082-いつか守られる約束

【聖王歴128年 黄の月 12日 午前】


 翌日、朝食を終えたあたし達は弓技大会の受付をやっているという武器屋へとやってきた。


「へいらっしゃい! ……って、なんだガキンチョかい」


 店のおじさんはあたし達の姿を見るなり、ガッカリと肩を落とした。


「ちっちっち、甘いねおじさん。あたしが将来億万長者になって、この店をひいきにするかもしれないんだよ? 未来顧客だよー」


『よく分かんないけど、武器屋をひいきにする億万長者とか、物騒でイヤだなぁ……』


 ユピテルの冷静なツッコミに、武器屋のおじさんまでウンウンと頷いていて、なんだか釈然としない。


「まあそれは置いとくとして。あたし達は、おじさんの店で弓技大会の受付やってるって聞いて来たんだけど」


「ああ、見ねえ顔だと思ったが"そっち"が目当てか。そんじゃ二人ともこっち来な。おっと、足下には気をつけてな」


 おじさんは何やら納得した様子で、お店の勝手口から裏へと案内してくれた。

 すると、ついて行った先にあったのは、何の変哲もない空き地。

 奥の方には盛り土があり、その上には表面がボコボコになった木板が無造作に置いてある。


「で?」


「で、じゃねえよ。参加者は自前の弓であの木板に四射して、二的中させれば申し込み受理だ。昔は誰でも参加を受け付けてたんだが、経験の浅えヤツが勢いで参加すると事故が起こっちまう危険があるからな」


「なるほどなー」


 そんな与太話をしていたあたし達を尻目に、ユピテルはさっさと弓に矢をつがえて構えていた。

 表情はいつもと変わらずのんびりとした感じではあるけれど、真っ直ぐに木板を捉えたその目はまるで狩人のそれであった。


『……ふぅ』


 ユピテルが適当に弓を引くだけで、まるで吸い込まれるかのように、木板へ等間隔で矢が刺さってゆく。


『これでいい?』


「……驚いたな、それは加護付きの弓かい?」


 おじさんに問われたユピテルはキョトンとした顔で首を傾げる。


『加護付きの弓って何???』


「なにっ!?」


 おじさんは慌てた様子でまじまじとユピテルの弓を見ると、なにやら関心して溜め息を吐いた。


「驚いたな、何の変哲もない普通のショートボウじゃねえか。これであの精度とは……俺も長いこと見てきたけど、坊やほどの腕の奴ァなかなか居ないぞ」


『えへへ~』


 褒められてまんざらでもないのか、ユピテルは少し照れながら鼻の頭を掻いた。


「よし、文句無しで登録受理だ。大会本番の活躍も期待してるぜっ!」

 


◇◇



 弓技大会への登録も無事に終わり、あたし達は飲食店や屋台の並ぶエリアへとやってきた。

 ユピテルは早速いくつかの屋台を巡り、串焼きやら蒸した芋やらを持って、ニコニコと嬉しそうに戻ってきた。

 二人で席に着くと、あたしは先程の状況を振り返り口を開いた。


「ユピテルってなんだかんだ言っても、結構スゴい奴なんだよねえ」


『えっ!? ……サツキちゃん、どこか体調悪いの?』


「どういう意味さ!」


 せっかく褒めてあげたのに無粋な事を抜かすユピテルの脳天に一発チョップを入れつつ、あたしは大皿に積まれた謎の揚げ物を一口ぱくり。

 うん、美味いっ。

 やはり聖王都よりも、若者の多い魔法都市こっちの方が味付けがあたし好みである。


「ていうか、ユピテルは技術面は良いんだけど、やっぱハートがまだまだよね。女心のなんたるかを扱う未熟さに至っては、おにーちゃん以下かも」


『えー、さすがにアレよりはマシだと思うんだけどなあ』


 人様の兄をアレ呼ばわりとは、コイツもなかなか失礼なヤツだな。


「ま、あたしから見れば、どっちとも目クソ鼻クソだよ」


『食事中にクソとか言わないで……』


「とりあえず、あたしの目の届く間にしっかりと一人前のイケメンに育ててあげるから安心するべしべし」


『何その口調……でも、オイラがそれを活かせるとは思えないんだけどなあ。エルフの村にはもう帰る気は無いしさ』


 寂しげに呟くユピテルの表情は、エルフ村からひとり逃げ出した時のそれに似ていて、何故だか胸の辺りがモヤッとして嫌な感じだ。

 うーん、よしっ。

 こういう時はいっちょ、おねーさんが元気づけてあげるとしよう。


「そんなに悩まなくたって大丈夫だって。プリシアちゃんがこれから頑張って、聖王都でもいろんな種族が仲良く暮らせるようにしてくれるみたいだしさ。そうなれば、村に戻らなくても良い相手くらい見つかるよ」


『良い相手ねぇ。オイラにゃ良くわかんないや』


 ユピテルはあたしより二つ下の十二歳。

 男の子というのはどうにも子供っぽいもは聞くけれど、よもやここまでとは。


「まあどうしても行く宛なかったら、あたしが貰ってあげるから心配しなくても良いよ」


 あたしはそう言うと、大皿の中で一番でっかいジャガイモを手に取り頬張った。

 うむ、美味い美味い。


『……』


 何故かユピテルが、魂が抜けたかのような表情で固まっている。


「どしたの?」


 あたしの問いかけで魂がカムバックしてきたのか、見る見るうちに顔が赤くなっていく。

 と思いきや、ハッと何かに思い当たったような顔をしてから、軽く溜め息を吐きつつ首を横に振って笑い始めた。


『オイラとしたことが、なんだかスゴい勘違いしちゃったみたいだよっ。あははー』


「ユピテルに良い相手が見つからなかったら、あたしが結婚してあげるって意味で言ったけど?」


『勘違いじゃなかったあああああーーーッ!!!?』


 ユピテルは再び顔を赤くしながらテーブルにガツンと音を立てて突っ伏した。

 しばらくそのまま固まっていたけれど、何度か深呼吸した後、ゆっくりと顔を上げる。


『……どういう事か、具体的な説明をお願いできるかい?』


 なんだか目線が落ち着かずゆらゆらしているユピテルに少し和みつつも、あたしは自分の頬に手を当てて"具体的"な理由を列挙してみた。


「んー、世継ぎの面倒なし、嫁姑問題なし、その弓の腕前なら食いっぱぐれる心配なし。さすがエルフだけあって色白で容姿も上々。問題はヘタレな性格だけだよね」


『具体的過ぎるからもう少しオブラートに包んでっ!!』


 なんてワガママなヤツだ。


『だけどさー。その、なんていうか……サツキちゃんはそんな簡単に結婚相手を決めちゃっても良いの?』


「いや、ユピテルよりもっと良い物件が出てきたらそっち行くよ?」


『んんんんーっ! ストイック過ぎるカナーーっ!!』


 怒ってるような困っているような複雑な表情で膨らせたユピテルの頬を、人差し指でブスッと押しつつ、あたしはニヤリと笑った。


「だから、一番イイ男になるのだ少年よっ。まずは弓技大会で優勝して男を上げるがよい」


『…………まあ、ほどほど頑張ってみるよ』


 そう言って少し頬を膨らせたユピテルの表情からは、もう寂しさの色は消えていた。

 うんうん、それでいい♪

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