106-奇跡の証明
【聖王歴128年 赤の月 22日】
<聖王都プラテナ城 地下牢>
『天におわす偉大なる女神フローライト様、今日もまた我らに糧を与えてくださり感謝致します』
「「感謝致します」」
始めに男が祈りを捧げると、その向かいの座っていた二人も静かに祈り、それから食事を始めた。
色染めすらない質素な服に身を包んだ彼らの名は、ツヴァイ、ネスタル、ワーグナー。
かつては教会や軍のトップだった者達である。
無論、他の囚人達もその素性を知っており、だからこそ上流階級から一気に落ちぶれた彼らの存在は……滑稽かつ愉快であった。
「オオカミ先生と愉快な仲間達は今日も信心深くて御立派だねえ」
囚人のひとりがそう言うと、他の連中はゲラゲラと笑い始めた。
彼が「オオカミ先生」と呼ぶ理由、それは先ほど祈りを捧げていた男の一人が、この監獄で唯一の獣人だからである。
檻の外では王女プリシアの差別撤廃運動によって少しずつ多種族への偏見は減りつつあったものの、独自のコミュニティを持つこの
「……」
「おっと、そんなに睨むなよワーグナーの旦那。ここで暴れたら今度こそ首がぶっ飛んじまうぜ?」
かつて魔術師長だったワーグナーは一度目に収監された際、実は喧嘩を売ってきた相手を返り討ちにしてしまい、独房送りになってしまった経緯がある。
その武勇伝と腕っ節の強さで囚人達から一目おかれているわけだが、当のワーグナー本人はその不名誉を酷く嫌がっていた。
と、囚人達が彼ら三人を挑発していると……
「テメエら、つまんねーこと言ってねえでさっさとメシ済ませちまいな!!」
囚人達のリーダー格らしき男がわざと大声を上げるや否や、下っ端達は慌てた様子で一斉に自席へと戻り、食事に専念し始めた。
『ありがとうございますスティングさん』
頭を下げるツヴァイを見て、スティングと呼ばれた男はチッと舌打ちすると、面倒臭そうに手をヒラヒラと振る。
「別にテメエを助けようとした訳じゃねえ。メシの時間帯に騒がれるのがクソウゼエだけさ」
どうやらそれは照れ隠しなどではなく、本心からの言葉らしい。
彼はそう言うと、無表情でガツガツと昼食をかっこんでゆく。
ところが、しばらくしてスティングは手を止めてツヴァイに目を向けた。
『なあ先生よ』
「はい?」
スティングは皿に残っていた揚げ物を一気に平らげ、右手の親指を鉄格子へ……いや、その向こうへ広がる青空へと立てながらツヴァイへ問いかける。
「神様ってぇのは、平等に愛してくれるっつーわりに、金持ちばっかどんどん偉くなって、俺ら貧乏人はずっと地べたを這いずり回ってんのは、どうしてかね?」
『っ!』
それは無神論者であれば誰もが思う、神の教えに対する些細な疑問。
信者が偉大であると称えていても、どうしてもそう思えないのだ。
何しろ生まれてこの方、ロクなことが無いのだから。
この世界で苦労したらあの世で報われるなんて言いやがったら、こう吐き捨ててやるしかない。
――神様ってのはとんだ
「何か一つくらい"奇跡"ってモンを起こしてくれりゃ、信じても良いんだがね」
スティングの問いに対し、ツヴァイは思った。
宣教師として真実の言葉を伝えねば、と。
……だが!
「ハハハ! 無理言うんじゃねえや! この先生様はその奇跡とやらに救われなかったせいで恩師をブチ殺されて、復讐の鬼になっちまったんだろ!」
『ッ!!』
ツヴァイの頭上にある両耳が前へと倒れ、かつての過ちをあざ笑う男に向けて、まるで威嚇するように動いた。
「その挙げ句、お偉いさんから俺らみたいなゴミクズに成り下がってんのに、奇跡なんてあるわけねェさ!!」
そんなことは無いと「人の心」は叫ぼうとしているのに、それに相反するように『獣の心』が問いかけてくる。
――この男の言う通りではないか?
――本当にこの世界に神がいるのか?
――もしも神がいるならば、そんな神などッ!
信念が揺らぎ、自身の信じるものが崩れてゆく――……
「それはどうかなっ!!」
『っ!!?』
突然、この場に不釣り合いな"少女の声"が食堂の中に響いた。
囚人達が一斉にそちらへ目を向けると、そこに居たのは……!
「うおおおお王女様じゃねーか!!?」
「なにいいいいいっ!?!?!?」
「おおおお、ありがたやありがたや!」
声を上げた当人の意図に反し、少女の横に居たプリシア姫へと注目が集まってしまった。
その様子に、自信満々に仁王立ちしていた女の子……サツキは、プリシア姫をジト目で睨む。
「ほらーっ! やっぱプリシアちゃんは覆面で顔を隠しておくべきって言ったじゃん! あたしは最初から絶対こうなると思ってたんだよっ!!」
「で、ですけど、王族たる私が覆面で突撃するのはさすがに……!!」
『だよねぇ』
騒ぐ囚人達には目もくれず、女の子二人組は口論を始めてしまった。
そんな最中、ツヴァイ、ネスタル、ワーグナーの三人だけは、彼女達の後ろで
顔がフードに隠されているため、ネスタルとワーグナーはまだ確証を得られていないようだが、ツヴァイはガタリと音を上げて席を立って男性へ向かって歩み寄る……。
犬の獣人は人間よりも嗅覚が優れているゆえに、ツヴァイは混乱していた。
自分の目に映っているモノが「ありえないから」だ。
『あ、貴方は一体……?』
「君には本当に苦労させてしまいましたね。本当に申し訳ない」
『っっっっっ!!!』
ずっと聞きたかった声。
絶対聞き間違えるはずのない声!
懐かしいニオイ!!
『アインツ先生ーーーーーっ!!!』
装束姿の男性がフードを脱いで正体を明かすより早くツヴァイは駆け出すと、長い間離ればなれになっていた飼い主に再会した愛犬のようにアインツへ飛びついた!
「わわわっ!? こらこら、私も歳なんですから、そんなに勢いよく飛びつかれると転んじゃいますよ~」
『先生っ! 先生ぃぃぃ!!』
「あはは……」
プリシア姫に続いて、死んだはずのアインツまで現れたことで監獄の中は更に騒然となる。
無論、先程ツヴァイに向けて挑発的な言葉を投げかけていた連中も、ただただ絶句するしか無かった。
そもそも、このような汚らしい牢獄に、一国の王女が現れるだけでも奇跡に等しい状況なのだから。
「こりゃたまげたな……」
目の前の光景に、スティングは呆然と呟く。
すると、そんな彼の隣に『ぬーん……』と言いながら誰かが近づいてきた。
誰かとスティングは視線をそちらへ向け――
「……って、うおわああっ!?!?!?」
そこに居たのは、背中に綺麗な羽を付けた自分の拳サイズほどの大きさの妖精フルルだった。
『さっき君は……何か一つくらい奇跡をー……って言ってたね?』
「お、おぅ……つーか妖精……? 初めて見たぜ……」
目を白黒させるスティングを見て、フルルは無表情ながら満足そうに頷く。
『神が直接……奇跡を起こすことは……無い。けれど……奇跡を願う者が集えば……少しは良いことあるさ』
「あ、ああ」
『君にも……良いことあると……いいね』
フルルはそう言い残すとふわりと飛び、サツキのフードの隙間にすぽっと入っていた。
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