159-救いのないセカイ10
~旅の記録~
【聖王歴129年 白の月13日】
聖王都へ帰還して早々に、俺達のもとへ城からの使者が現れた。
どうやら、俺達が遠い異国を旅している間に大きな戦争があったらしく、その戦いにおいて勝利に大きく貢献した中央教会の要請で、聖騎士隊が十日ほど前に南西の僻地へと向けて遠征に出たのだそうだ。
何やら教会のお偉いさん曰く、その方角から悪しき気配を感じるとかどうとか……。
ところが、二日前を境に伝令兵が戻らなくなり、彼らの安否が分からない状況らしい。
しかも、聖騎士隊を率いているのは第一王位継承権をもつライナス王子!
これが表沙汰となれば、国を揺るがす一大事になりかねない。
そんなわけで俺達は、王子が向かったという南西の集落へ向かうこととなった。
【聖王歴129年 白の月17日】
港町アクアリアを経由し、南下した俺達がやって来たのは、岩山の
この村の奥には洞窟があり、その入り口には次のように大きく注意書きがあった。
<死の洞窟>
ここに足を踏み入れた者の多くは命を落とすであろう。
覚悟無き者は立ち去るがよい。
「何よ、このド直球な名前……」
シャロンの言葉には完全に同意見ではあるのだけれど、村人から「今から百年前に洞窟へ入っていった数十名の村人全員が生きて戻らなかったことから、畏怖を込めてその名が付けられた」と教えてもらえた。
どうして数十名が洞窟に入っていったのかはともかくとして、その人達が戻らないほど死に直結しているダンジョンとかイヤすぎる。
だが、聖王都から派遣された聖騎士全員が死の洞窟へと入っていったらしい。
家来だけが行くならまだしも、王族であるライナス殿下まで行くのは、さすがにどうかと思うのだが……。
けれども、これで音信不通になった理由は分かった。
当然ながら俺達も行くことになってしまったわけだが、もう日も沈んでしまったので、村の宿で一泊することとなった。
【聖王歴129年 白の月18日】
死の洞窟の探索へ入る旨を村長へ伝えたところ、洞窟案内を生業としている【ガイド】と呼ばれる村人達が居ると教えてもらえた。
どうやら死の洞窟には希少な魔法石や万病に効く水 (ウソくさ……)があるらしく、ガイド達へ報酬を支払えば探索をサポートしてくれるそうだ。
ところが腕利きのガイド達は皆、聖騎士隊に雇用されて出払っており、受付場に居たのは女の子が一人。
しかもカネミツがその子に声をかけようとしたところ、別の村人から「アイツはやめとけ」と忠告されてしまった。
村人曰く、一番良いルートを案内してほしいと伝えてもわざと遠回りして案内したり、ぜんぜんお宝を得られない道ばかりを案内されるそうで、彼女が左へ行けと言えば右へ、前へ進めと言われれば後退した方がマシと言われる始末。
結果、そんな少女に付いた二つ名は【嘘つきシエル】。
しかし一度入れば死に至ると言われる洞窟にガイド無しで潜るよりはマシであろう……ということで、俺達は少女シエルに案内をお願いすることにした。
以下、洞窟の暗がりで書いているので事実のみを端的に記す。
そもそも何月何日なのかもわからないし。
<キャンプ1>
死の洞窟は名前のとおり、手強いモンスターが頻繁に出現し、少しでも油断すれば死に至るリスクがある。
俺の危機感知スキルの反応頻度も多く、これが無ければとっくに胴体と首が■■■■■■いや、書き方が悪いから消しておこう。
まあ、生きてて良かったよ。
ちなみに【嘘つきシエル】の案内は、可もなく不可もなくといったところ。
そもそも俺達が来た目的は聖騎士隊およびにライナス殿下の捜索なので、別にお宝が出なくても問題無いのである。
<キャンプ2>
ようやく最奥地に到着したと思いきや上層へ向かう階段ッ!
まさかの多層構造に驚いたけれど、上がる直前に多くの人間が食事をした形跡があったので、この先に聖騎士隊が居る可能性は高そうだ。
ただ、二層に来てからというものシエルの案内がおかしくなってきた。
何度も同じ行き止まりに向かったり、不自然に考え込んだりと、まるで道に迷った幼子のよう。
シャロンが露骨に舌打ちし始めたから、正直かなり怖い。
何事も無く進んでほしい……。
<キャンプ3>
ついに恐れていた事態が起きてしまった。
シエルが通算七度目の行き止まりで立ち止まったのを見るなり、シャロンが激怒!
少女の両肩を掴んで壁に押しつけて叫んだ。
「アンタいいかげんにしなさいよ!」
「……」
「人の命を預かってんなら、ふざけてないでちゃんと案内するべきよ! もし道に迷ってるなら正直に言いなさい!!」
「……ふざけていない。道に迷ってなんかない」
「!!」
洞窟内にパシンという軽い音が響き、シエルは頬を押さえながらうつむいた。
我慢できずに平手打ちをしてしまったシャロン自身、一瞬だけ悲しそうに自分の右手を見つめながらも、すぐにいつも通り不機嫌そうな顔でレネットの横に座ると、岩のように堅い黒パンを頬張りそっぽを向いてしまった。
俺は戸惑いながらも、シエルに話しかけることにした。
「あいつも悪気があるわけじゃなくてな……」
「私は、嘘なんて言わない」
「そっか……」
そこから俺は何も言えず。
なんとも険悪なムードに気が滅入りそうになっていたその時――遠くから叫び声が聞こえてきた。
<聖騎士隊との合流>
急いで駆けつけた俺達の目に映ったのは無惨にも……いや、細かく書くのはやめよう。
こんな悪趣味な洞窟を造ったクソ野郎をぶん殴ってやりたい。
信心深く神を信仰し、民を護る為に頑張ってきた聖騎士達が、どうしてこんな暗いところで理不尽に命を落とさねばならないのか。
幸い……とは言いたくないけれど、ライナス殿下は無事だった。
それでも五名の聖騎士が命を落とし、同伴していたガイドは全員死亡という最悪すぎる状況には、とても喜ぶことなんて出来やしない。
しかも、今この場に居るガイドは俺達を案内してくれたシエルただひとり……。
だが、彼女の口から出たのはとんでもない言葉だった。
「ここから先の三層はもっと酷い。私の両親は、そこで死んだ」
彼女が言うには、死の洞窟の第三層の奥深くには凶悪な魔物が生息しており、そいつが多くの人々の命を喰らっているのだとか。
中央教会のツヴァイ大司祭が察知した【悪しき気配】とやらも、恐らくその魔物が放っているモノだろうという結論になった。
俺達は改めて、ライナス殿下から「死の洞窟最奥地の魔物討伐」を命じられたのだった。
<第三層の果て>
……さて、どこから書いたものか。
俺は今、どれだけ時間が経っても太陽の登らない平原に居る。
もしかすると、これが地獄というヤツだろうか?
この記録が遺書になったり――いやいや、そういうコトを考えるのはヤメよう。
思い出しながら書くので、少し曖昧な箇所があるけど勘弁してほしい。
第三層の迷宮は極めて複雑で、シエルの選ぶルートもはたから見ていて全く理解できないシロモノ。
彼女曰く「見よう見まね」らしいのだが、二本突き出た岩の周りを八の字に回らなければ、天井から毒ガスが噴き出してきてやられてしまう、という難解すぎるルートまであった。
シエルの案内のおかげで俺達は誰一人として犠牲を出すことなく三層の奥地へと着いたのだが、そこになんと巨大な化け物が居た。
「バハムート……!!」
ライナス殿下が驚きの声を上げた直後、咆哮を上げながら化け物が突っ込んできた。
さすがエリート騎士達だけあって全員即座に臨戦態勢に入り、的確に攻撃を仕掛けてゆく。
ところが俺達が加勢しようとした矢先、シエルが行く手を阻むかのように両手を広げた。
それを見て、シャロンは第二層の時と同じように激怒した。
「どきなさい!」
「……嫌な予感がする。行っちゃダメ」
「はあ?」
相変わらず言葉足らずが過ぎるシエルの行動に、シャロンは構ってられないとばかりに有無を言わさず詠唱を始めた。
魔力がうねり、洞窟内の壁が激しく揺れる。
そして……
【危機感知 死亡リスク大】
俺のスキルが発動するや否や、バハムートではなく天井や壁面へ次々と天啓が現れてゆく。
それはつまり
「みんな逃げろッ!!!」
洞窟内に俺の叫び声が響いた直後バハムートの頭上が崩れ、巨体が岩の下敷きになった。
それを皮切りに、俺達の居た場所が崩落してゆく。
そして、命からがらに皆が避難した矢先――それは現れた。
【汝、冥府へ魂を捧げよ】
【危機感知 即死】
天啓……いや、死の宣告のターゲットは、崩落の原因となった
崩れ落ちた壁の奥から紫色の霧が激しく噴出し、躊躇いなく命を奪おうとする。
……が、次の瞬間、なんとシエルがシャロンを突き飛ばしたのだ!
誰もが唖然とする中、霧に包まれたシエルは力無くその場に崩れ落ちた。
「アンタ、何やってんのよ!!」
「……あなたはここで死ぬべきじゃない」
「だからって!!」
「……」
シャロンは三度目の怒りの声を上げたが、彼女に対してシエルが次の言葉を伝えることは二度と無かった。
・
・
【聖王歴129年 白の月20日】
霧が噴き出した後に壁が崩れ、その先にあったのは眩しい陽光……ではなく、夜の世界。
聖騎士のひとりが『今日という日を知る神聖術』を唱えたことによって、今が何月何日なのかは分かったものの、そこからどれだけ経っても朝は来なかった。
【聖王歴129年 白の月21日】
夜の世界に来て二日目。
保存食もわずかとなったところで、俺達はひとつの結論を出した。
……このまま先へ向かおう、と。
――俺達は少女シエルの亡骸を大きな樹の根元に埋葬し祈りを捧げると、魔王討伐を目指して闇の世界へと歩み出した。
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