134-ユピテルの許嫁

 名前を呼ばれ慌てて顔を上げると、息を切らせながら一人の女の子が駆け寄ってきた。

 彼女の名前はマール。

 オイラが物心つく前からずっと一緒だった女の子だ。


『……帰ってきたんだね』


『う、うん、ちょっとね』


『ちょっと……なの?』


 悲しそうに呟くマールの姿を見て、とても酷いことを言ってしまったような気がして、なんだか胸が苦しくなる。

 そんなオイラの心中を察してくれたのか、マールもハッとした顔になった。


『ご、ごめんねっ。なんだか困らせるコト言っちゃって』


『い、いや、オイラも黙って出て行っちゃったからさ……』


 ぎこちなく互いに謝りあって、それから向かい合うと――


『あはは、なんだかヘンだね~』


『だよねえ』


 どちらからともなく笑って、それから不思議と懐かしい気分になる。

 一年ほど前まではいつも一緒だったのに、今となっては何故かすごく昔のことのように思えるんだ。

 それからマールははてと首を傾げ、オイラの後ろへと目を向けた。


『そちらの方々は?』


 不思議そうに問いかけてきたマールの視線の先には、サツキちゃんの姿。

 どう説明したものか悩ましいけど、とりあえず紹介だけはしておこうか。


『えっと、この人はオイラを助けてくれたカナタに――』



「スゴいっ! これぞ幼なじみヒロインって感じっ!!」



 紹介しようとした矢先にいきなり割り込まれた。

 どうにか気を取り直し、改めて紹介しようと~~


『これぞ正妻オーラってヤツっす!!』


『リア充……死すべし』


 さらにフードから出てきたハルルとフルルに割り込まれた。

 というか、いったい何を言っているんだこの人達は?

 オイラが呆れ顔でツッコミを入れようかと思った瞬間、サツキちゃんがマールに駆け寄り両手を握る!


『わわっ?』


「あたしはサツキ! で、あなたがユピテルの許嫁いいなずけのマールちゃんだよねっ!」


『へ? あっ、はいっ。で、でもでも、それは小さい頃に大人達が勝手に言ってただけでっ……!』


 アワアワと答えるマールに対しサツキちゃんはキョトンと首を傾げると、自分よりも頭いっこ分ほど低い彼女の頭に手のひらをペシペシと乗せた。


「じゃあ何さ。まったくこれっぽっちもそういう感情・・・・・・は無いの?」


『えっ、いや、その、えーっと、これっぽっちもって言われると、それも違うような。で、でも……あのっ』


 じりじり迫るサツキちゃんの圧を受けて、マールは涙目でオロオロするばかり。

 オイラは脱力しつつもサツキちゃんを引き離し、マールをかばうように前に出た。


『あのさあ、この子は真面目だからそういう質問されると困っちゃうんだって。前も言ったけど、昔からずっと妹同然に思ってたんだからさ』


『!』


 そう何度も言ってるのにサツキちゃんったら、オイラが何度言っても聞いてくれなくて「エルフ村に行く!」の一点張り。

 実際に村に来てマールに会えば納得してくれるだろうと思ったけど、全然そんなこと無いんだから困っちゃうよ!

 オイラの心中を全く察していないであろうサツキちゃんは、なにやら「ブッブー」とかよくわからない声を発しながら指差してきた。


「ユピテル減点」


『なんでさっ!』


 減点というなら、ちゃんと自己紹介してない自分の方だろうに!

 しかし、ハルルとフルルも妙に冷めた顔でヤレヤレと手を振っていて意味がわからない。


『ごめんねマール。この人達は――』


『……』


『マール?』


『えっ! あっ、ごめんなさい。私、妖精さんを見たのは初めてで……ちょっと驚いちゃった、から……』


『そ、そうだよねっ。えーっと、この妖精達は双子の姉妹でハルルとフルルって言って、雪の~~』


 と、改めて彼女達を紹介しようと思ったその時――



『マール!!』



 村の向こうからマールを呼ぶ声が聞こえた。

 ……あまり聞きたくなかった声だけどさ。


『おじいちゃん……』


『村の連中が騒がしいと思ったが、なるほどそういうことか』


 そう言いながらマールの祖父……エルフ村の村長は、こちらを品定めするようにジロリと眺める。


姉弟きょうだい揃って村を出たかと思いきや、一年足らずでどちらも戻ってくるとはな』


『おじいちゃんっ!』


 挑発的な物言いに対しマールが抗議の声を上げるものの、孫娘に目を向けることなく村長は言葉を続ける。


『お前達の暮らしていた家は既に別の者が暮らしておる。村に滞在するならば、あそこの小屋を使うがいい』


 そう言って指差した先にあったのは、入り口近くの掘っ建て小屋。

 マールはそれも不服なのか続けて文句を言おうとしたけれど、それより先にサツキちゃんが何やら納得した様子でポンと手を打った。


「なるほど、意外と根は良いひと……いんや、良いエルフっぽいね!」


『なっ!?』


 唐突過ぎるサツキちゃんの言葉に、マールだけでなく村長も仰天。

 毎度のことだけど突拍子がなさすぎて訳が分からないよ。


『いや、サツキちゃん。今の流れで何がどうしてそうなるわけ?』


「だって、ユピテルに居て欲しくなかったら、今すぐ村から出て行けっ! とか言えば良いじゃん?」


『まあ確かにそうなんだけど……』


「この手のジジイってのは素直になれないんだって。どうせユピテルを生贄にしたのをメチャクチャ気にしてて、さっきのもその裏返しってパターンじゃないの?」


『ぐぬうっ!!』


 なんか村長が変なうめき声を上げた。

 突然の状況に、マールも目が点になっている。


『お、おじいちゃん……?』


『しっ、知らん知らんっ! 別に追放したわけでもなく、村から旅立っていった者が帰ってきただけで、それに対し出て行けなんぞ言えるわけなかろうがっ! 勝手にせいっ!!』


 なにやら捨て台詞らしき言葉を吐き捨てると、マールを連れて帰って行ってしまった。

 ……なにこれ???


「ツンデレジジイだ」


『ツンデレジジイっすね』


『ツンとデレの配分も……申し分ない』


『なんだかなぁ』


 そんなわけで、オイラの帰省一日目はなんだかよく分からないまま始まったのであった。

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