077-対異世界侵略者用迎撃システム

七重魔法防壁セブンスアブソリュート!!!」


 白装束男による渾身の防御魔法は、眼前に迫るグレーターデーモンの巨大な拳を受け止めた。

 その名の通り七重に束ねられた結界はそのひとつひとつが強固な反射性能を有しており、突然のカウンターを受けたグレーターデーモンはそのまま反動で弾き飛ばされ、森の木々を薙ぎ倒しながら大地を滑走していった。


「ハァ……ハァ……」


 咄嗟とっさに飛び出したためか白装束男のフードが脱げ、その顔が露わになっている。

 そして、その姿を見た信者達は、ツヴァイの正体がワーウルフだという事を知った時以上に、驚愕の表情をしていた。

 なにしろ、たった今ツヴァイを助けた術者の正体が、本来ならば獄中に居るはずの「プリシア姫を誘拐した犯人のひとり、魔術師ワーグナー」だったのだから……。


「大丈夫ですかツヴァイ殿っ!」


 もう一人の白装束……元・大臣のネスタルが二人に駆け寄ると、ツヴァイは困惑した様子で疑問を口にした。


『……どうして私を助けるのですか?』


「そんなの決まっておるでしょうに」


 ネスタルの言葉に同意するようにワーグナーは頷くと、彼は先程の問いに対して答えた。


「貴方の生まれや種族がどうであれ、ツヴァイ殿がこれまで多くの人々を救ったのは事実。そして、地下牢から我々を助けてくださった事に変わりは無いのです。その恩を返す前に、貴方一人で先立たせてなるものですか」


『っ!?』


 それはつまり、人間中心の世界を実現するため自らの立場を失う程の重罪に手を汚した二人すら、ツヴァイを助けるにはその価値感は意味を成さないと言っているに等しい。

 彼らを見て、ツヴァイに冷たい目を向けていた信者達は気まずそうに目を逸らした。


「なんつーか、皮肉な感じだなぁ」


 かつてネスタルとワーグナーによって「人間中心社会の実現」を目的として起こされたプリシア姫誘拐事件は、その狙いとは真逆に、森ドラゴン達へ権利を与える結末を迎えている。

 再び当事者達が同様の目的で行動を起こした結果、今度はその推進役である大司祭のツヴァイ自身のそれまでの善行が、人間=正義であるという前提を否定する事になってしまったわけである。


『そもそも、うっかり本音が出ちゃってますもんね。さっき、彼は"どうして私を助けるのですか~……"って言いましたけど、貴方はアレに殺される事が救済とか言ってましたよね?』


 エレナのトドメの一言でツヴァイは完全に意気消沈してしまった。

 ひょっとして、悪魔の手下とか言われたのをまだ根に持っているのでは……!?


『これで、貴方の考える救済とやらに賛同する人は居なくなりました。一刻も早く、このシステムを停止しなさいっ!』


 しかしツヴァイは首を横に振ると、力なく両膝を地につけてうなだれてしまった。


『私の知る限り救世主を止めるすべはありません……。アインツ先生の遺した書は、世界浄化の章から先に何も書かれていないのです』


『そんな馬鹿なっ!?』


 ツヴァイから聖書を取り上げたエレナは、その巻末に目を通し始めた。

 俺には何が書かれているのかはサッパリ読めないのだけど、エレナの表情がまるで苦虫を噛み潰したような顔であることから、その内容がロクでも無いのは明らかである。


『……これ、誰が翻訳しました?』


『わ、私ですが。何か誤りでも……?』



(ツヴァイ訳)

【世界を乱す異端者を正す仕組み】

 異端者により世界の全てがけがれた時、この術は全ての生命を原始の海に戻す。

 救世主は信者と背信者を差別する事なく全てを統一し、世界を救うだろう。



(原文)

【対異世界侵略者用迎撃システム】

 これは当該世界における生命体の絶滅が確定した際、侵略者を迎撃する場合のみに実行する最終プログラムです。

 管理者が世界を救う事が目的ではあるものの、攻撃用召喚モンスターが敵や味方を判別する能力を有さないため、御利用は計画的に。



『……致命的にニュアンスが違うっ!』


 エレナは聖書をポトリと足下に落とすと、荒れた森の向こうからゆっくりと近づいてくるグレーターデーモンを呆然と眺めるしかなかった。


『まったく、この世界の神は何でいつもこう、余計なコトばっかなんですかねっ!?』


「イフリート撃ってみようか……?」


 俺が何気なく提案するものの、エレナの顔色はすぐれないまま。

 

『グレーターデーモンの火耐性と水耐性はほぼ同じです。でも、イフリートの攻撃力は……エターナル・ブリザード・ノヴァの約三割です……』


 イフリート、あんなにド派手な炎なのに意外と弱いなっ!?

 いや、エレナが桁外れに強いだけとも言えるのだけど、それってつまり……


「詰んでる?」


『理論上、私とカナタさんがあと六発ずつ撃てば倒せます……けど』


「……」


 俺はイフリートを一度召喚するだけでも相当の魔力を消費するし、エレナは海上のように大量の水があれば魔法を連発できるものの、この温暖なジュエル大陸の森林地帯ではそれも期待できない。

 つまり俺達だけではグレーターデーモンを一匹も倒せず、しばらくすれば二匹、三匹……と増殖を始めるという事である。

 勇者パーティの一員として戦っていた頃は、勇者カネミツの持つ「神より賜りし伝説の剣」による魔法防御無効化スキルで弱体化させた上で倒していたし、パーティから離脱した後は毒ビン一発で倒せていたけれど、今の俺はそういった極端に効果的な手札は持ち合わせていない。



『ヴォオオオオオーーーッ!!!』



 遠くで雄叫びを上げるグレーターデーモンが大きく口を開け、その中心に向けて魔力の渦が集まり始めた。


【危機感知】

 高致死性スキル反応あり。


 ライナス殿下に向けて放たれたモノよりも、ずっと巨大なアシッドブレスが充填チャージされてゆく。

 狙いは言うまでもなく、俺達全員……!!


「エレナ、防御魔法を全力で! 誰でもいいから、ここにいる聖属性スキル保有者は防御結界を出してくれっ!! 頼むっ!!」


 だが、未だ混乱が止まぬ集団が使い物になるわけもなく、指示通りに防御魔法の詠唱を始めたのはほんの数名だった。


「くっそ、このままじゃ――!」


 ……と、万策尽きたと思ったその時、俺達の前方に思わぬ人物が現れた。



 ――その姿はまるで幼子おさなごのように小柄で、ウェーブがかった金髪ブロンドに炎のようなあかい瞳が印象的だった。



 ――制服の腕章に飾られた星形のエンブレムは、彼女がエメラシティ魔法学園において最も能力に秀でている事を表していた。



「ホント、教会の連中ってのは無能ね」


 そう言って呆れながら笑うシャロンは、以前見た時よりもずっと自信に満ちあふれた表情をしていた。

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