080-平和な日常

【聖王都128年 黄の月20日 夕方】


<聖王都プラテナ 北街の宿屋>


「ずるいずるいずるいずるいずるい、ずーるーーいいいいーーーーーぃぃぃっ!!!」


「うるせえ! こっちはムチャクチャ大変だったんだからなっ!!」


 例の事件から二日後。

 ようやく帰ってきたサツキ達に事の流れを伝えた結果、いきなりの第一声がこれである。


「つーか、十八日には戻るっつってたくせに、なんで二日も遅れてんだよ」


 かつて俺が勇者パーティに居た頃の日記では、十八日に聖王都に戻ってきてから休養を経て、二十一日の昼頃には次の旅へ出発している。

 なので、サツキ達が二十日の夕方に戻ってきたのは本当ギリギリの帰還と言える。


「こっちだって色々と大変だったんだよっ! ぶーぶーっ!」


 何やらサツキ達もトラブルに巻き込まれていたみたいだけど、正直なところ、ハルルとフルルの協力が得られていたら、もう少し楽に事が進んでた気がするんだよなぁ……。

 まあ、今更っちゃ今更なんだけども。


『でも、カナタにーちゃん達がこうやって話せてるってことは、無事に片づいたんだね?』


「ああ。聖地からモンスターが沸き出してくる事も無くなったし、これで一安心だよ。……教会あっちは色々とあるみたいだけどさ」


 そもそも今回の一件は、ツヴァイ大司祭による「世界の救済」が全ての原因だったわけだが、救済という名目であったとしても、自らの立場を悪用して国家を危機に陥らせたことに変わりはない。

 幸いにも東の森の一部が焼けた程度で死者は出なかったものの、さすがにおとがめナシにするわけにはいかず、ツヴァイは肩書きを剥奪されたうえで地下牢へ投獄されることとなり、恐らく数年間は牢屋生活が余儀なくされるであろう。


 ちなみに元大臣のネスタルや元魔術師長のワーグナーの二人については、詳細を知らなかった事が判明しているものの、プリシア姫誘拐に続いて二犯目となることから、こちらも無罪放免とはならないようだ。


『かつて彼らがプリシア姫を誘拐したのは悪い事ですし、その行動によって危うく世界を滅ぼしそうになったのは許せることではありません。……ですが、あの方達の心が"悪"かと言われると、違うのですよね』


 エレナが言うように、この一件において悪事を働こうとした者は誰も居ない。

 あくまで、彼らの選んだ方法がこの世界にとって不適切だったに過ぎないのだから……。


『なにやら難しそうな話をしてるっすねー?』


 俺達の話に興味を持ったのか、ハルルとフルルがひょっこりとサツキのフードから顔を出してきた。


『ま、正義と悪なんて曖昧な価値観は時代と背景によって色々と変わるモンっす。大昔だったら、神に逆らった時点でカナタっちは死刑っす』


『今は大らか……いい時代だね』


「さいですか」


 ハルルの言う通り、それは時代だけでなく場所によっても変わるモノだろう。

 例えば「強さこそ正義」というジェダイト帝国で今回の事件が起きていたら、もしかすると違う結果になっていたかもしれない。


「ただ、罪をあがなう方法としては今回のやり方もアリかなとは思うよ」


 実はツヴァイ達三人は地下牢で服役しながら、同じく犯罪に手を染めた者達へ「神の教え」を説く事を許可されている。

 それには様々な理由や思惑があるだろうけれど、彼らに再び誰かを救う機会を与えようという、ライナス殿下の気遣いなのかもしれない。


『それで、一番のお偉いさんを失った中央教会とやらは今後どうなっちゃうんすか?』


「ああ、そっちも何とかなるっぽいかな」


 この国の首都が「聖王都」と呼ばれているのは、国民の大半が信仰者であり、それゆえに中央教会が絶対王政にも近い力を保有していたのが理由だった。

 ただ、ツヴァイの失脚によってその力関係は失われ、今後は国の監視下に入ったうえで信仰の活動を継続する事が予定されている。

 そして、実はもう一つ驚くべき決定も下されていた。



 ――大司祭代行者 "コロン"



 代行とはいえ、僅か十歳の少女が聖王都中央教会の事実上の代表というのは異例中の異例であり、当然ながら史上最年少である。

 指名される瞬間を目の前で見ていた俺達も大変驚いたのだけど、それは大人連中が何も知らない子供を騙した……というような汚い理由ではなく、複雑な責任や"しがらみ"といったコロンに害をなす可能性がある事柄に関しては、教会の古参達がコロンの盾となって彼女を護るのだそうだ。


『グレーターデーモンとの戦いでコロンさんは神の声が聞こえたそうですし、その実力や才能を踏まえても、教会の代表として適切だという判断のようですね』


「あんだけ酷い仕打ちをする神をずっと信じ続けるなんて、全然理解できないけどなぁ。……まあ、そのおかげで"俺のアレ"をおとがめナシにしてくれたから文句は無いけどさ」


 過酷すぎる試練が与えられ皆が死を覚悟したその目の前で、俺はスキル「全てを奪う者」を発動し神からその力を奪い取ったわけで。

 信者から見て、俺は背信者どころか邪教の権化みたいなものであろう。


「しかも、信者達がたくさん居るトコで、神に向かってクソだの野郎だの言いまくっちゃったしなぁ。しばらくは人気ひとけの少ない裏道に行くのは控えよう……」


『でもカナタにーちゃんなら、そこらの連中に襲われても返り討ちに出来そうな気がするけど?』


「そういう問題じゃないんだよなあ」


 ユピテルの直球過ぎる意見に、俺は脱力するばかりである。

 ちなみに、この一件で俺は神から力を奪い取ったものの、どうやら俺にはそれを使う才能が無いらしい。

 そのせいか黒い石板は単なる板になってしまったけれど、再び同じ事件が起こる心配が無くなったわけだから、一安心とも言えるけどね。


「あっ、そういえばシャロンちゃんはどうしてるのっ? 妹ちゃんを助けるために、聖王都に来てたんでしょ?」


 サツキがそんな事を問いかけてきたものの、俺とエレナは思わず苦笑するばかり。


『シャロンさんは今朝方、エメラシティに帰っちゃいましたね』


「なんでえええーーーーーっ!?」


 サツキが驚くのは無理もない。

 十八日の夕方にやってきたシャロンは事件後は実家に戻り、昨日はコロンと一緒に中央教会へと同行。

 そして二十日の早朝便の馬車で帰還……という、国のお偉いさんもビックリな驚異のハードスケジュールだったのだ。


「アイツ、どうやら学校側に事情を説明せず、黙って出てきたっぽいんだよ。魔法学校一の秀才が突然姿を消したのだから、今頃は大騒ぎだろうなぁ」


 たぶんシャロンの事だから、後輩二人組にも言わずに出てきたであろう。

 戻って早々、シャロンがどれだけ揉みくちゃにされてしまうのかは、言わずともがな。


「…………」


 ふと気づけば、サツキが妙に真剣な顔で俺をじっと見ていた。


「どした???」


「……もし、私がピンチになった時は、おにーちゃんもシャロンちゃんみたいに助けにきてくれる?」


「はあ? 行くに決まってんだろうが。なに言ってんだお前は」


「っ!!」


 俺が呆れながら即答すると、サツキは満面の笑みを浮かべて「うへへ~!」と変な笑い声を上げながらユピテルにアームロックをかけ始めた。


『それカナタにーちゃんにやれよ! なんでオイラなんだよっ!!』


「いいじゃんいいじゃん~」


 ユピテルの抗議に対し、サツキは嬉しそうに笑っている。


「やれやれ……。ま、とりあえずこれで一件落着かなぁ」


『ですね♪』


 じゃれて暴れるチビッコ二人組を見ながら、俺とエレナは再び戻ってきた日常をのんびりと堪能するのであった。







【同日 早朝】


<聖王都プラテナ レオナール邸>


「それじゃ、身体に気をつけてねシャロン」


「ん、別にそこらのモンスターや盗賊くらい余裕で蹴散らせるわよ?」


「そういう意味じゃないと思うんだがなあ」


 心配する母クラリネに対してあんまりすぎる答えを返す我が娘に、父レオナールは思わず苦笑い。

 一方、この屋敷で働いているメイドのエイミは……既に号泣していた。


「お嬢様、お元気で……うっうっ!」


「まだ別れの言葉も言ってないってのに、泣くのが早すぎるわ」


 両親以上に自分を溺愛してくれるのはありがたいものの、さすがのシャロンも呆れ果てている。

 そして、妹のコロンが少し寂しげな表情で姉の前へとやってきた。


「もう出発しちゃうんだね、お姉ちゃん……」


「そりゃ、何日も無断外出するわけにはいかないもの。こういう時にサッと遠くに手紙を送るような魔法があれば良いのにね」


 相変わらずマイペースに答えるシャロンだったが、何やらいぶかしげにコロンへと問いかける


「それよりも、アンタはちゃんとやれるの? あんな大ポカやらかしたヤツの後釜なんて、ぶっちゃけ敗戦処理みたいなもんよ?」


「そ、その言い方はどうかと思うよ……」


 姉の爆弾発言に、コロンは苦笑してしまう。

 ……だけど彼女は知っている。

 昨日、自身が大司祭代行者を命じられた時、教会の重鎮や城から来た使者達に向かって、大人顔負けの理責めで徹底的に提言を繰り返し「妹を護るための仕組み」を作り上げたという事を。


「えへへ」


「気味悪いわね、何いきなり笑ってんのよ……」


 口は悪いけれど、それが照れ隠しというのは全て分かっている。

 ……いや、かつての自分であれば、分かっていても気づかぬふりをしていたかもしれない。

 たった独りで逆境に立ち向かう姉を、遠くから眺めるしか無かった自分には……。


「なんだか、きっと上手く行く気がするんだ」


 だけど、あの二人が教えてくれた。

 いきなり助けを求めてきた私に対して、嫌な顔ひとつせず手を差し伸べてくれた、あの人達のように。

 私も誰かの力になれるように!!


「私、頑張ってみるっ」


「ええ、期待してるわ」


 なんだかとても既視感のあるやり取りに、二人の顔に思わず笑みがこぼれる。


「それじゃ、行ってくるわね」


「!!」


 かつて、感情を一切出さず無表情でこの家を出て行ったシャロン。

 そんな彼女が優しく微笑みながら手を振る姿に、メイドのエイミだけでなくコロンまでわんわんと泣き出してしまった。


「ちょっ、ちょっと! 大げさすぎでしょっ!?!?」


 コロンが大泣きするのを見て、シャロンはオロオロと困り顔で慌てるばかり。

 そんな娘達の姿に、夫妻は久しぶりに心から笑った。



―― 第七章 中央教会の聖女コロン true end.

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