017-森ドラゴンのピート

【聖王歴???年 緑の月 ??日】

 

 あるところに、心優しく少しおてんばなお姫様がいました。 

 お姫様はいつものように街娘ふうの格好に変装すると、城の炊事場にある小窓からコッソリ外に抜け出して、警備兵に見つからぬよう東の方角へ向かいました。

 商店街を抜け、住宅街を抜け、さらに東の森へと到着したお姫様は、自分だけの秘密の場所へ駈けてゆきます。


「とーちゃくー!」


 お姫様は両手を広げ、視界いっぱいに広がる景色を見て嬉しそうに笑いました。

 そこはとても綺麗な花畑で、特に新緑の季節である緑の月には色とりどりの花が咲き乱れて、まるで天国のような楽園でした。

 ですが、今日はなんと他に先客がいたのです!


『誰だっ!』


「えっ!」


 突然声をかけられたお姫様はビックリ!

 それどころか、恐怖に震えてわんわんと泣き出してしまいました。

 お姫様の泣く姿を見て、先客の男の子もビックリ仰天。

 慌ててお姫様の近くへ飛んで行きました。


『わああ、泣かないでっ。ボクは、キミが怖がるような事はしないからっ』


 アワアワと慌てる彼に敵意がない様子を見て、お姫様は落ち着いたのか宙を見上げながら話しかけました。


「わたくしを、たべたりしませんか?」


『ボクらは草食だから肉は食べないよ』


「そのツメで、ひっかいたりしませんか?」


『コレは堅い木の実を割るためのものだよ』


 その言葉にようやく安心したのか、お姫様は目についた涙をゴシゴシとぬぐってから、彼の近くに駆け寄った。


「おどろいてしまって、ごめんなさい」


『ううん、無理も無いよ。だって……』


 彼はお姫様より小柄ではあったけれど、その身体は堅い鱗で覆われ、頭には鋭い角、そして背中には翼があった。

 そう、姫と対面した彼の正体は……


『ボクは森ドラゴンのピート。よろしくねっ』


 そしてお姫様は、森に暮らす小さなドラゴンと友達になりました。





【聖王歴128年 青の月 26日 同日夜】


 俺達は、東の森の洞窟へ向けて走っていた。

 そこにプリシア姫が幽閉されているという確証はないものの、俺がかつて見た世界ではその洞窟でドラゴンとの死闘の果てに姫を救ったのだから、とにかくそこへ行く以外に手掛かりが無いのだ。


『あれを見てくださいっ』


 エレナが指差した先には、樹の幹に巻いたロープに繋がれた一頭の馬の姿があった。


『あのお馬さん、たぶん姫様を誘拐した犯人が乗ってた子です』


「えええっ。エレナさん、こんなに暗いのに見分けがつくの!?」


 驚くサツキを見て、エレナは苦笑しながら答えた。


『私が見ているのは、お馬さんの能力値ステータスなんです。プリシア姫を見つける直前に一瞬だけ視界に入った情報と、あの子が酷似していましたので』


「へぇー」


 そういえば、エレナが聖なる泉でプレゼントしたネックレスを調べた時も、俺の鑑定スキルですら特定できなかった特殊効果『聖属性スキル付与』をあっさりと見破っていた。

 もしかするとエレナのそれは、シーフの鑑定スキルの上位版のような能力なのかもしれない。


「洞窟の中に誰がいるのかは分かる?」


 俺の問いかけに対し、エレナは洞窟に向けて両手を広げたものの、残念そうに首を横に振る。


『ちょっと遠すぎて分からないですね……。中まで入らないと駄目かもしれません』


 そう言って、エレナはトコトコと歩いて馬に近づいて行く。


「えっ、ちょっ、大丈夫?」


 自分に近づいてくるエレナに気づいて少しだけ驚きながらも、敵意の無い様子を察すると、鳴くこともなくジッとエレナを見つめていた。


『お馬さん、結構お疲れみたいです。ゆっくり休んでくださいね……ヒール』


 うっすらとエレナの手の周りが緑色に光ると、馬の脚に光が吸い込まれて行った。

 エレナに優しく癒やされて安心したのか、馬はその場に座って耳を伏せた。


「何だかすごいね……」


「文字通り馬車馬のようにこき使われて外に放り出されてる状態で、こんなに優しくされたら、そりゃまあ懐くわなぁ」


 天使のような慈愛に満ちあふれたエレナを名残惜しそうに見つめていた馬さんと別れた俺達は、薄暗い洞窟の先へと足を進めた。

 壁面には最低限の松明たいまつが設置されており、ランタンの明かり無しでもどうにか移動できる程度の明るさだった。

 ……それはつまり、この洞窟が今この時も誰かに使われている事を表している。


「そろそろ、奥に人が居ないか調べてもらえるか?」


『はいっ』


 そしてエレナが両手を前に出したその時……!



「姫はまだ眠ったままだな?」


「はい、それはもうぐっすりと」



 奥から聞こえてきた声に、俺達は慌てて身を隠した。


「例のドラゴンの子供は?」


「ええ、既に捕獲してこちらのかごの中に。しばらくすれば、魔力を辿って親ドラゴンがやって来るでしょう。この子ドラゴンには既に毒矢による致命傷を与えておりますので……」


「計画通りだな。だが、姫様に万一の事があってはならん。ドラゴンの炎を受けぬよう、七重防御結界をかけておくように」


御意ぎょい


 何を言っているのかよくわからないものの、とりあえず洞窟の奥にはプリシア姫がいるのは間違いないと思って良いだろう。

 だが、誘拐犯のやり取りにしては何だか不自然な気がしてならない。

 一体何が目的なんだ?

 そんな事を疑問に思ったその時――



【危機感知】

 警戒



「……!?」


 突然、シーフのパッシブスキル「危機感知」が発動し、俺の心臓が跳ねた。

 このスキルはモンスターの奇襲バックアタックを事前に察知できる便利技なのだが、これが反応したという事は何らかの脅威が接近しているという事だ。



              ゴオオオーー



「おにーちゃん、何か聞こえない?」


 サツキがいぶかしげな顔で首を傾げる。



         ゴオオオオーーー!



「っ!!」


 危機感知スキルが無くとも背後から伝わってくる凄まじい殺気に、全身に悪寒が走る!

 そして、俺は先ほどの奥から聞こえてきた会話から、何が近づいているのかを察した。


「二人とも、今すぐその場に伏せろっ!!!」


 俺は二人を抱えると、その場にうつ伏せで倒れ込んだ。



ゴオオオオオオオオオオオオーーー!!!!!!!!



 ――その直後、俺達の真上を凄まじい速さで『何か』が通り抜けていった。

 人間の数倍はあろうかという巨体、松明の光を反射してギラリと光る硬質の鱗、刃のように鋭い角、まるで大樹のように巨大な翼……。

 俺はアレが何なのか知っている。

 そしてわずか数秒後、奥から男の叫び声が聞こえた。


「ドラゴンが現れたぞォォォーー!!」

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