131-和解
『ヴォオオオオオオオオオーーーーーッ!!!』
フルルが命令した直後、暗黒竜ノワイルは咆哮を上げながら巨大な翼を広げ、両腕を一気に振り下ろした!
「うわあああっ!!!」
「ぎゃああああっ!!!」
翼から放たれた強烈な突風によって騎士達は一斉に吹き飛ばされ、あまりの衝撃に騎士の半数以上が一撃で転倒。
どうにか踏みとどまった者達も、ギラリと光紅い瞳から放たれる殺気を浴びて恐怖にブルブルと震えてしまっている。
『ノワイル……怪音波……ごー』
『キイイイイイイイイーーーッ!!!』
「ひいいっ、なんだこの音はああああっ!!」
「助けてくれえーーーっ!!」
一方、セシリィの側に居た女王リティスは無事ではあるものの、突然の事態にただただ呆然とするばかり。
「お、おやめなさいっ!!」
女王が懇願するもののフルルはそれを無言で
『ふふふ……すぐ楽にしてやろう』
「わーん、かーちゃーん!!」
「オラ死にたくねえだーーっ!!」
無表情ながらもやたらとノリノリなフルルは、更に『はいよー……しるばー』などと謎の言葉を呟きながら、逃げる騎士達を追いかけて都の方へと行ってしまった。
しかも、当の騎士達は自らの主たる女王を置いてけぼりにして……。
『さすがフルル、見事な手綱サバキっす!』
「おいっ、ホントにあれ大丈夫なのかっ!?」
思わず心配になって声を上げる俺を見て、ハルルはニヤリと笑うと、シディア王子の前にフヨフヨと飛んできた。
『あれは危害を加えるのが目的じゃないっすから大丈夫っすよ。……これで邪魔者が居なくなったし、思う存分に話し合うが良いっす』
「!」
一連の騒ぎによって騎士達は皆この場から逃げ出し、ここに残ったのは俺達と勇者パーティの面々、そして女王リティスだけ。
……なるほど、ふたりの狙いはコレか。
「お母様……」
「シディア、これは一体何事なのですっ!?」
「……私達は大きな過ちを犯したのです」
「過ち……」
女王の問いに対しシディア王子は頷くと、これまでの経緯を語り始めた。
◇◇
神託として授けられた『北の山の頂上で祈りを捧げよ』という神の言葉に従って皆で山頂へ向かったところ、暗黒竜ノワイルが封印されていた。
そもそもホワイトドラゴンのスノウは、人を襲うような獰猛な竜ではない。
そして孤児達はヤズマト国に干渉されず静かに暮らしたいと願っている――。
それらの事実を知った女王リティスは、虚ろな顔で呆然としていた。
「我々はスノウを恐れ、あまつさえ彼女を退治しようとしました。しかし、彼女は遙か昔に人間達に追われ辛い目に遭ったにも関わらず、雪山で行き倒れた孤児達を救ってくれたのです」
『死んじゃうと分かってて、放っておくわけにはいかないものねぇ』
ところが、教会関係者が勝手に曲解しただけの神託に対し激高した女王リティスは、スノウ討伐を目的として雪山に騎士団を派遣。
さらに間の悪いことに、うっかりスノウが起こした雪崩に騎士団が巻き込まれてしまい、これをきっかけとして完全に対話のチャンスが絶たれてしまったのだ。
「私は、なんということを……」
うなだれた様子の女王リティスを見て、気の毒に思っている最中――クイクイッと服の裾を引っ張られた。
「おにーちゃん、ねえねえ」
「どしたー?」
「結局のところ、誰が悪いの?」
「うーん……」
誰が悪いのかと言われると、国家の頂点たるリティス女王とも言えるし、神託を勘違いした教会サイドも悪いと言える。
そもそもスノウが雪崩を起こさなければ勘違いに気づけたかもしれないし、神罰を恐れた神父が「ヤズマトの都へと戻らない」という道を選んだのも、余計に話がややこしくなった原因の一つだ。
……だが、俺の脳裏にはもっと根本的な『元凶』が思い浮かんでいた。
「ぶっちゃけ、神様のせい……だよなぁ」
『ですよねぇ……』
俺の結論を聞いて、エレナもウンウンと頷いた。
そもそもの話、回りくどい神託を出さずに『山頂にヤバい暗黒竜が封印されてるから対処方法を考えろ』って言えば良かったのだから。
「ホント神様ってヤツはロクなことしねえな」
ところが、ハルルは首を横に振るとセシリィの肩に座りながら女王へと語りかけた。
『だとしても、生贄を送り込むことを承諾したのは君らっす。本来、国によって護られるべき弱者を犠牲にして、他の選択肢を探ることなく一番ラクな道を選んだツケが回ったんすよ』
「……」
ハルルの言葉を受け、女王は絶句。
そして地面を涙で濡らしながらスノウの前へ歩み寄ると、泣き顔を隠すことなく頭を上げた。
「貴女を悪しき魔物と誤解したうえ討伐隊を派遣した事、国を治める者として深く謝罪致します」
『へっ? いやいや、結局戦う事は無かったし、こっちだって雪崩で迷惑かけちゃったんだからさ! おあいこだってっ!』
「本当に……ありがとうございます」
謝罪に続けてお礼を言われたものの、スノウはなんとも気まずそうに頬を掻く。
前々から姉御肌とは思っていたけれど、こういう改まった感じのやり取りが苦手のようだ。
微妙な空気を振り払うように首をブルンブルンと降ったスノウは、女王に対し一つの提案を持ちかけた。
『とりあえず、こっちによこした子達は私がこれからも守ってあげるからさ。アンタは気にせず国に戻ってあげなって。今頃、さっきのオッサン連中は全員戦々恐々だと思うよ?』
スノウの言うことはごもっとも。
暗黒竜に追いかけ回されて逃げ回った挙げ句、女王を見捨てて帰ってきたのだから、今頃ヤズマトの都は大騒ぎであろう。
しかし女王は目元を拭うと、スノウに懇願するかのように前へ踏み出し訴えかけた。
「私は一体どう償えば良いのです! 迷える民を導くべき一国の王が、数十名もの国民の命を危険に晒した挙げ句、のこのこと帰るなんて許されません。せめて皆の恨みへの償いに、この身を山へ投げても――!!」
「リティス様!」
セシリィが駆け寄って抱きつくと、首を横に振りながら先の女王の言葉を否定した。
「リティス様を恨んでいる者など、誰一人としておりません!!」
「えっ……」
彼女の言葉が予想外だったのか、女王は目を見開き驚く。
「集落で暮らしている者達は私を含めて皆、身寄りの無い者ばかり。そんな私達に実の親同然に接し、暖かく見守ってくださっていたリティス様を恨む理由など、どこにありましょう」
「ですが、教会の申し出を断らなかったのは事実です……」
「それも神罰から皆を守るためでしょう? 民の幸せを願うリティス様がその決断を下して苦しんだであろうことも、皆は分かっているのです!」
「ですが……私は……貴女達を……」
言葉に詰まりながら涙を流す女王とは対照的に、セシリィは優しく微笑むと、固く苦労のあとが垣間見える痩せた手を握ってその想いを口にした。
「だからこそ自らの命を尽くしてでも従おうと決めたのです。自分達が生まれてきて、それまで生きてこられた恩に報いるために……。ですから、そんな悲しいことを言わないでください」
「うぅぅ、うっ、うっ……」
女王リティスは幼子のように、セシリィの腕の中で泣き崩れる。
それを優しく抱き留めるセシリィの姿はまるで、教会に飾られた聖女像のよう……。
そしてタイミングを見計らったかのように、遠くの空からバッサバッサと力強く羽ばたく音が聞こえてきたかと思いきや、一足先に小さな妖精が飛んで降りてきた。
『こちらは一件落着……そちらは順調かい?』
相変わらずマイペース過ぎるフルルの一言に、皆の顔には再び笑顔が戻る。
「ったく。神様といいお前らといい、回りくどすぎるっつーに」
『だけどキライじゃないっすよね?』
「……まあな」
俺はそう言って鼻を掻くと、他の皆と同じように笑顔の戻った女王とセシリィの姿を眺めながら、満足げな気分でクスリと笑った。
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