132-帰郷

【聖王歴128年 赤の月 33日】


<ヤズマト国 宿屋>


 大波乱の一夜が明け、俺達は平和な朝のひとときを過ごしていた。

 ただし、今ごろ城内では女王リティスを置き去りに逃げ出した騎士達がこってり絞られているだろうし、今後は国営教会も責任問題で大騒ぎになるだろう。

 まあ、どちらもシディア王子とセシリィが情状酌量を求めて弁明すると言っていたので、それほど酷い厳罰に処される心配は無さそうだけど。

 ちなみにセシリィは一連の話が終わった後、スノウとともに集落へと帰る予定なのだけど、ちょっと予想外だったのは「ノワイルも共に行くことになった」ということだ。

 しかも、ハルルとフルルは次のような命令を彼女達へ与えていた。


『もしも集落の人達が嫌がることをするヤツとか、危害を加えようとするヤツが現れたらコテンパンにやっつけるっす。ただし、自分達から相手を襲うのは禁止っすよ』


『ノワイルも右に同じ……がんばってね』


 静かに暮らしたいと願っていた集落の人々は、これからは白竜スノウ暗黒竜ノワイルという強大な力によって護られることになる。

 なお、ハルルが『相手を襲うのは禁止』と条件を付与していた理由については本人曰く――


『あの小娘セシリィが恨んでないって言ってても、ホントに集落に居る全員が同調してるとは思えないっす。それにヤズマトの民衆にとっても、領土内のどこかに強い力を持った連中が居るうえに襲ってくるリスクがあるなんて、危なっかしくて安心して暮らせないっす。だから未然に出来ない・・・・ようにしておくのは必須っすよ』


 だそうで。

 昨晩のセシリィと女王リティスの対話に向けて、思いきり冷や水をぶっかけるかのような冷淡すぎる言葉ではあるけれど、人よりも長い時を生きてきた妖精だからこその見解なのかもしれない。

 俺個人としては、いつかシディア王子やセシリィを中心に双方が和解し、都と集落が交流するようになってくれたらなぁ……とは思うけれど、そのためには途方もなく長い時間がかかるのは明白だ。


「ま、俺らが手伝えるのはココまでだし、後は皆がちゃんとやってくれることを祈るしかないさ」


 俺はそう言いつつ、宿の二階から窓の外へと目を向けた。

 のどかな田園風景、商店に響くオバチャン達の元気な声、伝説の剣……もとい木の枝を振り回しながら走るチビッコ達。

 生贄だの神託だのといったゴタゴタとは無縁に生きる人々の姿は、まさに平和の象徴。

 そういえば、俺はかつてそれを守るために勇者達と共に旅をしていたんだよなぁ。


「つーか、おにーちゃんったら、何かっこつけて外を眺めてんの?」


「べ、べべべ別にかっこつけてねーしっ!」


「でもでも、エレナさん的にはこういう感じなのも好きなんじゃないの~っ? ……って、あれ???」


 どうやらサツキは恋愛話そっちに話題を向けたかったみたいなのだが、当のエレナは心ここにあらずといった感じで、椅子に座って溜め息をついていた。


『……なんでエレナねーちゃん、落ち込んでんの?』


 ユピテルが首を傾げ疑問を口にするけれど、しかしへんじがない。

 俺もとんと見当がつかず困り果てていたのだが、そんな俺達を見てサツキがやれやれと手を振ってエレナを指差した。


「エレナさん、最初に今回の話を聞いた時にうっかり『全員ロクデナシ』って言っちゃったらしくて、自己嫌悪に陥っちゃってるんだってさ」


『なんでバラしちゃうんですかあああーーーっ!!』


 サツキに思いきり内情を暴露されてしまい、エレナは机に突っ伏して頭をガンと打ちつけた。


『うぅぅぅ、私はなんてことを……なんて失礼なことを……』


「ま、まあ、今回のは外っ面だけなら本当にロクでもない話にしか見えなかったしさ。エレナがあんな風に言っちゃったのも仕方ないトコはあるって!」


『はぅぅ……』


 俺達が旅に出てからもうすぐ一年。

 これまで世界中を巡ってきて、生贄に捧げるだの誰かを犠牲にするだのといった話をさんざん見せられたエレナとしては『どうせ今回も悪巧みをしてるヤツがいる』くらいの先入観をもっていたのであろう。

 ところが、いざフタを開けてみれば「神罰を恐れる弱者と、育ててくれた恩に報いるために命を捧げた孤児達の話だった」のだから、それをバッサリとロクデナシ呼ばわりしてしまったエレナの内心たるや……。


「まあまあ、これも人生勉強さ~。これからも精進するようにっ」


『はーうー……』


『サツキちゃんったら、また適当なこと言って……って、そういえば、ハルルが居ないけど、お出かけ中?』


 確かに言われてみれば、ベッドサイドにフルルが寝っ転がっているけれども、姉であるハルルの姿がない。

 ユピテルに問われたフルルは、ウンウンと頷きながら遠くの空を指差した。


『スノウと一緒に……帰郷中』


『帰郷???』


『帰郷……ふるさとに帰ること』


『いや、それはわかるけどさ。……まあ、スノウさんは色々あったみたいだものなぁ』


 自分の境遇に似た何か・・を感じるのか、ユピテルは少しだけ愁いを帯びた表情で、自らも空の向こうへと視線を向けた。



~~



【同日同時刻】


<フロスト王国 上空>


 極寒の島フロスト。

 世界で二番目の大きさの陸地でありながら、大陸東端の港とそこから西方にあるフロスト王城および周辺の都にのみ人里を置き、都から一歩外へ出れば地平線の向こうまで広大な銀世界が続いている。


『さて、久々のフロストの大地はどうっすか?』


 顔の前でふよふよと飛んでいるハルルに問われ、眼前に広がる景色を見てから少しだけ目をつぶると、顔にビシビシと当たる雪のつぶてに少しだけかゆみを覚えながら、今の気分を口にした。


『どこを見ても雪、雪、雪。私の住んでる山と大差無いわね。ていうか超寒い』


『そりゃそうっす。寒いトコなんてみんなそんなモンっすよ』


『んで、あの山の上にある廃墟は何?』


 スノウの指差した先に目線を向け……ああ、なるほどとハルルは思わず苦笑してしまう。

 天井に大きな穴があき、そこへ数ヶ月かけて雪が吹き込んだせいか、見るも無惨な神殿がそこにあった。


『あれは元マイハウスっすよ。カナタにうっかり・・・・ぶっ壊されたんで、冒険が終わったら、ちゃんとアレに匹敵するくらいステキなお屋敷を用意してもらわないと困るっすね』


『あれまー』


 世間話に花を咲かせる奥様のような返事をしてしまうスノウの口調に笑ってしまいそうになりつつも、ハルルはくるりと振り返ると、目の前の巨大な白竜に向けて優しく語りかけた。


『だから……君には迷惑かけちゃうっすけど、全部が終わって帰ってくるまでの間、集落の人達を宜しく任せるっす』


 約百年ぶりに再会した召喚者の言葉に、スノウも彼女と同じように優しい表情で頷いた。

 それは召喚者の命令だから?

 いいや、たとえ召喚されていなかったとしても、自分が今と同じ状況であれば同じ選択をしていただろう。

 そしてスノウは、自らの主に対し答えを口にした。


『任せといて御主人。この白竜スノウ……神の使いとして、しっかり平和を護ってみせるからねっ』


 そう言って器用にウインクする白竜は、小さな妖精とともに美しい銀世界の空で互いに笑いあったのだった。




――第九章 東の国の白竜スノウ true end.

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