096-ライカ王子の勇気
【聖王歴128年 赤の月 8日】
<ジェダイト帝国王城 謁見の間>
『なんと、そのような事が!!?』
ディノシス皇帝陛下が表情を強ばらせながら声を上げると、俺の代わりにエレナが薄水色の髪をふわりと揺らしながら前へ出て答えた。
『はい。我々がこの地へと訪問したのも、それを未然に防ぐためなのです。無論"私の予言"が当たらないに越したことはないのですが』
『あ、ああ……。私もそうである事を祈りたい』
――明日、魔王の軍勢がジェダイト帝国を襲撃する!
これは俺がかつて見た未来の出来事であり日記にも残されている事象ではあるが、その一連を『水の精霊エレナによる予言』として皇帝陛下へと伝えることにした。
当然ながら水の精霊は未来予知なんて能力は無いのだけど、人前に姿をほとんど見せることの無い精霊が危機を知らせてきたという事実の前には、そのような前提は無意味であった。
『わたしもこの予言に関しては絶対に備えが必要であると考えています』
続いてライカ王子が前へ出ると、ここ数日の出来事を口にした。
『当初、先生から教えを請うことを拒んだわたしは都へ向かいました。しかし、どこへ向かえど瞬時に目の前に現れたのです。つまり、わたしの行く先……いいえ、それどころかレパードを打ち倒し教育係に抜擢され、今日この場に来る事すらも全て知っていたのです!』
ライカ王子の言葉に重鎮達は驚きながらも、その説明を聞いてただ一人だけ満足げにフッと笑った。
『道理で。この私が赤子のごとくあしらわれていたのも、最初から決められた未来だったのだな』
……いや、レパードを倒したのも教育係に抜擢されたのも完全に想定外です。
まあ否定してもプラスにならないから黙っておくけど。
さて、ここからは俺の出番だ。
「魔王軍は闇属性が多く、その者達の使う呪いや病気を引き起こす
『聖属性だとっ! ……君は知らぬかもしれんが、我が国民のそのほとんどが戦闘職であり、支援職は全体の一割にも満たないのだ』
それについては俺も、ツヴァイが先のグレーターデーモン召喚事件を起こした際の供述によってある程度は把握している。
もちろん、力で相手をねじ伏せることで上下関係を確立させる事がまかり通っているジェダイト帝国において、非戦闘職であるプリーストは天職として与えられることも稀であるということも。
ここで俺は、更にブラフをかましてみることにした。
「この城の地下牢には、かつて聖王都プラテナで最も優れた能力を持つとされる大司祭の立場だった男……聖職者アインツが居るはずです。彼ならば魔王軍すらも討ち払う力があるでしょう」
『なんとっ!』
皇帝陛下が驚愕の声を上げた直後、数名の古株と思われる連中の顔色が変わった。
恐らくそいつらが帝国教会の設立妨害に関与しアインツを投獄した関係者だと思われるが、皇帝陛下本人やレパードは「凄腕の聖職者がこの国にいる」という事実に対し驚いているようなのでシロであろう。
そして今の反応を見て、もう一つ分かった事実がある。
確実にアインツは生きている――!
このチャンスを逃さぬよう、俺はさらに畳み掛けた。
「私達がアインツと交渉し、魔王軍との戦いに加勢してもらう。そして、もしも彼が何か不審な動きを見せた時は、全責任を私が負って彼を討つ……この条件でいかがでしょう?」
『こ、皇帝陛下っ! このような怪しげな連中の言葉など聞く価値もございませんぞ!』
俺の言葉に対し古株の一人が慌てた様子で反論してきた。
だが、次の瞬間――
『無礼者ッ!!!』
『っ!?』
突然の大声に、古株連中どころか皇帝陛下本人までも驚きに目を見開く。
なにしろ、声を上げたのがライカ王子だったのだから。
『先生や他の皆様を怪しげな連中などと卑下する事は、それを信じると決めたわたしを愚弄するに等しい!』
『で、ですが王子……!』
『ですが? あなたはわたしを卑下するつもりで発言していると考えて宜しいですか?』
『ぐっ……も、申し訳ありませぬ……』
今まで若造と侮っていた王子に真っ正面から反論を受け、黙り込んでしまった男を
『ライカよ、お前の意見に賛同し彼の発案を承諾しよう。そもそも全責任を負うと断言しておるのだから、何か問題があればこの者達を全員裁けば良いだけであろう?』
「あ、ありがとうございます」
俺は皇帝陛下へ礼の言葉を述べたものの『全員裁けば良い』というのはつまり、何かあれば全員処刑という意味となるわけで……。
俺としては自分一人だけで責任を取るつもりでいたので、これは完全に想定外だった。
今回ばかりは絶対に失敗できねえな……。
◇◇
『しかし、ライカ様があのように勇ましく発言されるとは……。このレパード、喜びのあまり泣きそうになりましたよ』
先の話し合いを終え、外に出た俺達のところにレパードが話しかけてきた。
感心する彼を見て王子は照れ笑いしながらも、少し自慢げに答える。
『自分でも驚きですけどね。ですが……この一件は、我が国の将来にも関わる問題ですから、どうにかせねばならないのです』
『確かに、魔王軍の侵攻は絶対に阻止せねばなりませんからね。なあに、単なる犯罪者から一躍英雄になれるチャンスですし、アインツっていうヤツも嫌とは言わねえでしょう』
『っ!』
レパードの楽観的な言葉を受け、王子は横に少し困った様子で俺に目を向けてきた。
まあ、ここまで来たら仕方ないか。
謁見の間での言動やこれまでの行動を見た限り、十分に信用できるだろうし。
「アインツっていう囚人、たぶん無実の罪で捕まってるんだよ」
『なんだって!?』
それから聖王都で起こった一連の中央教会の騒ぎや、帝国教会が設立直前にアインツが襲われた経緯なども一通り説明すると、レパードが怒りながらギリリと奥歯を噛み締めた。
『軍の連中め、保身のためにそんな事まで……許せねえ!!』
『ですが、そんな辛い思いをされた方のところに押しかけて、都合良く助けてくれなどと、どの口が言えるものでしょう……』
不安そうに呟くライカ王子を見て、俺は彼の頭をそっと撫でてやった。
『先生……』
「まあ、実際に悪いのはアインツを騙した連中であって、王子は何も悪くないんだからさ。きっと分かってくれるよ」
そして俺達はアインツと会うべく、地下牢へと向かったのだった。
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