054-神々の塔、第六階層

「……私が、白の勇者クルルです」


 その言葉から始まったクルルとウラヌスの告白により、俺達は「白の勇者」の真実を知る事となった。

 エレナは最初から二人が天職を詐称していた事を見破っていたし、俺も塔に登る前日夜にそれを知らされていたものの、まさかかたっていた理由が「勇者になりたくない幼なじみの替え玉」とは……。


「単なる剣士の分際で、今まで偉そうにしていた件については本当に申し訳ない」


「いや、色々事情があったみたいだし仕方ないさ。それが幼なじみの女の子を護るためだってんだから、俺だって頭ごなしに否定できないよ。……あっ、一応ウラヌスとクルルの事は他言しないから安心してくれ」


「そうか……ありがとう、カナタ」


 改まって言われると何だか照れくさい。

 だけど、かく言う俺だってエレナを助けるために神様にケンカを売ってしまったくらいだし、その事を中央教会の連中に知られようものなら、火炙ひあぶりにされたっておかしくない。

 それにウラヌスの場合、本物の勇者であるクルルも一緒に居るのだから、その嘘による実害はほとんど無いだろう。


「でもでも、まさかエレナさんが精霊だなんてホント驚いたよ! 見た相手の天職を見破る能力があるのもスゴイなあ~!!」


『あっ、はい。ありがとうございます』


「しかも青い髪と青い瞳だよ! それに肌も超綺麗だし! 美人だし! それにね、言葉で言い表せない気品があるの! 何これすごい! うらやましいぃーー!!」


『は、はあ。ありがとうございます……』


 エレナにグイグイ迫るクルルの姿を見て、思わず俺とウラヌスは苦笑する。

 ずっと無口だったし、クルルは物静かな子だと思っていたけれど、その実は「おしゃべりが過ぎて、うっかり自分が勇者であると言ってしまうかもしれない」と言う理由で、我慢して黙っていただけらしい。

 俺達に正体がバレてしまった今となっては、その鬱憤を晴らすかのごとくムチャクチャよく喋るので、正直ギャップに驚いている。

 ところでよく喋るといえば、我が愚妹サツキは珍しく黙ったまま、真剣な表情で何やら考え事をしている様子。

 しばらくして考えがまとまったのか、クルルに向かって疑問を放った。


「で、結局のところ二人は付き合ってるの?」


「「!?」」


 唐突すぎるサツキの一撃を受けて、ウラヌスとクルルは目を白黒させる。


「お前、珍しく真面目な顔で悩んでたかと思いきや、結局それかよ」


「だって、幼なじみで互いに秘密を共有しあう仲だよっ!? しかも邪魔者ナシの二人パーティときたもんだ! これで双方なんの感情もありません~……とか言ったら、逆にヤバいよ!!」


『この場面でその話題を出しちゃうサツキちゃんが一番ヤバ……いたぁ! だから何でローキックしてくるのさ!!』


 質問の答えを待たぬままユピテルを蹴り始めたサツキに唖然としつつも、クルルは少し照れながらウラヌスにチラリと目を向け、頬を染めながら呟いた。


「えーっと、周りには言ってないんだけど、一応……お付き合いしてる~、かなぁ」


「お、おう」


 二人が答えた途端、周囲に甘ったるい雰囲気が漂い始める。 


「ほらねーっ!」


「ほらねーじゃねえ!」


 だが、サツキのこの行動によって、かつて俺の見た世界での出来事に改めて違和感を覚えた。



 ――どうしてウラヌスは王女との結婚を選んだのか?



 この二人を見る限り、その結論に辿り着く理由が全く見あたらない。

 絆を断ち切る程の"何か"が階段を登った先にあるというのか?

 俺が不安そうに上の階層に目を向けると、エレナが心境を察したのか、俺の手を握って微笑んだ。

 それだけでも、何だか心がすっと軽くなる。


「……ありがとな」


『ふふ、どういたしまして♪』


 俺とエレナがそんなやり取りをしていると、何故かユピテルがウンウンと納得した様子でこちらを眺めていた。


『サツキちゃんっ、これだよこれ! こっちの二人だって負けてないよ! 言葉にせずとも伝わる絆的な感じだよ!』


「お前は何を言っているんだ……」


 ウチの妹に毒されすぎたせいか、ついにユピテルまでおかしな事を言い始めてしまった。

 というか、こんな話してる場合じゃないだろうに!


「とにかくっ。他の連中か追いついてくる前に、さっさと最上階層へ行くぞっ!」 


「うへへ、おにーちゃん、照れてやんのー……あいたっ」



<神々の塔 第六階層/システムターミナル>



 クリスタルの階段を登り、第六階層へとたどり着いた俺達の目に飛び込んできたのは、ハルルとフルルが暮らしていた神殿にそっくりな広い空間だった。


「っていうか、塔の最上階にしてはあまりにも広すぎじゃね? そもそも塔の太さよりも部屋の方が大きいような……」


『たぶん異空間……下界と天界の間……ここは塔の中じゃない。いわば……あの世』


「あ、あの世って……」


 フルルの言葉を聞いて、額に冷たい汗が流れる。


『この壁や床の材質も、私らが住んでた神殿と同じモノっす。となると、王国の民は城に結界回路を建てなかったんじゃなくて、これを人の手でどうこう出来なかっただけみたいっすね。……おや?』


 ハルルが何かを見つけたらしく、フルルと一緒に広間の中央へ向かって飛んでゆく。

 その後ろを追いかけていった俺達の前に現れたのは……


「石板?」


 黒く角張った巨大な塊であるゆえに、そうとしか形容出来なかったのだけど、実際のところ素材が石であるかどうかすら分からない。


『あっ、表面に何か文字が書かれてます!』


 エレナが言う通り、黒い塊には多種多様な言語で緑色の文字が刻まれており、エレナは一番上を、俺達は中央付近へと目を向けた。


『フォースフィールド展開システム。セキュリティ署名は……私をこの世界に召喚した神と同一名ですね』


「ってことは、この塔は……?」


『間違いなく……ぷれぜんてっど……ばい神様』


 フルルが言ってる事は意味不明だけど、要はこの塔もしくはこのフロアを建てたのは神である事は間違い無さそうだ。

 続けて文章を読んでいくと、次のような一文が続いていた。



【結界の再展開について】

 結界の強度は術者の魔力に応じて変動し、魔力が強大であればあるほど、耐久力と保持期間が上昇する。


【実行方法】

 始動の意志をもって当オブジェクトに触れる事で受理される。


【副作用】

 術者は全魔力を消費し、今後一切のスキルを使用できなくなる。



「今後一切だとっ!!」


 ウラヌスは目を見開き、石板に記述された発動条件に驚愕。

 一方、俺とエレナは何とも言い難い既視感に、苦虫を噛む潰したような表情になる。


「……あんにゃろ、エレナの時もだけどロクな条件ばっか付けやがるな」


『ひどい……』


 つまり、フロスト王国に結界を張った者は、国王の座と引き替えに自らの力の全てを失うという事だ。

 いくら人々を護るためとはいえ、こんなふざけた条件を飲めるはずがない。


「ウラヌス、戻ろう」


「ああ!」


 俺達は再び階段を降りようと再び来た道へと戻る。

 だが――


「あれ? あたし達、この辺から登ってきた……よね?」


 サツキの言う通り、元の場所へ戻ってきたにも関わらずそこにあったのは、一面に広がる平坦な金属質の床だった。

 そして、俺達の目の前でフルルが詠唱しながら手をブンブンと何度も振っていたが、唐突にピタリと止まると、無表情ながら焦燥感に駆られているかのように身震いしながら口を開いた。


『空間転移が使えない……僕達は……完全に閉じ込められた』

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