020-物語の始まり

【聖王歴128年 青の月 27日 早朝】


「!?!?!?」


 大臣のネスタルは目を見開いたまま呆然と立ち尽くした。

 その虚ろな瞳に映るのは、国王の側で優雅に佇む少女の姿――。


「どうかしましたか?」


「い、いえっ」


 驚くのも無理はない。

 本来ならば東の森の洞窟に監禁されているはずのプリシア姫が、何事も無かったかのように王宮に戻っていたのだから。


「……」


 ネスタルはまるで狐に化かされたような顔で困惑していたが、しばらく何か言いたげな表情をしながらも、昨晩の事を口にする事なく玉座の間から去っていった。

 そのまま急ぎ足で魔術師団本部の門を顔パスで通ると、最奥の部屋のドアをノックもせずに乱暴に開いた。


「あれはどうなっている!!」


 声を荒げて騒ぐネスタルに対し、魔術師長のワーグナーは困惑した様子で口を開いた。


「探りを入れましたが、衛兵達曰く昨夜は普通に城内で姫様を見かけたと……」


「そんなはずがあるまい! では、我らが洞窟で見た一連のあれは全て夢や幻だったとでも言うのか!?」


 ネスタルの呟きに対し、ワーグナーは青ざめながら一つの可能性を口にした。


「我が子を殺されたドラゴンが逆上し、魔法防壁を突破し姫を殺害……。姫は自らが死んだ事に気づかぬまま、亡霊として……」


「滅多な事を口にするでないっ!! そもそもお前の七重魔法防壁セブンスアブソリュートは、例えどんな強敵に攻撃されたとしても三日三晩は破れぬと豪語していたでは無いかっ!!」


 ネスタルの言う通り、ワーグナーがプリシア姫を護るために展開した魔法防壁は、森のドラゴン程度の魔物では絶対に破る事が不可能な程の強度があった。

 ゴッドフレアやエターナル・ブリザード・ノヴァといった「禁呪」と呼ばれる強力な魔法を放てば破壊できるかもしれないが、そのような魔法を使える者は昔話にしか出てこないし、そもそもあんな狭い洞窟で使おうものなら崩落して生き埋めになってしまうだろう。

 

「どちらにせよ、我々は浅はかだったのだ……」


「何を今更怖じ気づいておる! そもそも姫は無事に城へと戻り、我らの計画も明らかにはなっておらんのだぞ!」


「た、確かに……!」


「これで良いではないか! きっと、これは神に忠義を尽くす我らの信仰心の賜物たまものであり、神の奇跡であるのだ。次こそ、姫様の目を覚ませば良いッ!!!」


 ネスタルの発言にワーグナーは安堵の表情を浮かべ――



『そんな都合の良い話があるわけないでしょう』



 いきなり部屋の中に聞き慣れない女の声が響き、二人は慌てて身構えた。


「何者だ!」


 ネスタルが腰の剣を抜こうとしたが、身体が動かない。

 続いてワーグナーも「幻術破り」を唱えようとしたが、杖に手が伸びない。


『貴方達は大きな勘違いをしています』


「勘違いだとっ!」


『あの状態で、無事に洞窟を出られると思いますか?』


 女の言葉はつまり、プリシア姫の事を言っているのであろう。

 それに対しワーグナーは反論する。


七重魔法防壁セブンスアブソリュートは完璧だ! あの無敵の結界であれば、姫には傷ひとつ付く事はありえぬ!」


 そう答えた直後、部屋の室温が酷く下がり二人は思わず身震いした。


『先程も言いましたけど……貴方達は大きな勘違いをしています』


「何を……!?」


『大切な親友ともの命が尽き果てる様を見届けた幼き少女が……例え身体からだが無事であっても、こころが無事では済まないと言っているのです!!』


 怒りで自分達を叱咤する声に対し、男達は何も言い返せない。


『これは神の奇跡などではありません。貴方達が真実を話さなければ、幻は消え、この世の地獄が訪れるでしょう……』


「な、なんだと! 貴様は一体何を言っているッ!!!」


 ネスタルが怒りの形相で叫んだものの、足に何かを突き刺されたような痛みが走ると同時に、二人は恐怖に顔を歪めた。

 いつの間にか周囲に冷気が漂い、足の周りが少しずつ凍りつき始めていたのだ。


「わ、私達が悪かった!!」


「た、助けてくれえええええっ!!!」


『貴方達が何を企んでいたのか、全て正直に話しなさい!』





 結局、黒幕の二人組はあっさりと全て真実を吐いてくれた。

 この裏で何があったのかというと、実はピート母の背に乗せてもらった俺達は、東の森からひとっ飛びで闇夜に紛れて聖王都プラテナの王城に直接乗り込んだのだ。

 当然ながら屋上の扉は施錠されていたのだが、全て俺の開錠スキルで強行突破し、誰にも遭遇する事なく国王の寝室に突撃したのだった。

 国王は半狂乱状態で驚いていたものの、プリシア姫の話を聞いて、辛そうな顔で俯いていた。

 話を聞き終わった国王がピートと母に向けて深々と頭を下げていたのが印象的だったが、そんな国王に対しピート母が放った一言もまた、強く印象に残っている。



『王たる者が軽々しく頭を下げるべきではない。我ら森のドラゴンは謝罪を求めない。ただ一つ、森の平穏を約束してほしい』



 それから国王の全面協力を得た上で、先の「ネスタル大臣とワーグナー魔術師長に自白させよう大作戦 (サツキ命名)」が実行されたわけだが、ネスタルとワーグナーの口から語られた話は、俺達には何とも理解しがたいモノであった。

 まず、彼らはプリシア姫がこっそりと城を抜け出して森のドラゴンと遊んでいた事を全て知っており、実は国王自身もそれを把握していたとのこと。

 よくよく考えればプリシア姫の無断外出を黙認し続けた国王にも責任の一端はあるのだが、そんなプリシア姫の行動に対して今後どうすべきか、前々から城内の派閥が真っ二つに分かれていたらしい。

 一つは国王を中心とした、姫の考えを尊重する「穏健派」。

 そしてもう一つが、姫の思想を危険視し、人間こそが最も優秀であるという"正しい教え"に是正したいと考える「反対派」だ。


「人間が世界で一番偉いという考え方に疑問を呈し続けていたプリシア姫に対し、人間こそが神に最も近い存在であると主張している聖王都中央教会はかなり懸念を抱いていたんだ」


「姫様に対し人間中心の世界を肯定させようにも、ピートくんという異種族ドラゴンの友達が、それを完全に論破できちゃうもんね」


 そこで狂信的な人間中心思想者だったネスタルとワーグナーの両名は、とんでもない計画を実行に移したのだった。


『森のドラゴンにプリシア姫誘拐の濡れ衣を着せ、その上でプリシア姫と森との接点だったピートさんを殺害。これで、異種族と心を通わせるなんて所詮は絵空事だったという世論づくりですか。ひどい話です……』


 温厚なエレナですら、あまりに乱暴過ぎる手口に怒りを露わにしていた。

 だが、一方のピートはあっけらかんとした様子で、フワフワとプリシア姫の頭の上を飛んでいる。


『そもそもボクらがプリシアをさらう利点なんて、なんにも無いのにねー』


「ちょっとピートっ。それだとまるでわたくしに魅力が無いみたいに聞こえますけど!?」


『あはは、ごめんごめんっ』


 事件後も全く変わらぬプリシア姫とピートの様子に、大広間は笑顔に包まれた。

 そして、そんな皆の姿を目の当たりにした国王は、一つの大きな決断をした――。



【エピローグ】



 国を治める立場であるはずの大臣と魔術師長によるプリシア姫誘拐事件は国中で大騒ぎとなり、この影響で「反対派」の立場は致命的に揺らぐ事となった。

 奇しくも、人間中心の世界を理想に掲げた狂信的な二人の人間によって、この国はそれとは真逆の方向へ進み始めたのである。

 なお、プリシア姫の愛用していた「外に抜けられる炊事場の隠し通路」は鉄格子で塞がれてしまい、今後一切の無断外出が出来なくなってしまった。

 そうなると、プリシア姫は東の森へ行く事が出来なくなり、親友ピートと会うことも叶わなくなってしまうのでは?

 さてさて、それはどうなったかというと……


「~♪」


 プリシア姫がいつもの格好で城内を歩いていると、侍女の一人が現れて頭を下げた。


「姫様、いつものお出かけですか?」


「はい、夕刻までには戻ります。もしも、わたくしに用のある方が居られたら、北街の広場までお越しくださいませとお伝えを」


「かしこまりました。お気をつけていってらっしゃいませ」


 姫が北門を出ようとすると、小さな影がフワフワと近づいてきた。


『プリシアおそーーいっ!』


「そんな事言われても。レディーの準備は色々やることがあるんですよ」


『レディ~? キミにはまだ10年以上縁遠い言葉だと思うけどねボクは』


「言いましたねー!」


 互いにたわいもない口喧嘩をしながら北へ向かうふたりだったが、城の北門を抜けると両者とも無言になり、緊張の面持ちで真っ直ぐ前を向いた。

 橋を渡りながら民衆に手を振るプリシア姫と、彼女を護るようにその側を離れぬドラゴン族の子。

 人間の王族と竜族の平民、立場の全く異なる"ふたり"が肩を並べる様子は、勇ましくもあり美しくもあった。

 この後、ふたりの姿は聖王都プラテナの象徴となり、後の世に御伽噺おとぎばなしとして長く語り継がれる事となる。



 その物語の名は――



第三章「聖なる竜と王女プリシア」 true end.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る