072-奇跡の救世主

【聖王歴128年 黄の月 18日】


<東の森 奥地>


「本当ですか!!?」


『はい。つい先程、信者の一人が森の北東で遺跡らしきものを発見したと報告がありました』


「おおお……!」


 喜びのあまり、白装束男=元魔術師長のワーグナーは膝から崩れ落ちた。

 その姿を見ても笑みを崩さぬまま、大司祭ツヴァイは彼に向けて手を伸ばす。


『さあ、皆で聖地へ向かいましょう! そして新しい歴史を始めるのです』


 ツヴァイは皆を集めると、聖地である事が期待される場所へと向かっていった。

 もちろん、教会信者だけでなく騎士団やライナス殿下も同行しているのだが、集団の中に「とある人物」が見当たらない事に気いたツヴァイは、首を傾げつつライナスに尋ねた。


『プリシア王女はお越しにならないのですか?』


「ああ、あまり体調が優れぬらしいからな。それに……」


 ライナス殿下はジロリと白装束の二人組を睨みつける。


「この者達の近くへ連れてくるのは好ましくないからな。逆に都合が良い」


 ライナスの視線の先には白装束の二人組の姿。

 だが、教会信者や騎士達は二人の正体を知らないため、その言葉の意味を理解する事はできない。


『……それはそれは。気が利かず申し訳ないですね』


 申し訳ないと言いながら全く悪びれた様子もなく、ツヴァイは再び正面を向き森の奥へと足を踏み出した。



◇◇



 森の中を進むこと数刻。

 視察団一行はついに、目的地へと到着した。


「これが聖地……!!」


 森の中の一郭いっかくに、まるで踏みならされたように地が平らな広場があった。

 しかも中央には、こけで覆われた黒い石板らしきものがあり、絶対に自然ではありえない「意図的に造られた空間」が形成されている。


「やはりここが始まりの地……私達の考えは正しかった!」


 もう一人の白装束=元大臣のネスタルが嗚咽を上げながら叫ぶと、次々に信者が地に膝をつけて祈り始めた。

 その姿を眺めていたツヴァイは一冊の古ぼけた本を開くと、石板に手をかざしながら不思議な言葉を呟いた。


『システムコンソール、キドウ』


 その直後、黒い石板が緑色に光り、何やら異国の文字らしきものが浮かび上がってきた。


「ツヴァイ殿、これは……?」


『ジェネレーターユニット……聖王都中央教会に古くから伝わる神聖な――』


「それで何かをしようというのが、お前の狙いだなツヴァイ」


 目にも留まらぬ速さで剣を抜いたライナスは、ツヴァイの首元へとその切っ先を突きつけた。

 突然の状況に、信者だけでなく騎士達からも動揺の声が上がっているものの、当事者である二人は一切気に留めていない様子だ。


『……いきなり剣で威嚇ですか。次期国王としていささか乱暴すぎではありませんかね?』


「俺としては、これでも優しくしているつもりなのだがな。お前が大司祭でなければ、こんなものでは済ませてないさ」


 間髪を入れず脅しをかけてくるライナスの言葉に、ツヴァイは思わず苦笑する。

 無論、その表情はいつも通りの笑顔なのだが。


「……改めて聞くぞ、何が狙いだ?」


 ライナスの問いに対し、ツヴァイは笑顔のまま頬に手を当てて首を傾げる。


『狙い? 人聞きの悪い事を言わないでくださいよ。私はあくまで神のお導きのまま、その意志に従っているに過ぎません』


「その神とは我が国の神か。……それとも、帝国のモノか?」


 直後、ツヴァイは魔法防壁を展開し、首元に突きつけられていた剣を弾き飛ばした!


「むっ!!」


『驚きですよ!! ……訂正しましょう。貴方は間違いなく、次期国王として相応ふさわしい!』


 ツヴァイが笑顔のまま叫ぶと同時に、黒い石板から強い光が放たれる!


『私の素性まで調べ上げるとは、そちらの諜報能力も侮れませんね』


 ツヴァイの言葉に、白装束の二人組は困惑している。


「ツ、ツヴァイ殿、一体何を言っておるのですか!?」


「それに帝国のモノとは……まさか邪神崇拝を!?」


 二人の言葉にツヴァイは、やれやれと呆れ顔で溜め息を吐いた。


『勘違いしてもらっては困りますね。この世界に神はただお一方のみ。それに、私は帝国に肩入れするつもりも一切ありません。……ですが、あなた方とは少し"見解"が違うだけですよ』


「見解……?」


 いぶかしげに問うライナスに目を向け、ツヴァイはニヤリと怪しく笑う。


『聖典にはこうあります。……神の言葉を信じる者よ、このことわりもって門を開き、全ての魂を捧げし時、救済は訪れる……と。つまり、神の言葉に従い聖地の封印を解いたとき、我らは皆救われるのです!!!』


 ツヴァイが叫びながら石板にてのひらを押しつけると同時に、皆の目に見える形で天啓が舞い降りた。



【Generating ... Greater demon】



 黒い石板に新たな文字が浮かび上がると、ツヴァイは目を見開いてそれを凝視する。

 この場にいる誰もその意味は分からないのだが、人のものとは思えぬほど酷く血走るツヴァイの表情は、今まで見たことがないほどのよろこびに満ちていた。


「なるほど……力に飲まれたか」


 恐らくツヴァイの手にある聖典は『本物』なのであろう。

 ツヴァイは人の身でありながら、神の力に触れてしまった結果、狂気に飲まれたのかもしれない。

 いや、そもそも最初から彼が狂っていたのか……。


『予定よりも早まってしまったのは否めませんが……なあに、寛大なる神は私をお許しになられるでしょう! さあいでよ……我らをいざなう救世主よ!!』



【Succesful!】



 石板から虹色の光が広がり、空中に巨大な何かを形成してゆく。

 天を貫くような角、ギラリと光る鋭い爪、まるで鋼鉄のように硬質な四肢。

 そして、広場全体を覆う程に影を落とす二つの翼……。



『ヴォオオオオオオオオーーーー!!!』



 大地を揺らす程の凄まじい咆哮ほうこうに思わず皆が耳を塞ぎ、森に隠れていた鳥や獣達が一斉に逃げ出した。


「ふはははは素晴らしい! 素晴らしいですよ!!」


 彼はそれを救世主と呼ぶが、今この場に居る騎士や信者の脳裏には別の形容する言葉が浮かんでいた。


「ら、ライナス殿! あれは一体!?」


 白装束の一人、魔術師のワーグナーが困惑した様子で叫ぶと、ライナスは奥歯をギリリと噛み締めながら呟いた。


「我らが崇拝する神は創造と破壊のどちらをも司る。だが、あれは後者……破壊神だ!」


 ライナスの言葉に、ツヴァイは口元を歪めながらクククと笑う。


『破壊神ではありません! ……あれこそが我らを天界へと導く救世主なのです!!!』


 ツヴァイは歓喜の表情で両手を天に仰ぎながら、"救世主"へ向けて叫んだ。

 言葉の意味は伝わっていないようではあるが、自分に向けて叫んだと察した"救世主"は、表情一つ変えず、巨大なカギ爪を振り下ろす!

 そして、鋭い爪がツヴァイに迫ったその時――!



「ホーリーライト!!!」



 唐突に予想外の方向から飛んできた光弾に突き飛ばされ、ツヴァイは地面を転がった。

 彼は服に着いた土を払いながらゆっくり身を起こすと、神聖な儀式を邪魔する背信者を"笑顔で睨み"ながら口を開く。


『どうして邪魔をするのです?』


 口調は丁寧ではあるものの、明確な殺意を込めたそれは、この場にいる人々を震え上がらせる。

 だが、ツヴァイの視線の先に居た人物は殺意に臆することなく、悲しそうな表情で彼を見つめていた。


「やめてください大司祭様!」


 そう叫んだ人物の名はコロン……奇跡の聖女と呼ばれている幼い少女であった。

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