107-念願
【聖王歴128年 赤の月 22日 同日】
<聖王都プラテナ城 地下面会室>
一同は地下牢の手前にある面会室へと場を移し、互いにこれまでの経緯を説明した。
ツヴァイが復讐のために道を踏み外してしまったことを実際に本人の口から説明を聞き、アインツはかなりショックを受けている様子だ。
「私の軽率な行動のせいで、本当に申し訳ありません……。貴方には何とお詫びすれば良いか……」
『何を仰るのです! 元はと言えば私が!』
「はいはーい、話が進まなくなるから謝罪はそこまでだよ~」
『さ、サツキちゃん、割り込み方がちょっと強引過ぎでは……』
ユピテルが呆れ顔でぼやくものの、プリシア姫はサツキと同感だったらしく、内心は感謝しているようだ。
「それでは私から、今後について説明させて頂きます」
プリシア姫の言葉に、狭い室内の空気が緊張に包まれる。
「罪人ツヴァイおよび元大臣のネスタルと元魔術師長のワーグナーについてですが、重犯罪の首謀者と共犯者という立場ですので、事情はどうであれ
『はい、異論はありません』
ツヴァイと同様に他の二人も素直に頷く。
「それからアインツ様には、このあと再びジェダイト帝国へ戻って頂きます」
『!?』
「聖王都中央教会の大司祭の座は今後も空席のままとして、聖女コロン様が代行を務めることとなります」
先ほど異論は無いと言ったツヴァイであったが、さすがにプリシア姫の発言に動揺を隠せないようだ。
『ど、どうしてですか! 先生が戻ればきっと中央教会は安泰ですし、皆も喜ぶでしょうに!』
ツヴァイの反応はもっともだ。
だが、当のアインツ自身が首を横に振り、その可能性を否定した。
「私が再び中央教会の大司祭になることは無いでしょう」
「先生っ!」
「正直なところ、ロートルの私が今更戻るなんて……というのが本音ではありますが、もっと重大な理由があるのです」
「重大……?」
状況が飲み込めていないツヴァイを見て、アインツに代わりプリシア姫がそれに答える。
「アインツ様が中央教会に戻るとなると、彼がジェダイト帝国で数年間幽閉されていた事実も明るみに出ます。しかも、幽閉されていた理由が帝国教会の設立を阻止するため……要するに権力争いだという事も分かっています」
『それと先生が戻れないことに、どう関係があるのですか!!』
「……アインツ様が幽閉されていたことを、政治利用しようとする者が絶対現れるのですよ」
『っ!!』
その言葉を受けて、かつて自身も最高権力者だったツヴァイは、ついにアインツの真意に気づいた。
プラテナは国王の側近をはじめ、国民の大多数が中央教会の信者である。
アインツが再び大司祭の座へと戻るにあたって、上層部全体にアインツが幽閉されていた事実が周知されるや否や、外交担当者はジェダイト帝国に対し責任を追及するに違いない。
聖王都中央教会の大司祭アインツを呼び出して馬車を襲撃、そのうえ数年にわたって地下牢へ幽閉――このような前代未聞の国際問題に対し、どのようなアプローチが仕掛けられるのか、プリシア姫ですら全く想像できない。
もしも、政略的にこの事実が聖王都の民へと情報が開示されようものなら、これまでプリシア姫が積み重ねてきた他種族差別撤廃の道が完全に閉ざされる事は火を見るより明らかであろう。
最悪の場合、この事件が大陸全土を巻き込む
『それじゃ、先生だけが一人苦しんだだけで……なにも救われないじゃないですか……!』
歯を食いしばり悔しそうに涙を流すツヴァイの姿に、アインツは申し訳ないと思いながらも、自分を心配し思いやってくれる教え子の姿に少し嬉しい気分になった。
「ツヴァイ君。この一件、実はちゃんと嬉しい知らせもあるんですよ」
『……え?』
驚くツヴァイの顔を見て、アインツは昔と同じように優しく微笑んだ。
◇◇
<ジェダイト帝国 応接室>
「やっほー! ただいまライカちゃん」
『あっ、皆さんお疲れ様でした~』
自分のことを「ちゃん付け」されることに慣れてしまったのか、馴れ馴れしく呼びかけてくるサツキに対し、ライカ王子は和やかに手を振っていた。
それから、約束通りに再び帝国へと戻ってきたアインツの姿を見るなり『あっ!』と声を上げると、数枚の紙を手に取って彼のもとへ駆け寄った。
『アインツ様っ、バッチリ見つけましたよっ!』
パタパタと尻尾を振るライカ王子の姿はまるで、投げたオモチャをくわえて戻ってきたワンコのよう。
彼の小さな手には紙束が握られており、表紙に次のような一文が記載されていた。
【ジェダイト帝国教会 設立許可証】
『我が国の建造物関連文書の保存期間は二十年ですので、ここに書かれている内容も有効であると言質を取れました。建設予定地についても国有地を貸し出す旨が記載されており、当該住所は現在使用されていませんでした』
ライカ王子が何を言っているのか、サツキにはサッパリ理解出来なかったらしく、頭の上に「???」が浮かんでいる様子。
その姿にアインツとライカ王子は微笑ましく和みつつ、改めてテーブルの上にそれを広げた。
『一通り目を通しましたが、帝国関係者および設立者双方の署名を書き入れた時点から本文書は有効……といった内容ですね。帝国関係者については特に指定がありませんでしたから、わたしが署名しておきました』
本来ならば大臣の名を書き入れるはずなのだが、当の大臣は近いうちにアインツ襲撃のほか横領や収賄など複数の罪で
「ありがとうございます、ライカ様」
深々と頭を下げたアインツは、羽ペン手を手に取ると書類の一枚を自分の方へと向けた。
文書の末尾には少し幼げな丸い字で書かれたライカ王子の名。
その下にはもう一人分の名を書き入れるための空白があり、アインツは少し手を震わせながらそこへ自らの名を書き入れる……。
最後の一文字を書き終えたことを確認した王子は、テーブル越しにアインツの手を握った。
『これをもって本契約は締結されました。よって、我が国において創造神フローライトへの祈りを捧げるための国有施設"ジェダイト帝国教会"の建造を許可致します。そして、今も辛い想いをしている弱き者を、どうかお救いください……聖者様』
「……はい。我が生涯をもってお尽くし致しましょう」
そして今ここに、ジェダイト帝国の新たな歴史が始まった!
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