22. Into the nightmare

 夏休みへ突入し、直後に土日を挟み、週が明けて更に二日挟んだその日は、刹華の夏休みにおいて最も多忙な日の一つだった。しかし、それまでの日程が暇だったかと言われればそんなこともなく、アルバイトの時間を除き、羽月による勉強会がみっちりと詰まっていた。想定以上の惨状に羽月は頭を抱えていたが、今日という日に向けてスパルタ気味に付き合ってくれていた。

 その今日という日は、再試験の日だった。

「あんの先公……」

 刹華の机の上には、全教科分のプリントが置かれている。

 先公、つまり担当教師曰く、

『鬼ヶ島さん、どうせ再テストでも赤点取るでしょ? 再々テストするのも面倒だし、烏丸さんの為に頑張って留年っていうのはさすがに可哀想だから、その問題全部正解したら再テストなしってことにするね。教科書も見ていいから。で、鬼ヶ島さんだけそれは不平等だし、みんなそんな感じで。終わったら職員室に持ってきてね。じゃあ、あとよろしく〜』

 そんなことを言い残し、あ颯爽と去っていった。

「……いい加減過ぎるだろ。あたしは真面目に勉強してたんだぞ」

 有り体に言って、刹華はブチ切れそうになっていた。

「別にいいじゃん。テストがカンニングし放題になったようなもんだし」

 前方の席で、霧山美里が振り返りながらお気楽そうな顔を見せる。

「そりゃそうかもしれねぇけど、ここ数日の詰め込み教育は何だったんだよ……」

「勉強は無駄にはならないと思うなー。頑張った分だけ、せっちゃんの力になってるよー」

 呑気な声を上げたのは、同じく前方の席の葛森ゆうり。

「っていうか、なんでお前らがここにいるんだよ。なんでお前らしかここにいねぇんだよ」

 教室の前から順に、霧山美里、葛森ゆうり、そして鬼ヶ島刹華。課題を課せられた生徒は、歪な三角形を描いていた。

「ウチ、めっちゃ古典苦手な訳よ。あいつ何言ってんのかわけわかんないじゃん」

「私は化学と数学が苦手だよー。いつも時間が足りなくってー」

「お前らよぉ」

 てっきり一人だと思っていた刹華は、この二人はこんなに勉強できなかったのかと呆れてしまった。自分を差し置いて。

「ま、こんな問題チャチャッと片付けて、ウチは遊びにいきますよん」

「そうだねー。せっちゃんも一緒にがんばろうねー」

「……まあ、やるしかないよな」

 三人はそれぞれ、机に向かいペンを持った。

 全教科分を抱えた刹華は、どの教科から始めるか迷ったが、一番勉強した数学から手を付けることにした。

「解ける問題から解くようにね。難問にぶつかってタイムロスするくらいなら、拾える点を拾う方が効率いいでしょ?」

 そんな羽月のアドバイスを思い出す。ならば、頑張った数学は一番点を取りやすいと刹華は踏んだ訳だ。あながち間違いではないのだが、今回はタイムリミットが無いので、あまり関係がないといえばそれまでではある。

 しかし、数学の問題用紙に書かれているのは、小問五つから成る大問が一つだけ。しかも、刹華が見たことがない問題であった。単語一つを答える暗記問題を答えたところに、早速立ち塞がる文章問題。とりあえず立ち向かってみるものの、十分近くかけて算出された値が恐ろしい桁数になってしまった。嫌気が差しながらも、可能性を信じて残りの三問を確認してみたが、進めば進む程、問題の内容が抽象的に、或いは複雑になっていく。そこまで認識して、刹華は一先ず匙を投げた。

 意地悪な数学教師のことは置いておいて、刹華は古典の問題を読むことにした。幸い古典担当の教師は緩いことで有名で、この教科については捻くれた問題がない。つまり、勉強さえしておけば解けるのだ。

 勿論、その勉強が身になっていればの話だが。

「……」

 刹華は黙ったまま、古典のノートを取り出した。

「お? せっちん、早速カンニングかよ」

 前方に座っていた美里が、背もたれに跨る姿勢で野次を飛ばす。

「うるせえ。お前も問題解け。あと、前々から気になってたけど、せっちんって呼ぶのをやめろ」

 長々と呼び続けていた不名誉な仇名を、刹華はこのタイミングでようやく咎めることが出来た。

「おやおや。刹華羽月ご夫妻は揃いも揃って、ウチのネーミングセンスが気に入らないって感じ?」

「誰が夫妻だ。せっちんって、昔の言葉でトイレって意味だって聞いたんだよ」

「あー……そういわれればそうだわ。ぷっ、せっちんって響きが可愛いじゃん……ぷふっ」

 刹華は内心、美里を一発殴ってやろうかと思っていたが、

「みーちゃん。さすがにその呼び方は、せっちゃんがかわいそうだよー」

 ゆうりが仲裁に入ったことで、少し冷静になれた。

「へいへい。んじゃー、今度からセッカって呼ぶわ。せっちん改め、セッカ。呼びやすくていいっしょ?」

「……好きにしろ」

 相手をするのが馬鹿らしくなり、刹華は古典のノートを読み解き始めた。

「ねえセッカ、話があんだけどさ」

 それでも、構わずに話を続ける美里。

「あのストーカー騒ぎ、どんな感じで落ち着いたん?」

 刹華の意識は、一気に美里の方へと向けられた。

「……なんでお前が知ってんだよ」

「そりゃあ、警察が寮に来たって話は聞いてるし。その話が刹華と羽月のことだってのも、寮の外まで聞こえてきても全然不思議じゃないっしょ。くずもりんも心配してたし」

 刹華がゆうりの方を見ると、ゆうりはおずおずと頷いた。

「別に。警察が部屋を探したけど、何も見つからなかった。とりあえず様子見って事にはなったけど、気をつけろって言われた」

 気味の悪い話だったので、思い出すのもあまり気分がいいものではなかった。

「物好きなストーカーもいたもんだよなー。はつきんはともかくとして、セッカの鞄の中にもなんか入ってたとか……あんた狙うとか、モノホンのストーカーってマジで頭ぶっ壊れてんだろーなー」

 馬鹿にされているのか微妙なラインだったが、刹華自身もそこは不思議に思っていた。

 ふと、刹華はずっと気になっていたことを思い出した。

「霧山、お前はなんでいつもそんなデカい鞄使ってるんだ?」

 美里の席の横には、ステッカーが貼られた金属製のキャリーケースがある。彼女はそれをいつも持ち歩き、時にそれを椅子代わりに使い、時にそれを武器として使っている。

「そりゃあ、色んな物入れてるからね。教科書ノートはほぼ置き勉だけど、着替えに化粧ポーチにお昼のお弁当にお菓子に生理用品に、退屈潰しのゲーム機に漫画に……あとは非常食の乾パンとか水とか、痴漢対策の煙玉とかクナイとか。他には……」

「あたしを突っ込み担当として扱ってるなら、マジでお門違いだぞ。なんだよ、煙玉とクナイって……」

 刹華は、美里が適当なことを言っているのだと思っていた。美里が鞄の中に手を入れ、クナイを数本取り出すまでは。

「けむり玉もあるよ?」

 続いて、美里は円筒状の見慣れない何かを取り出した。唖然とする刹華と、二人をきょとんとした顔で眺めるゆうり。

「……なんでそんなもん持ってんだよ」

「答えは簡単。ウチのご先祖さんが忍者屋さんだったのよ」

 言葉通り簡単に、美里は突拍子もないことを口にした。

「昔々に、霧林きりばやしの里っていう忍者の里があってね。ウチのご先祖さんがお偉いさんだったらしいんだわ。んで、忍者の時代が終わりを迎えても、忍術だけは代々伝わってきてたのよ」

「……悪い。霧林の里は聞いたことあるけど、お前の口から聞くと理解が追いつかない」

 刹華の頭の中では、処理しきれない情報が大渋滞を起こしていた。

「話半分でいいよ。大した話じゃないしさ」

 煙玉とクナイをキャリーケースに仕舞うと、美里は折り紙を二枚取り出し、それを自身の後ろの机で手際良く折りながら、話を続ける。

「そんで、パパとにーちゃんが忍術の修行とかのたまいながら色々やっててさ。幼いウチもそれに巻き込まれたりして、なんやかんや忍術を触ってたの。で、修行がつまんなくなっちゃったウチが言っちゃったのよ。『こんなの、平和な世の中に必要ないよ』って」

「ド正論ぶつけたな……怒られただろ」

「『なるほど、確かにその通りだ!』って納得して、二人共修行をやめたよ。だから、ウチの世代で霧林忍法はおしまいになりまんもす」

「……もう何も言えねえよ」

 十代かそこらの少女の言葉で、素人も知っている数百年の伝統が潰えたのかと思うと、刹華は目眩に襲われた。

「パパは大道芸人やってるし、にーちゃんはサーカス団に入ったよ。でも、そんな感じでいいんじゃ? ウチも進路で色々迷ってんよ。何処にいっても、ウチならそれなりに楽しめそうだしね」

 美里は完成した折り紙を持ち、軽い掛け声と共に刹華へと投げた。手裏剣の形をしたそれは驚くことに、刹華の机の上にある横開きの筆箱へと、見事に滑り込んでいった。

「みーちゃんすごーい! くノ一さんみたい!」

 ゆうりが拍手をすると、美里は両手で印を結んでおどけてみせた。

「そいえば、くずもりんは進路どうすんの? あんたとそういう話したことない気がするわ」

 美里の問いに、ゆうりは少し考えた。

「んー、普通だよー? 今までとおんなじ。大学に受かるといいなーって思いながら、ちょっとづつ勉強してるよー」

「なんだかんだ、くずもりんは頑張り屋さんだからなー。セッカも見習って勉強するんじゃよ?」

「うるせえ。お前にだけは言われたくねえよ」

 普通。その言葉があまりに縁遠い刹華は――少なくとも進学校から普通に進学することを考えていなかった刹華は、何処か現実味のない話を聞かされているような気がしていた。

 美里はヘラヘラと笑いながら、前を向き直して問題を解き始める。それを見た刹華は、自分の手が止まっていたことを自覚した。自らも再び問題を解き始めることにしたが、早速書き損じをしてしまう。消しゴムを取り出そうとすると、筆箱に刺さっていた美里の手裏剣が出てきた。ピンクと青の折り紙で作られたそれは、意外にもきっちり丁寧に折られている。不器用な刹華は、意外な特技に関心しながら美里の手裏剣を眺めていた。その手裏剣を何の気無しに裏返すと、文字が書かれていた。

『気づかれるな。誰かに見られてる』

 瞬間、刹華に寒気が走る。

 咄嗟に正面を見るも、さっきまでと同じ景色が広がっているだけ。問題を解くゆうりと美里。何も見えはしない。必然、残りは背後になる。一度気になると、後ろから気配を感じるような気がするものの、その何者かに気が付かれないようにするには多少の工夫が必要だった。刹華は少しだけ問題を解くふりをした後に、背伸びをしながら上半身を捻る。結果は、当たり前に誰もいなかった。一番後ろの席の更に後ろには、時間割を書く黒板や掃除道具入れがあるばかり。からかわれているのかと思ったが、鞄から怪しげな機械が見つかった刹華に、美里がそんな不謹慎な悪戯をするだろうかと考え直す。

 ……悪戯はするかもしれない。ただ、利もなく笑いもない悪戯をするとは思えない。掃除道具入れに誰かが隠れているのか。それとも、何処かに隠しカメラが仕込まれているのか。

 結論が出ない問が、目の前のプリントの上に置かれている気がした。気味の悪さを抱えたまま問題を解き始めるも、なかなか捗らない。気配を感じる訓練などしたことがない刹華は、嫌な感覚だけを受けながら課題に向かうことを余儀なくされる。

「よっし、ウチはおしまい! 遊びにいこっと」

 突然美里は立ち上がると、高らかに終了を宣言した。

「えー。みーちゃん遊んでたのに、早いよー」

「ウチってやれば出来る子なのさ。テストの問題まんまじゃん。ってな訳でおっさきー」

 刹華が声をかけようとしている間に、美里はキャリーケースを転がしながら教室から足早に出て行った。

 美里がさっさと出て行った。それはつまり、面倒事からさっさと逃げたかったということではないかと、刹華は気がついた。つまり美里は本気で、刹華に気をつけるよう伝えたかったのではないか、と。

 残されたのはゆうりと自分のみ。相手がストーカーならともかく、赤い饗獣が襲ってくるのならば、ゆうりを巻き込みかねない。そして何より、この疑惑が真実だという保証が無いところがタチが悪い。何らかの行動に移すには、それが空振りだった時のリスク(留年)が重過ぎるのだ。

 脳裏にちらつくライリーの影が、刹華の心をざわつかせる。

「せっちゃん、私達も頑張ろうねー。終わったら、私も手伝うよー」

 間延びしたゆうりの声を聞いても、不確定な背後の存在に、刹華は気が気ではなかった。




 自室に残った羽月は、一人パソコンの画面を睨んでいた。刹華に勉強を教える時間が嵩み、調べるのが遅くなってしまった。

 検索ワードは、火神真也。一時期、親の仇のように調べていたワードを再度検索しているが、今回の目的は以前と違う。火神の人物像だ。前回はプロファイリングという行為について諦めていた節がある。専門家ではない羽月は、自身のプロファイリング能力を信用していなかった上、それを信じて外れた時に目も当てられないと考えたからだ。故に、彼女らは火神を虱潰しに探していたし、人物像についてはわざと思考から除外していた。

 インターネット上に漂うニュース記事からは、事件の味気ない情報ばかりが流れてくる。時々、彼の自殺を取り上げつつ成人男性の心の闇について語る感情表明じみたものもあったが、必要なのはそこではないのだ。テレビをザッピングしようにも、既にニュースは別の報道に埋め尽くされている。面倒臭がりながらも、羽月は動画投稿サイトで検索をかけた。以前のニュースが無秩序に並ぶ様を見て、羽月は溜息をつきながら一つのサムネイルを選択した。

 羽月が探しているのは、火神の残したカルト教団という言葉に繋がるもの。放火現場が教会ということで調べはしたが、白明学園の母体である博愛協会とは違う。よく聞く名前の宗教だった。勿論、羽月も違うことを望んではいるが、それでも火神の言葉が引っかかる。

 警察が部屋に入ってから、誰かが侵入すれば分かるよう秘密裏に仕掛けを施しているので、この部屋での情報は保証されている。ここにいる限り、無理矢理な襲撃がない限りは安全なのである。本当は刹華も行かせたくなかったくらいだが、事情が事情なので今回は仕方がなかった。

 パソコンのモニターで流れる動画から、火神の知人のインタビュー映像が流れる。曰く、真面目で冷静な人、敬虔な科学者だったのだとか。

 敬虔。その単語が羽月に引っかかった。

「……まさかね」

 嫌な予感がして、WEB検索画面に戻る。検索ワードは火神真也、そして博愛協会。

 一番上に出てきたのは、とある地方の教会のホームページ。随分長い間更新されてないらしく、廃墟のような風情だった。牧師紹介のページに進むと、見た顔がそこにいた。火神真也。彼はそこで、博愛協会の牧師の資格を持っている者として紹介されていた。

 火神の残した言葉、つけ狙われ始めた時期、火神が信じていた宗教、そして刹華と羽月が通う学園の母体。偶然でないとは言い切れないが、気味の悪い繋がりを感じる。羽月がそう考えた時、刹華を一人で学園に向かわせたのは間違いだったように思えた。

 嫌な予感が、羽月の胸の中で蠢き始めた。




 刹華が課題を終わらせる頃には、既に正午を過ぎていた。昼食を食べるつもりはなかったのだが、ゆうりの作ってきた弁当を横から分けてもらうことになり、刹華はありがたくそれを頂いた。

 そうして、二人は職員室にて課題を提出した。

「せっちゃん、今日はこれからどうするのー?」

 帰りの廊下を、ゆうりはとことこ歩く。何かに躓けば、直ちに転んでしまいそうな足取り。

「栄花とのスパーリング。約束から今日まで、心底めんどいって気持ちが消えなかったよ」

 先程からの周囲への警戒も含めて、刹華の気分は憂鬱そのものだった。

「そういえば今日だったねー。怪我しないように、頑張ってねー」

「他人事だと思って……」

「そんなことないよー。怪我しないようにって本気で思ってるし、栄花さんの為にもなることだから、頑張って欲しいなって思ってるよー」

 ほんの少しだけ怒ったように、ゆうりは頬を小さく膨らませる。

「……悪かった。気を使ってくれてありがとな」

 刹華が謝ると、ゆうりは少しだけ間を置いて、可笑しそうに笑った。

「せっちゃん、前より随分穏やかになったよねー。はーちゃんが転校してきた位からかなー」

 刹華は気にしていなかった所を言及されて、少し動揺した。遅れて、顔に出る程の気恥ずかしさも追加される。

「そんなことねえだろ。口うるさいのが近くに住み始めて、余計なこと言わなくなったのかもな」

「むしろ、最近の方がお話してくれてると思うよー。前から優しかったけど、今は少しだけ、明るくなったと思うんだー」

「……お陰様で。周りにうるさい奴が増えたからかもな」

 思い返すと、一年の頃の刹華は全く周囲と人間関係を築くつもりがなかった。それこそ、隣を歩いているお節介なゆうりとも。

「……ありがとな」

 自然と、お礼の言葉が出ていた。

「え? 急にどうしたの?」

 ゆうりは呆けた表情で、刹華を見ている。

「言いたくなったんだよ。いいだろお礼くらい」

 言葉にし難い気持ちを、刹華は雑に濁した。

「……そうだねー。じゃあ、どういたしまして」

 そんな態度の刹華を、ゆうりが悪く思うことはなかった。むしろ、刹華の目には嬉しそうに映っていた。

「じゃあ、バイトに行ってくる。気をつけて帰れよ」

「うん。せっちゃんも頑張って……あっ、せっちゃん。目、閉じてくれるー?」

 ゆうりに促されるがまま、ただし不審に思いながらも、刹華は目を閉じた。その間、数秒程度。大人しくしていた刹華の顔に、触れるものがあった。

「もういいよー。ホコリがついてたんだー」

 目を開けると、いつも通り穏やかに笑っているゆうりがいた。

「……ありがとう」

「えへへ。じゃあ、頑張ってねー」

 刹華の礼を受け取ると。ゆうりは嬉しそうに、その場を去っていった。ゆうりの姿が見えなくなったことを確認し、刹華は溜息をついた。

 やっと一人になれた。ゆうりが巻き込まれないか不安だった刹華は、嫌な気配に気を向ける。相手の場所が特定出来る訳ではないのだが、意識をしながら歩くと、湿り気のある足音が背後から小さく聞こえる。

 刹華は足を止め、振り返った。

「出てこいよ。隠れてるのは分かってんだ」

 軽い挑発。それに相手が応じるかなんて分かったものではなかったが、刹華にはそれくらいしか出来ることがなかった。

 不気味な足音は、ねちゃりねちゃりと、刹華の方へと近づいてくる。その音の発生地点が地面ではないと気が付いた時には、既に手遅れだった。

 突如、何もない空間から青い触手が伸びる。それは瞬く間に刹華の首を絡めとり、身体を宙へと持ち上げた。とっさにもがく刹華ではあったが、突然の出来事でまともに抵抗出来ない。暴れれば暴れるほど、触手が首に強く食い込んでいく。次第に力も入らなくなり、腕も上がらなくなる。意識が、黒く塗り潰されていく。

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