皇国転移
金剛ジャック
プロローグ 赤い海の向こうから来たもの
プロローグ1 赤い海
西暦2020年4月末 太平洋上
伊豆諸島の東の海域を、一隻の特徴的な灰色の船が航行していた。先月就役したばかりの海上自衛隊の最新鋭艦、いぶき型ミサイル護衛艦一番艦「いぶき」である。姉妹艦の「いわき」も昨年進水し、海自のイージス艦は「いわき」の就役する来年には8隻体制になり、すべての護衛隊にイージス艦が在籍するようになる。
「なんだか海の様子が不気味ですね、艦長」
静まり返っていた艦橋の中で、一人がその場の全員の思っていることを口にした。
「ああ、そうだな。私もこんな状態の海は初めて見る」
経験豊富な艦長をしてこう言わしめたのも無理はない、なぜならその海域の海はどういうわけか血のような赤黒い色になっていたからだ。赤潮のような鮮やかで汚らしい色でもなく、全てを受け入れる優しく深い群青色の面影をどこかに残す、それでいて対照的な、全てを飲み込んでしまいそうな恐ろしい深い深い赤色は、どう見ても真っ当な海の色ではなかった。それはちょうど見る者に死を色で表現したならこういう色合いなのかもしれないと思わせるものであった。
やがて「赤い海」の縁、群青色との境目が見えてきた。「いぶき」は、不気味な海域を抜け出した。
「ん?」
戻ってきたいつも通りの青い海、しかし艦長は違和感を覚えた。それはまだ言葉にできるほど確かなものではなかったが、次の瞬間、明確な異常が発生した。
「じ、GPS、ロスト! GPSの信号が突然消失しました!」
「何?」
その日、一隻の船が乗組員諸共地球上から姿を消した。
「大臣、「いぶき」が消息を絶ちました」
「なんだと? どういうことだ、詳しく話せ」
「いぶき」が姿を消してすぐ、海上自衛隊、そして防衛省は上へ下への大騒ぎとなった。懸命の捜索にも関わらず「いぶき」はその痕跡一つ発見されず、あとにはただ、あの赤黒くなった海があるだけだった。
「いぶき」の消滅の原因として疑われたのは、昨年の朝鮮半島有事以降活動を活発化させている人民解放軍による攻撃であった。当日、「いぶき」が消えた地点の周辺海域には人民解放軍海軍の水上艦・潜水艦は確認されておらず、航空機に至っては同地点より周囲およそ1000キロメートル以内には日米以外の軍用機は確認されていなかった。しかし財力にものを言わせて次々と新兵器を送り出し、トライアンドエラーで失敗と経験を積み重ね技術と質を急速に向上させている人民解放軍は2019年以降の日本国民には巨大な脅威として見られていた。それは「いぶき」消失について、人民解放軍による攻撃を中国政府が否定し日本政府もその可能性は低いとしたにも拘らず、日本国民が不信感を持つには十分すぎるものだった。両国国民の民意に引きずられる形で、2019年以降極めて悪い状態にあった日中両国の緊張は日に日に度を増していった。
ところが、この緊張状態はひょんなことから解消されることとなった。
西暦2020年6月10日 房総半島沖
「赤い海」へ機首を向けて、水色の塗装を施された、4発の、ややずんぐりとした旅客機のような機体が飛行していた。海上自衛隊のP-1哨戒機である。P-3C対潜哨戒機の後継として開発された純国産機であり、退役してゆくP-3Cに代わり、最新鋭機として周辺国との緊張の増している海上自衛隊内で日に日にその数を増やしていた。
4月の始め、年度が代わるとともに太平洋上に現れた「赤い海」は拡大を続け、既に伊豆諸島を飲み込みその北東の縁は本土の領海のすぐそばにまで迫っていた。拡大のペースは不安定ではあったが、このまま拡大を続けていけばこの原因不明の現象が本州太平洋岸の海を覆い尽くすのは時間の問題であった。「いぶき」が同海域付近で消えたことを除けば、まだこれといって何かの実害を及ぼしたわけではないものの、その不気味な色はこの現象に前例がなく、原因が未だ不明であることと併せて日本国民のみならず、先進各国の政治不安で浮足立っていた世界中の人々を不安にさせるのに十分であった。
「「「ん?」」」
P-1の特徴ともいえる、良好な視界を提供してくれる大きなコックピットの窓(同時開発されたC-2輸送機と共通のものであり、共通化の嬉しい副産物であるらしい)から、唐突に強い光が差し込んだ。光はすぐに弱まったが、そこにあった、もとい「赤い海」との境目に「現れた」ものに、コックピットにいた正副の操縦士と機上整備員は目を疑った。
「そんなバカな!」
「何もなかったところに艦隊が現れたぞ!?」
そこには大小様々な、合計9隻の艦がいた。それらは間違いなく、「赤い海」の縁から突如として出現したのだった。明らかに不審船であり、P-1は高度を落として接近しこの不審船団の全容を確かめにかかった。すると驚くべきことが次々と明らかになってゆく。
「ほとんどの艦が連装砲や三連装砲を複数搭載している。まるで大戦期の軍艦のようだ」
「おい、あれはイージス艦じゃないか?」
「旭日旗を掲げているな。艦番号179、間違いない、件の消息不明艦だ!早く通信を!」
「あのデカいの、まさか戦艦か?」
P-1の乗組員たちは、直ちに本土へと「いぶき」と、それが引き連れてきた7隻の二次大戦期の軍艦のような艦船と客船1隻で構成された謎の艦隊の情報を伝えた。首都の近くへと突如出現したこの未知の艦隊は防衛省と自衛隊を大混乱させただけでなく、日本という国をさらなる混迷へと導いてゆくのだった。
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