078-新たな歴史の始まり

「ホント、教会の連中ってのは無能ね」


 そう呟いたシャロンは、大口を開けたグレーターデーモンを遠目に眺めつつ、肩下げバッグから何かを取り出した。

 どうやら真っ黒なカバーに金文字で様々な文様が描かれた一冊の本のようだが、その表紙には次の一文が書かれていた。



【魔法学校/戦術書】



 シャロンは前方に見える化け物の姿と手元の本を交互に見比べると、右手を真っ直ぐに伸ばし呪文を唱え始めた。


『グォ!?』


 自分に向けて何かを仕掛けてくると察したのか、グレーターデーモンは吸気を止めると、眼前に集めた瘴気の塊へと魔力を込めだした。


『シャロンさん、来ますっ!!』


 前方にうごめく魔力の変化に気づき声を上げたエレナに対し、シャロンは鼻で笑い返すと右手を振り上げた。

 そして――


『ヴェアアアアアアアーーー!!!』


 大地を揺らすほどの叫び声とともに、巨大な瘴気の砲弾が放たれる!

 薙ぎ倒された森の木々が一瞬にして灰燼かいじんとなって消えてゆくのをじっと見つめながら、タイミングを見計らっていたシャロンは強く右腕を振り下ろし叫んだ!



「ボトム!!!」



 シャロンの手から放たれた魔力と衝突した瘴気の塊は空中で激しく渦巻いた後、突然地面へ向かって墜落し周囲へ轟音を響かせた!

 それから森の中はしんと静まりかえり、後にはただ静寂だけが残った……。


「……え?」


 思わず間の抜けた声を出してしまった俺を見て、シャロンは呆れ顔で溜め息を吐いた。


「対象を重くして身動きを封じる初歩魔法よ。瘴気なんてのは単なる汚い空気なんだから、部屋のホコリを落として掃除するようなものね」


 あっさりと言ってのけたけど、あれほど膨大な魔力の塊をまるでハエか何かのように叩き落とすなんて、並の魔法使いができる事ではない。

 だが、それよりも「もっと大きな疑問」があった。


「いや、そうじゃなくてっ。なんでグレーターデーモンの対処法を知ってんだっ?」


 俺の問いに対し、シャロンは少し気まずそうにチラリと手元の本に目をやりながら答える。


「大昔の話だけど、魔法学園に在籍してた"天才魔術師"とやらがうっかりアレを召喚して、エメラシティが壊滅しかけた事があるらしいのよね」


「えええっ!?」


「それで、聖王都の騎士団やら中央教会やらも総出でどうにか倒したものの、その天才魔術師は国外追放されるわ、魔法学校もお偉いさんのクビが飛ぶわ権威が失墜するわで相当酷い状況だったみたい。で、この本にはウチの学校が関わった戦争のあれこれが書かれてるのだけど、その時の事も色々と書いてあるってわけ」


 頭の隅にかつての記憶がよぎる。

 それは、俺が勇者パーティを抜けたあの日の事――


……


「さて、今日はコイツを倒したら街に戻ろうか」


「街ひとつ滅ぼせるようなバケモノ相手に、相変わらず簡単に言うわね……」


……



「そういう意味だったのかっ!!」


 俺が勝手に自己解決して声を上げる姿に、シャロンは呆気にとられながら首を傾げていたが、再び振り返ると遠くにたたずむ魔物へと目を向けた。

 グレーターデーモンは、自らが放った渾身の一撃が軽々と撃ち落とされたためか酷くいきり立っており、今にも襲ってきそうな程に殺気を放っている。


「のんきに雑談してる場合じゃなさそうね」


「ああ。しかも、しばらくするとそこの石板から二匹目も追加で出てくるらしい」


「……最悪だわ」


 シャロンがゲンナリしながらぼやいたその時、ついにグレーターデーモンは大きな翼を羽ばたかせてこちらへ向かってきた!

 どうやらアシッドブレスが効かないことを理解したヤツは、直接シャロンを手にかけようというのだろう。

 だが、こちらが次の一手を放つよりも先に、俺の後方から凜とした声が響いた。



「セイクリッド・ホーリーシールド!!」



 その直後、一気に距離を詰めてきたグレーターデーモンが鋭い爪を振り下ろすものの、虹色に輝く強固なシールドは傷一つ付くことなくそれを弾き返した。

 それからグレーターデーモンが幾度もの攻撃を繰り返すも、強い意志によって張られたシールドが破られることは無く――


「おねえちゃーーーーーーんっ!!!」


 強固な防壁を張った当人であるコロンは、泣きながらシャロンに飛びついていった。


「わあああっ、ちょっとコロンっ!? って、鼻水がっ! きゃああっ!?」


 一張羅いっちょうらの黒マントを涙やら何やらでベトベトにされてしまい、シャロンは焦りながら妹を引き剥がした。


「ううぅぅ、だずげにぎでぐれだんだね、おねーぢゃんんんん……!」


「もう、ホントしょうがないわねぇ」


 緊張した雰囲気を一撃で吹き飛ばす泣きべそっぷりに、シャロンはグッタリと脱力しつつも、自分と瓜二つな小さな頭を優しく撫でながら優しく笑うと、クルリと振り返る。


「さて、それじゃここから先はアンタ達も全員手伝ってもらうからねっ!!」


 いきなりそんな事を言われ、大司祭ツヴァイをはじめとする中央教会関係者達は皆困惑しているものの、そんなのどこ吹く風といった様子のシャロンは、グレーターデーモンをビシッと指差した。


「コイツを倒すには、バカみたいに強い結界をぶち破る必要があるの。当時の資料によると、エメラシティ崩壊の際にはプラテナ国から総勢百名ものプリーストが総出で魔力無効化ディスペルを唱え続けたとあるわ」


 百名ものプリーストという言葉に、一同は動揺を隠せない。

 それもそうだろう、今この森に居る調査隊の全員を合わせても五十名足らずで、しかも聖属性スキル持ちとなると半数にも満たないのだから。

 そして、皆の言葉を代弁するかのようにツヴァイは口を開いた。


『私は能力不全者イレギュラーなので、ディスペルは使えません……。それに、ここに居る者達は皆、戦いに不慣れな者ばかりで――』



「何を情けない事を言っているのです!」



 突然の声に慌ててツヴァイが顔を上げた先に居たのはなんと、体調が優れないという理由で参加を見合わせているはずのプリシア姫だった。


『プ、プリシア様っ! どうしてここに!?』


「お兄様からは来るなと言われていましたが……森がこんなにも激しく荒らされて、黙っていられるものですか!」


 どうやら森の騒ぎにいてもたっても居られなかったらしく、ライナス殿下の言いつけを破って来てしまったようだ。

 無論、その傍らには護衛のピートも一緒である。


「それに、私も聖属性の使い手ですので、ディスペルによる結界破壊に協力させて頂きます。そして今こそ、宗教・種族・性別……そんな些細な事にとらわれることなく、我が国民が皆で結束して脅威に立ち向かう時です!!」


 プリシア姫は勇ましく宣言すると、コロンに向けて笑いかけた。

 そんな姫の言葉に触発されたコロンは、ローブの袖で涙を拭いながら皆に呼びかけた。


「私も賛成しますっ! そしていつか……親愛なる神のもとへ召された時に、お褒めの言葉を賜る事の出来るよう、皆で美しい世界を創り上げましょう!!」


 これまで、聖女という肩書きに振り回されてばかりだった少女が、自らの力で皆を導こうとする姿に、信者達はひとりまたひとりと立ち上がり始めた。

 そして、先程まで「偽りの救世主」に怯えながら嘆いていた子羊達は、その目に強い火を宿してゆく。


「新たな歴史を切り開くために!!」


 コロンが宣言した瞬間、彼女の目の前へ金色の文字で書かれた天啓が現れた!

 それはかつて俺が「聖なる泉」で意識を失う直前に見たものと同じ……。

 彼女だけに与えられた天からの恵み――



【条件達成】

 ユニークスキル『天使の息吹』を修得しました。



 ――さあ、可愛い我が子供達よ。新たな一歩を踏み出しなさい。

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