会のお偉いさん曰く、その方角から悪しき気配を感じるとかどうとか……。
ところが、二日前を境に伝令兵が戻らなくなり、彼らの安否が分からない状況らしい。
しかも、聖騎士隊を率いているのは第一王位継承権をもつライナス殿下!
これが表沙汰となれば、国を揺るがす一大事になりかねない。
そんなわけで俺達は、聖騎士隊が向かったという南西の集落へ向かうこととなった。
「え、これって……」
「大きな戦争ってのは、前にサツキ達が実家に帰……れなかったけど、その間に俺とエレナが遭遇したドラゴンの森での騒ぎのことだろう。そのときはシャロンやプリシア姫の協力でツヴァイの企みを阻止できたけど、この日記を書いた頃はそんな事情なんて知らなかったからな」
しかも、かつて見た世界ではプリシア姫誘拐事件の首謀者は捕まっていないし、聖竜ピートは母子ともども殺されてしまっているので、森のドラゴン達と対話をする術もない。
戦争とは名ばかりで、ドラゴン達が一方的に蹂躙されたと考えるべきだろう。
「あっちから悪しき気配がするー、とか。こんなよくわかんない理由で騎士隊を出しちゃうなんて、ホント何を考えてるんだろうねえ」
「中央教会が聖地奪還に成功したことで勢いづいて、次のターゲットへ狙いを定めたんだよ」
「次のターゲットって……あっ!」
疑問を口にすると同時に次の記述を目にしたサツキは、言葉の意味に気づいたようだ。
【聖王歴129年 白の月19日】
港町アクアリアを経由し、南下した俺達がやって来たのは、岩山の
村の奥には洞窟があり、入り口には次のように大きく注意書きがあった。
<死の洞窟>
ここに足を踏み入れた者の多くは命を落とすであろう。
覚悟無き者は立ち去るがよい。
「こ、これってアレじゃん! アレだよアレアレッ!!」
『ご……語彙力ェ……』
フルルが無表情ながら呆れた様子で呟いているけれど、俺もその気持ちよく分かるよ……。
微妙に変な空気になりそうになりつつも、それを察したエレナが代わりに答えてくれた。
『
「ああ。だけど、この頃はココが常闇の大地に繋がってるってのは知られてなくてな。多くの犠牲者を出しながら最奥地を踏破した結果、初めて明らかになるんだよ」
「犠牲者って……まさか、プリシアちゃんのおにーちゃん死んじゃうの!?」
サツキが仰天して声を上げるものの、俺は首を横に振って否定した。
「んなコトになるんだったら、こんなに悠長にしてないって。死の洞窟を踏破した後、常闇の大地やサイハテの街の存在を国王へ報告し、双方の交流を深めるきっかけとなったのが他ならぬライナス殿下なんだから」
「えええーーっ!?」
我が妹ながら表情がコロコロ変わって面白いなー、と思いつつも、サツキは何かに気づいたのか、はてと首を傾げた。
「だけど、だったら最初からライナス殿下に、おにーちゃんがこのコトを教えとけば良かったんじゃないの? 死の洞窟の向こうに魔王の国があるぞーって」
確かにサツキの言うことはごもっともである。
ただ、それが出来ない大きな理由があった。
それは……
「教えるのが早すぎると、手遅れになるんだよ」
「早すぎると手遅れ? どーゆー意味さ???」
自分でも陳腐な言い回しではあると思うけれど、実際にそうなのだから仕方あるまい。
「まず、この村まで港町アクアリアから何日もかかる。それに死の洞窟だって一度入ればバカみたいに複雑で、それを往復するとなるとかなりの日数が必要なんだ」
「ふむふむ」
もしもライナス殿下へ『常闇の大地』のことを伝えようものなら、有無を言わさず聖騎士隊を編成して死の洞窟へと突撃するだろう。
多くの犠牲を払うと分かっていようとも、魔王討伐は数百年にも渡る人類の悲願なのだから……。
「たくさんの人が死ぬと分かっていて、真相だけを伝えて放っておくわけにもいかない。俺らが遠征しなければ、すぐにでも聖騎士隊と一緒に行けたけど……さすがにダメだろ?」
「あー、そりゃダメだねえ」
これまで俺達はフロスト王国、ジェダイト帝国、ヤズマト国、そしてドワーフの都を旅してきたけれど、いずれの場所でも「放っておけない難題」が多々あったのだ。
それをほっぽり出して魔王討伐へ行こうものなら、フロスト国とジェダイト帝国は魔王四天王に襲撃されて甚大な被害が出るし、ヤズマト国では無実の罪でホワイトドラゴンのスノウが討伐されてしまう。
しかもドワーフの都に至っては、セツナさんがコアの破壊には成功するだろうけど、温泉が枯れたショックで何をしでかすか分からないのが最悪だ。
それら一連の問題を解決した今こそ、ライナス殿下に真相を伝えるベストタイミングと言えよう。
『だけど、いきなりにーちゃんがやって来てさ。集落の洞窟を越えると、魔王に支配された世界があるよ~って言われて、殿下は信じてくれるものかい?』
「確かに、それも問題なんだよなあ」
ユピテルの疑問を受けて俺が頭を悩ませている姿を見て、サツキはそれを見てキョトンとするばかり。
「べつにプリシアちゃんのおにーちゃんが居なくても、あたし達単独で突破しちゃえば良くない?」
「さっきも言ったけど、ライナス殿下が双方の交流を深めるきっかけとなったってのは、かなり重要な話なんだ。そもそも、洞窟を抜けた先にあるサイハテの街ってのは、聖王都の苛烈な他種族差別に追われた人達が、命からがら死の洞窟を抜けて辿り着いた新天地で開拓したのが始まりでな。そこに勇者や聖騎士隊が到着したもんだから、開口一番に街の人達から『立ち去れ!!』みたいに罵声が飛んできてなぁ……」
『うっわ……』
かつての排他的だった頃のエルフ村を知っているユピテルとしては、容易に状況が想像出来るであろう。
「ところが、街に入れなくて平原でキャンプをしていた矢先、街が魔王の手下に襲撃されたんだ。そこに勇者パーティやライナス殿下率いる聖騎士隊が救済に入ったことで、かつて自分達の祖先を追放した王族の子孫が命がけで自分達を助けてくれた~って流れで双方が和解。それから、サイハテの街に冒険者達が集まれるような交流が始まるんだ」
『なるほどなー』
「それにさ……」
俺は一通り紙束に目を通し終わると、死の洞窟を踏破した日の文末を指差しながら呟いた。
「この子も助けてやりたいって思うんだよ」
【聖王歴129年 白の月21日】
――俺達は少女シエルの亡骸を大きな樹の根元に埋葬し祈りを捧げると、魔王討伐を目指して闇の世界へと歩み出した。
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