021-プリシア姫誘拐事件 後日談

【聖王歴128年 青の月 35日 早朝】


「こちらにカナタ様とその御一行様は居られますでしょうか?」


 プリシア姫誘拐事件を解決してしばらく経ったある日、俺達のもとへ城からの使者がやって来た。


「おにーちゃん、何やらかしたの?」


「人聞きの悪い事言うんじゃねえ!」


 とんでもない事を言いやがるサツキの頭を小突きつつ、使者から詳しい事情を聞いてみたところ、どうやら俺達三人に城へ来てほしいという話だった。

 それより驚いたのは、なんと依頼者はプリシア姫ご本人だったのである。


「また何か困った事でもあったのかなぁ」


「うーん……」


 プリシア姫誘拐事件の後、国王の鶴の一声によって東の森のドラゴン達は『聖竜セイントドラゴン』として敬われる事になったとは聞いていたけど、もしかすると反対派が何かやらかしたのだろうか?

 俺は即答で姫の依頼を承諾すると、急いで準備を済ませて城へ向かって出発した。



◇◇



 城内に入り、やたら興味津々に周りをキョロキョロしているサツキの耳を引っ張りつつしばらく城内を歩いていると、顔見知りのヤツがフワフワと近づいてきた。


『やあ、いらっしゃいー。ゆっくりしていってねー』


「いらっしゃいって、数日見ない間にふてぶてしくなっちまったなぁ」


『あはは。一応、ボクは立場的には"こっち側"だからさ』


 というわけで城に来て早々、森のドラゴン改め聖竜ピートと数日ぶりに再会した。

 プリシア姫の護衛を任されたと聞いて少し心配していたのだが、元気そうで何よりだ。


『でも、今回の一件はホントありがとね。実際ボクの命も助けてくれたし、おかげさまでプリシアの子守りをするだけで森の安全が約束されるようになったわけだし、良い事だらけだよ♪』


 そう言ってかんらかんらと笑うピートに、俺達が思わず苦笑していると……



「子守りとは失敬なっ」



「!?」


 プンプンと怒り顔でやってきたのは言わずと知れた、我が国の麗しの王女プリシアその人である。


『やあ、おはようプリシア。ご機嫌うるわしゅー』


「もう、何がうるわしゅーですかっ! 朝だって、厨房でつまみ食いしてー……あわわっ、カナタ様っ!? も、申し訳ございません、騒がしくて……」


 ピートにからかわれてムキになる姿を見られて恥ずかしかったのか、プリシア姫は頬を赤く染めながらペコリと頭を下げた。

 ちなみに通りすがりの家臣達は、そんな姫の子供っぽい仕草に癒されているようで、その表情はまるで孫を見守るおじいちゃんのようである。


「コホンッ。そ、それでは改めまして……皆様、本日はお越し頂きありがとうございます」


 どうにか取り繕おうとしている姿がこれまた可愛らしく、家臣達はむせび泣き始めた。

 なるほど、目に入れても痛くないとはこういう事を言うのだなぁ……。

 それはさておき、俺達は姫とピートに連れられて応接室へと向かった。

 全員が部屋に入り終えるとすぐにプリシア姫が扉を施錠し、両手をかざして詠唱を始めた。


「サイレントっ」


 扉の周りに薄い防壁を展開されるのを見て、サツキが不思議そうに首を傾げる。


「今のは何?」


「誰にも盗み聞きをされぬよう、ちょっと細工をしました」


「へぇ~、姫様も魔法が使えるんだねぇ~……って、おにーちゃん何その顔?」


「そもそも聖王都は聖者の国で、しかもその王家の血筋であるプリシア姫が無能なわけ無いだろうが。たぶん、そこらの兵士とか傭兵よりよっぽど強いぞ」


「ひぇー!?」


 驚くサツキの姿に、プリシア姫は少し苦笑しつつも何だか自慢げだ。

 スゴいと誉められたのが嬉しくて顔に出てしまうのも、やっぱり年相応のちびっ子なんだな。


「てゆーか、おにーちゃん何で姫様を見ながらニヤニヤしてんの?」


「ニヤニヤなんてしてねえっ! なんか、可愛らしいなーって思ってただけで……」


「はうっ!!!?」


 俺が率直に答えると、何故か姫は両手で顔を押さえたままくるりと後ろを向いてしまった。


「えっと、どうかしました……?」


「な、なななななっ、なんでもございません!」


 姫はヘナヘナとソファーに座ると、深呼吸をし始めた。


「おにーちゃん、減点」


「なんでだよっ!!」


『……』


 微妙にエレナも頬を膨らせてるし、何だかとんでもない地雷を踏んでしまった気がする。


『そんな事よりプリシア、そろそろ本題に入ったら?』


 気まずい空気をぶった切って本題に入ってくれたピートに心の中で感謝しつつ、俺は改めて姫の方へ目線を向けた。


「本日皆様をお呼び立てしたのは……カナタ様とエレナ様の事なのです」


「『?』」


「わたくしとピートを助けて頂いた時に、カナタ様のしていた話が気になりまして……。二年後の世界からお戻りになられたとか」


「あー……」


 確かにピートの母に説明する事が目的ではあったものの、その場にプリシア姫やピートも居たので、俺とエレナが未来から戻ってきたという事情も知っているのだ。


「単刀直入に聞きますが……二年後の我が国はどうでしたか?」


 プリシア姫の表情は何だか不安げで、胸の前で祈るように手を組んでいた。

 俺はなるべく姫を怖がらせないよう、言葉を選びながら事実だけを伝える。


「これと言って今とそんなに変わりませんよ。まあ、ピートは助けられなかったですし、姫様とは全くお会いする機会も無かったんですけど」


「聖王都に魔王軍が攻めてきたり、そういう事はありませんでしたか?」


「俺の知る限りは無いですかね。もしかすると遠出している間に攻められる事はあったかもしれませんが、国家騎士や魔術師団がそれを撃退していたら、俺達の耳には届かないので……」


「良かったぁ~~……」


 プリシア姫は安心した様子で、小さくため息を吐いた。


「それと、聞いてばかりで申し訳ないのですが……二年後の世界から戻られたお二人は、どうして聖王都へ?」


「えーっと……」


 少し長い話になってしまう事を前置きしつつ、俺はこれまでの経緯を話し始めた。



◇◇



 一通り話を聞き終えて、プリシア姫とピートは感心した様子で顔を見合わせていた。


『ずっと独りぼっちだったエレナが世の中を見てみたいと願って、それを叶えてあげるために冒険に出たとか、カナタなかなかやるじゃないか。見直したよっ』


 感心するピートを見て、プリシア姫もウンウンと頷く。

 それから姫の目線は……我が妹サツキの方へと向いた。

 あ、このパターンは……


「ところで、サツキ様はどうしてお二方と一緒に旅を?」


 案の定、お決まりの質問キター!

 だが、サツキは立ち上がると不敵な笑みを浮かべた。


「ふっふっふっ。私は、おにーちゃんとエレナさんをラブラブにするために一緒にいるのさ!!」


「へ? ら、らぶ???」


 あんまり過ぎる宣言に、プリシア姫の目が点になった。


「お前なぁ。こういうシーンでボケるの止めろよな姫様が困ってるじゃねーか」


「私にとっては死活問題だよ!!」


 何が死活問題なのか意味が分からない。

 俺は呆れながら姫様に目線を向けると……何故か凄く真剣な顔でブツブツと何かを呟いていた。


「確かに現行法では他種族との婚姻関係は無効……。となると、まずはお二人には我が国を訴訟して頂くとして……関係者を事前に買収して、二人が勝訴し……ブツブツ」


「あのー、なんかえらい不穏な言葉が聞こえたんですけど」


「あ、大丈夫ですよっ♪」


 ひょっとして、とんでもない人の運命を変えてしまったのでは……?

 俺が不安そうにしているとプリシア姫はおかしそうにクスリと笑い、それから祈るような仕草をしながら微笑んだ。


「きっと、お二人は世の人々を幸せにするために、神様が遣わした使者なのかもしれませんね」


「俺、その神様からエレナをぶんどってきちゃったんですけど……」


 苦笑しながら言う俺を見て、プリシア姫は笑って答えた。


「それでもゆるしてくださるのが、神様の素晴らしいところなのですよ」





 皆を見送ると、わたくしはピートと共に中庭へとやってきた。


『良かったねプリシア』


「ええ。カナタ様とエレナ様は世界の未来を知り強大な力を持ちながらも、それを私利私欲ではなく誰かを救う為にだけ使うだなんて……。我が国で"うわべ"だけ聖者気取りの連中に、爪の垢でも飲ませてやりたいところです」


『いや、それはどうでも良いんだけどさ』


 どうでも良いって……。


『あれはまだチャンスあると思うよ』


「何がです?」


 私が首を傾げると、ピートはフワフワとわたくしの耳元に飛んできた。


『だって、カナタに惚れてるでしょ?』


「っ!!!」


『プリシアったら、カナタの事ずーーっと目で追いかけてるんだもん、そんなの見てたらバレバレだって。しかもカナタがプリシアに向かって可愛いとか言っちゃうし、エレナなんて最初からずーーーっと無言だよ? まったく、女の嫉妬ってのは怖いったらありゃしない』


「うぅぅ……。エレナ様になんて申し訳ない事を……はぅぅ」


 わたくしが頭を抱えながら落ち込んでいると、何故かピートがニヤリと笑った。


『聖王のお姫様が庶民相手に略奪愛ってのも、なかなかいきじゃない?』


「なんでそうなるんですかっ!!」


『あはは、ゴメンゴメン~』


 茶化しながら笑うピートを見て呆れつつ、内心で「それもアリかも」と思ってしまい、わたくしは己の未熟さと罪悪感に、再び頭を抱えるのであった……。

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