053-救いのないセカイ5-3
【7年前】
この国では皆、十歳になると王城にある「天職の神殿」へ行き、自らの天職を知る事が慣わしとなっている。
今日も、仲の良さそうな男の子と女の子が神殿にやってきた。
二人は十年前の同じ日に同じ場所で生まれ、ずっと一緒に育った……いわゆる幼なじみである。
神官に説明を受けた後は二人それぞれ男女別の入り口へと進み、誰にも見られる事無く神託を得たわけだが……
「ど、どどどどどっ、どうしよおおおーーーーっ!!!」
一足先に門の外で待っていた男の子のもとへ、女の子が慌てた様子でやってきた。
「なんだよ。もしかして"遊び人"の天職でも引いちまったか?」
そう言いながら笑いかけた男の子の手には、一枚の紙札が握られている。
その紙札には黒文字で「剣士」とだけ記されており、彼は今後、剣術のエキスパートを目指して生きる事が約束されていた。
こんな紙切れ一枚で将来が決められてしまうのかと思うかもしれないが、彼自身、幼い頃から騎士である父親から剣術を鍛えられており、そこらの悪ガキ共にもケンカで負けたことは無かったので、本人も大満足の天職であった。
「ち、違うのっ! これ見てよーーっ!!」
一方、女の子の方はと言うと、全く納得出来ていない様子。
小さな手に握り潰されてしわくちゃになっていた紙札を広げると、そこには華やかな金文字で天職名が記されていた。
【勇者】
「ゆ、勇者ああああーーーっ!!?」
この世界では、世に混乱が訪れたとき各国に一人だけ勇者が生まれ、民を護る力が与えられる。
しかも、世界を救う重大な使命を与えられているだけあってか、勇者には国王に匹敵するほどの権力を与えられると言われている。
まさかの最強職を引き当てた女の子を見て、男の子は大興奮!
「すげえじゃねーか! まさか泣きべそたれのお前が勇者とはね~。いやはや、これからは俺も偉そうなこと言えねーな! あっ、魔王討伐の旅に行く時はぜったい俺も連れていってくれよなっ!!」
しかし、嬉しそうに感心する男の子とは対照的に、女の子はわんわんと泣き出してしまった。
「うえーんっ! 私、勇者なんて無理だよぉーーー!!」
「おいおいっ、その肩書きがあれば誰だってお前を慕ってくれるし、今よりもずっと良い暮らしができるんだぞ?」
「そんなの要らないもんっ!」
どうやら女の子は本気で嫌がっているらしく、神殿の出口近くの柱にしがみついたまま先へ進む事を完全に拒否。
何度意志を確認しても「勇者は嫌」の一点張りである。
どうしようもない状況に、男の子は困り果ててしまった。
「はぁ……。あのさ、もう一度聞くけど……絶対に嫌なんだな?」
「絶対に勇者なんてなりたくないっ」
女の子が強く頷くのを見て、男の子は周りをキョロキョロと見渡す。
周囲に他の人の気配は……無い。
先ほどにも軽く触れたが、天職は神からの天啓によってその者のなるべき姿が紙札へと刻まれ、その際に人が介在する事はない。
つまり……彼ら二人の天職を知っているのは、当事者二人だけである。
「……ったく、しょーがねえな!」
男の子はしばらく迷ってから溜め息を吐くと、自分の手にあった紙札を女の子に握らせて、しわくちゃになった代わりの紙を取り上げた。
「えっ……」
「俺がお前の代わりに勇者になってやるよ」
男の子の言葉に、女の子は目を見開いて驚いた。
「ほ、本当にいいのっ!?」
「だけど、勇者は十六歳になると家を出て魔王討伐の旅に出なければならないんだ。俺がお前の身代わりにはなるけど、”本物の勇者"が居なけりゃ大問題だからな。だから、その時は……俺と一緒についてきてくれよな」
「……うんっ!! ありがとう!!!」
こうして、同じ日に生まれた二人は、自分達の天職を……いや、未来を偽る道を選んだ。
べつに彼は地位や名誉が欲しかったわけでも、勇者になりたかったわけでもなく、単純に女の子が悲しむ姿を見たくなかっただけである。
しかし、その大きな嘘は
――自らが勇者であると嘘を
――自らが背負うべき重責を少年に押しつけてしまった負い目に苦しむ少女。
この歪みは少しずつ広がり、いつの日か限界が訪れる事になる。
そして、その頃にはきっと手遅れになっているのだろう。
「どうすればいいの?」
少女は自問するが、その答えは返ってこない。
答えが見つからないまま、二人は今日も銀世界をゆく。
「どうした?」
彼は振り返ると、心配そうに話しかけてきた。
……これ以上、彼に負担をかけたくない。
そう思いながらも少女は首を横に振り、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「ううん、何でもないよっ」
・
・
――それから時は流れ少年は国王となり、少女は別の道を歩んでいた。
【もうひとつの聖王歴???年 ?の月 ??日】
「国王様、前線魔術師団壊滅しました! これより騎士団による応戦を開始します!!」
若き兵士は近況を報告すると、再び剣を握りその場を離れていった。
「……ふぅ」
神々の塔を登り、前線を退いてから早二年。
世界はずいぶんと様変わりしてしまった。
俺は城のバルコニーに出ると、見慣れた空を見上げる。
フロスト王国から見える空は黒く染まり、闇に包まれたこの世界では、雪色が純白であった事すら思い出せない。
「俺はどこで道を誤ったのだろう」
……いや、嘘を塗り重ねたその全てが誤りであったのだ。
光の失われた世界を仰ぎ見て、それをしみじみと思う。
「クルル……」
かつて神々の塔で道を
……その直後、城の周囲が炎に包まれた!!
「な、何が起こった!!」
『グウヘヘヘヘッ! 一番偉いヤツ、みぃつけたァ!!!』
「レッサーデーモン!?」
バルコニーに突如現れた魔物を見て、急いで部屋に飛び込んだ俺は剣を手に取り構える。
今はもう何も技を使えぬ無様な身体ではあるが、この程度のモンスターであれば我が敵ではない。
「貴様、どうやってここまで来た!」
『どうやってだぁ? そりゃ、邪魔者共をぶっ飛ばして来たに決まってんじゃんよ! 後はテメエを始末すれば全部解決よぉ! なあオメェら!!』
レッサーデーモンがそう言って両手を振り上げると、窓の外に大勢のモンスターが現れた。
「なんという事だ……」
自らの目に映るこれが真実であれば、我が国の騎士団は……いや、この国の全てが闇に飲まれてしまったと言う事だろう。
絶望に苛まれ力なく俺が肩を落とすと、魔物はニヤリと下品な笑みを浮かべた。
『そんじゃ、一番槍の俺様がその首いただ~……ギヒィーーーーッ!!!』
「っ!!?」
突如、辺りが眩しい光に包まれたかと思うと、モンスター軍団の半数以上が光の彼方へ消え去った。
いきなりの状況に困惑していると、漆黒の空を切り裂き、虚空から装束姿の女と妖精が現れた。
「く、空間転移……!!」
そして、フードを脱いだ女の顔を見て、俺は驚きのあまり目を見開く。
だって、彼女は……!
「助けに来たよウラヌス!」
『真打ち……登場』
「あ、ああ……」
にこやかに笑う幼なじみの姿と、相変わらず無愛想な妖精の姿に、俺の目から涙が溢れ出る。
「この世界はもう駄目になってしまったけれど、私は君と一緒ならどんな地獄にだって耐えてみせるよ。だから……行こう、今度こそ一緒に、ね?」
俺は涙を流しながら最後の希望に手を伸ばし――
そして世界は終わった。
- Bad End -
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