139-マールの想い

【聖王歴128年 赤の月 31日 昼前】


<エルフ村 天井に穴の空いた小屋>


 大波乱の一夜が過ぎ、エルフ村には再び平穏が戻ってきた。

 ……いや、そもそも波乱を起こしたのはハルルとフルルだし、小屋の天井には大穴が空いたままだけどさ。


『結局、この騒ぎはなんだったの……』


 あれからライナス殿下や家臣達は、エルフ村の皆に無礼を謝罪することとなった。

 とはいえ人間達が自らの立場を顧みず善意だけで駆けつけてくれたのも事実で、村長が謝罪を受け入れるとともに感謝の言葉を述べていたのが印象的だった。

 それに、騎士達は休息することなく森を出て都へと帰っていったのだけど、文句一つ言わずに寡黙に去って行く姿が『超クールでカッコイイ』『特に王子様がイケメン』と、エルフの女性達から黄色い声が上がっていたのも、村長の反応以上に強く印象に残っている。

 今はまだ種族間に色々と遺恨はあるけれど、いずれは仲良くなれるといいなあ。


「正直なところ、あたしもハルルとフルルが何を狙ってたのか、実はサッパリわかんないんだよねー」


 確かに今回やったことと言えば、フルルが魔法をぶっ放して森に雪を降らせ、ハルルが悪の大魔王っぽい口調で村の皆を脅迫……。

 いつも理解不能な言動や行動ばかりを繰り返すサツキちゃんですら、妖精姉妹の意図がサッパリわかんないって言ってるのだから、そんなのオイラだって当然わかんないに決まってる。

 しかし、ハルルは『てひひひ』とヘンな笑い声を上げながらオイラの頭をぺしぺしと叩いてきた。


『自分の孫娘が連れて行かれそうだってのに、ちょいとばかり脅したくらいで我が身可愛さにシッポ巻いて逃げたら、この村の連中はマジで救いようがないなーって思っただけっす』


『そうなってたら……マールを連れて行くのも……アリだったかもね』


 フルルの言葉に複雑な気持ちになりながらも、内心そうなる可能性もあったとは思う。

 ちなみにマールは昨晩の騒ぎの後、村長の説得に応じて自宅へと帰っていったので、今この小屋に居るのはオイラ達だけである。


『それにしても、サツキちゃんのアレすごかったよねぇ』


 フロスト王国では自身の魔力を全て失いながらも、その要因となった人間達を「別に気にしてないよー」の二つ返事で許していたし、自分に代わってその事件の顛末に対し激高していたプラテナ国のプリシア姫を逆になだめていた。

 だけど、そんなサツキちゃんが怒りを露わに村長に掴みかかった理由は、全てオイラのためだったんだ。


「あたし的にはイフリートでイザコザあった時からずっとムカついてたからねー。前々からヒトコト言っておきたいと思ってたし、ちょうど良い機会だったよ」


 満足げにムフーッと鼻を膨らますサツキちゃんの姿に、オイラも圧倒されつつ笑う。

 いつもムチャクチャながら、こういうトコはホントなんて言うか、尊敬……とはちょっと違うけど、良いなあって思う。


『でも、この村に来たのはオイラとマールとの婚約がどうこうっていう話だったのに、そっちは全然解決してない気がするんだけど』


「ん~~」


 サツキちゃんも同感らしく、腕組みしたまま困っている様子。

 ハルルとフルルの両名も同じポーズで宙にぷかぷかと浮いてるのがなんだか面白いなー。

 ……なんてことを思っていたところ、小屋のドアをトントンと叩く音が聞こえてきた。


「今日のお客さんは丁寧なノックだね。エルフじゃないのかな?」


『乱暴にノックする=エルフ、っていう偏見は良くないと思う』


 ガクリと肩を落としながらぼやくオイラをスルーしつつ、サツキちゃんがドアを開けると、そこに居たのは――


『こ、こんにちはっ』


「あら、マールちゃん。おっすおっす」


『その挨拶はなんなのさ……。って、それよりもマールはどうしてここに?』


 来た理由について問われたマールは、なんだか少し言いづらそうに口をモゴモゴとしている。


「ひょっとして、また村長とケンカして家出したとか?」


『ちっ、違うよっ。えっと、その……』


 そのまま深呼吸を数回、スーハースーハー。

 そしてマールは何かを決心した様子でサツキちゃんの手をぎゅっと握り、深々と頭を下げた。


『サツキさんっ』


「うん」


『……ユピテルくんのこと、よろしくお願いしますっ!!!』


「うん?」


 いきなりすぎるお願いに、さすがのサツキちゃんも目が点になっている。

 だけどマールはサツキちゃんから離れると、今度はオイラの手を握ってきた。


『ユピテルくんもっ、こんなイイ人ぜったいに逃しちゃダメだからねっ!!』


『はい?』


 マールは一体なにを言っているんだ???

 サツキちゃんとアイコンタクトを取りつつも双方で首を傾げていると、マールが少し頬を膨らせながらオイラの手を離し、こちらに向けてビシッと指を差してきた。


『それだよそれっ! 昨日からずっと気になってたけど、ちょっとした時にふたりとも目線だけでやり取りしてるし!! まるで長年連れ添った夫婦みたいな感じだよそれっ!!』


『えええ……』


『しかもユピテルくんに至っては、サツキさんの後ろ姿をずーっと目で追っかけてるんだからねっ!!』


『うぇええええッッッ!?!?!?』


 なにそれ初耳なんだけどっ!!

 オイラがギョッとしながら第三者ハルルとフルルに目を向けると、なにやらヤレヤレと呆れ顔で手をひらひらさせている。


『やっぱり自覚してなかったんすね』


『ちなみに湯浴ゆあみした後は……特にうなじ・・・をガン見』


『あああああああああああああああーーーーっっっ!!!』


 強烈すぎる精神攻撃に耐えかねたオイラは、そのまま床に突っ伏して頭を抱えた。

 ていうか、この後どんな顔して起き上がればいいんだよっ!


『あはは……。それじゃサツキさん、本当に……よろしくお願いしますね』


「うん、任せといて」


 頭の上でそんなやり取りが交わされたかと思っていると、突然ふわりと小さな腕が頭を優しく包んできた。

 ……なんだかとても懐かしい感じだ。


『ユピテルお兄ちゃん・・・・・、行ってらっしゃい』


『うん……行ってくるよ・・・・・


 互いに交わした言葉はたったこれだけ。

 マールはゆっくりと離れると、入り口ドアの方へと向かった。

 それから、くるりと振り返って小さく手を振って……


『ばいばい』


 小さく呟くと同時にパタンとドアが閉まり、小屋の中は再び静かになった。

 ……が、サツキちゃんは息つく間もなくオイラの尻をつま先でビシビシ蹴ってきた。


『あいたたたっ、何すんのさっ!?』


「そんなトコで丸まってないで、さっさとおにーちゃんトコに帰る準備するよっ」


『えええ……。でも、久々に故郷に戻ってきたんだから、せめて食事くらいしてから行きたいんだけど』


「確かに、エルフの村に来たってのに、こんなちっちゃい小屋で携行食ってのも味気ないもんね~」


 サツキちゃんはカチカチの黒パンやら木の実やらをポイと鞄に放り投げると……何かを思いついたのか、ポンと手を打った。


「そうだっ、マールちゃんを誘ってお昼ご飯に行っちゃおうっ!」


『なんでだよ!! さっきあんな別れ方したのに、どの面下げて誘うのさ!?』


「ユピテルのくせに、あんな哀愁漂う別れ方なんて似合わないし」


『くせにって……』


「はいはーい、とにかくマールちゃんを追っかけるよっ!」



 ――ホントにこの娘で良いのか???



 そんなわけで、オイラはなんとも釈然としない気分のまま、サツキちゃんに手を引かれながら小屋を飛び出したのであった……。

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