128-初めての言葉

【同時刻】


<ヤズマト北平原>


 ウィンディ―は空高く飛び立つと、あっという間に雲の向こうへと姿を消してしまった。

 しかも「スイーツ食べ放題」という条件で。


「……それにしても、空を飛べる精霊ってのも居るんだなー」


 風の精霊を見たのは今日が初めてなのだけど、まさか風を使った攻撃だけでなく自在に操って空まで飛べてしまうとは……。


「彼女は空を飛べるどころか、船や領主の別宅まで吹っ飛ばしちゃうくらい凄いからね。さんざん苦言を吐いてたお偉いさん方を説得して、どうにか使役する権利を勝ち取ったけれど、もしも次に何かやらかしたらこっちの立場も危ういかもね」


「ひぇー、勇者様も大変だねえ」


 とはいえ非常に強い力を持つ精霊を使役できるのだから、勇者パーティにとってはそのリスク以上にありがたい話であろう。

 しかも高価なレアアイテムや命を要求される心配もなく、美味しいご飯を献上するだけで手伝ってくれるのだから文句ナシだ。


「……っと、どうやら戻ってきたみたいだね」


「おっ!」


 カネミツの言葉に、俺はボロボロの身体に鞭打って半身を起こし、空を見上げた。

 そして俺達の目に飛び込んできたのは――


『逃げるな卑怯者ォ!!』


『ギャウウウッ!!』


 ギラギラと目を輝かせた風の精霊ウィンディーと、まるで脱兎のごとく必死に逃げ回る暗黒竜ノワイルの姿だった。


「……はい?」


 俺が唖然としながら声を漏らすとほぼ同時に、呆れ顔でスノウが降りてきた。


「これ、どゆこと?」


 空をギュンギュン飛び回っているのを指差しながら問いかける俺に対し、スノウは苦笑しながら答える。


『あの精霊さんったら、わざとノワイルに攻撃させた後でもっと強い技を見せつけるのよ。残念だがそれじゃ世界で二番目だ~、とか言って……』


「ひっでえ」


 空の上で何があったのかは見えなかったけれど、きっと何度も挑発を繰り返され、持ち技を全部それ以上の攻撃で反撃されたノワイルは打つ手が無くなり、命からがら逃亡したのであろう。

 まだまだ戦い足りないのか、ウィンディーは爛々と目を輝かせて追いかけ回している。

 そして、このよくわからない追いかけっこを呆然と眺めていると……


「なんだあの黒い竜はっ!?」


「危険です女王様っ。お下がりくださいませっ!」


「ま、待てっ! ホワイトドラゴンに乗っているのはシディア様ではないか!?」


「なんだとっ!!?」


 いきなり後方からざわめく声が聞こえてきたかと思いきや、そこには女王リティスを先頭にヤズマト騎士団の姿があった。

 さすがに都の北平原で巨大な爆発が起こったのを見過ごせるはずもなく、彼らは皆、本気で戦うつもりで集まったようだ。


「カネミツ殿っ! これは一体どういう事だっ!」


「うーん、どうしたものかな」


 行方不明になっていたはずのシディア王子がホワイトドラゴンに乗っているわ、銀髪のねーちゃんが嬉々としながらブラックドラゴンを追い回しているわと、状況はメチャクチャだ。


「こんなのどうやって説明すれば良いのやら」


「だよねえ」


 そんなこんなで、俺や勇者パーティの面々が頭を抱えている最中、スノウの背から一人の女性が地上へ降り立った。

 薄水色の長い髪をなびかせ、早足で駆け寄り……


『カナタさんっ!!!』


「わわわっ?」


 思いきり抱きつかれてしまい、その勢いに耐えられずドシンとその場に尻餅をついてしまった。


『うえーん、カナタさんカナタさんっ、カナタさーーんっ!!』


「あはは、なんだかスゴくデジャヴを感じるなあ」


 イフリートを倒した時もこんな感じに抱き着かれてひっくり返ったっけな~。

 ところが、あの時と違ってエレナはずっと俺の胸の中で泣きじゃくるばかりで、涙やら鼻水やらで俺の服が大変なことになってきた。


「え、えーっと、エレナ……さん?」


 俺が恐る恐る呼びかけると、目を真っ赤に腫らしてキッと睨まれた。



『エレナさん? じゃないですーーーーーーっ!!!』



 深夜の平原に響きわたる怒声に、皆の動きがピタリと止まった。


『本当に心配したんですよぅ! 死んじゃったかと思ったんですよぉ!! だって、あんなでっかいヤツに真正面からぶつかったら、落っこちるに決まってるじゃないですか!! あんな高いところから落ちたら普通死んじゃうに決まってるじゃないですかっ!! 世の中には物理法則ってものがあるんですよウワーーーーーーンッ!!!』


 取り乱してわんわんと泣き出すエレナの様子に、なんだなんだと皆が騒ぎ始める。

 というか、さっきまで騒ぎの中心だったはずのウィンディーとノワイルも、止まってこちらを凝視してるんですけど!?


「えーっと、その……ごめん、ホントごめんな」


『謝られてもダメですー』


「え、えええ……」


 膨れっ面のお嬢様はプンプンと憤慨した様子で、抱きついたままそっぽ向いてしまった。

 場外から「そこでチューしちゃえ~」とか「男を見せるでござる!」などと謎の声援が聞こえてくるけど、こんなに注目された状況で何をしろというのか。

 すると、俺に目線を合わせないままエレナがぽつりぽつりと話し始めた。


『本当に心配したんですから』


「ああ」


『……あの質問、覚えてますか?』


「質問って……」


 俺がそう言うと、エレナは再びこちらを向いて、じっと俺の目を見つめてきた。


『年の差はいくつまで大丈夫かなーって』


「……ああ」


 ヤズマトに来てすぐ、クニトキとシズハと再会した時にエレナが俺に投げかけた質問だ。

 その真意は、俺に対し年上が好みなのかと聞いているのではない。


『カナタさんは人間で、私は精霊ですから……』


 異種族、それも無限にも等しい長い時間ときを生きる精霊と、ほんの数十年で命尽きる人間。

 その差はどう足掻いても、埋まることはない。

 つまり、エレナの問いは……



 ――いつまでも老いることなく、同じ姿のままの自分と本当に一緒に居るつもりなのか?



「……」


 俺は無言のまま、彼女の綺麗な瞳を見つめた。

 その表情はまるで何か祈るようで、心から懇願しているようでもある。


『どうして答えてくれないのですか? やっぱり――』


「そんなの最初っから答えは決まってるんだ」


『えっ……?』


 不安そうに声を漏らすエレナの頭を撫でながら、初めて出逢った時からずっと変わらない、唯一の答えを言葉にした。


「俺はずっと、エレナと一緒に居るからさ。これから一生、ずっとだ」


『……っ!!』


 初めて伝えたその言葉を聞いて、エレナの目から大粒の涙がぽろぽろと零れる。

 ただ、俺は内心思っていることをもう一つ正直に口にした。


「だけど、再会しただけでこんなに取り乱しちゃうとか、エレナの方こそホントに大丈夫なの?」


 まだ湿ってベショベショしている自分の胸元を見て苦笑していると、エレナは首を横に振って微笑んだ。


『さっきのカナタさんの言葉で決心しました。どんなことがあっても……たとえ神様に一発食らわせてでも会いに行きますから、私はもう大丈夫ですっ』


 ふんすっ! と勢いよく宣言するエレナを見て、思わず吹き出してしまう。


「あはは、大胆になったなぁ」


『長いこと一緒に居ると似てくるって言いますから』


 そして二人は互いに向き合うと、周囲のことも忘れて心から笑った。

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