公爵令嬢、婚約破棄に辿り着く~見習い女神の卒業試験~

やぎまる。

第1話

「ユリア・アグリフィーナ公爵令嬢。 ――今日この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」


 クラウディウス王子殿下の、声高らかな宣言が、卒業記念式典の会場に響き渡った。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ここはブリスタニア王立魔法学園の記念ホール。


 国王をはじめとした、王国の重鎮も多数出席しているこの記念式典。晴れがましいこの舞台での突然の婚約破棄宣言に、卒業生をはじめ、皆がざわめき出している。

 あたし、ことユリア・アグリフィーナ公爵令嬢と、クラウディウス王子が記念ホールの壇上で対峙していて、それを卒業生やら王国のお偉いさんやらが遠巻きに見ているような状況だ。


「俺の可愛いアカリに対する数々の仕打ち、決して許す事はできぬ!」


 憎々しげにあたしを見据える王子の傍らには、可愛らしい雰囲気をまとった小柄な金髪少女。

 彼女こそ、王子のハートを射止めたアカリ嬢だ。


 庶民ながら、珍しい光の魔力を持っており、治癒の魔法が使えるとのことで、学園へ特待生として入ることができた少女。天真爛漫で誰とでも仲良くできるその性格で、一部の生徒の間では「小さな聖女」とまで言われている学園のアイドルだね。

 一方であたしの方は、黒髪ウェーブにつり目、長身、巨乳と、ザ・悪役令嬢の容姿だ。生徒の間では「学園の黒魔女」とか言われてるんだけど、扱い酷くない?


 王子の話によると、あたしが彼女に何かしたことが婚約破棄の原因になるらしい。

 アカリ嬢は、何かに耐えるような、強い決意のこもった表情で、王子の後ろからこちらを見つめている。


「アカリ嬢への暴言や、取り巻きを使っての嫌がらせ。果ては、ゴロツキを雇っての暴行未遂行為など、全て証拠は挙がっているのですよ」


「俺が助けたから良かったけどよ、下手したら本当に酷い目に遭ってたんだぜ? 何か言ったらどうなんだい?」


「神はすべてを見ています。アナタが何を隠そうとも、悪行の報いはいずれ受けていたでしょう」

 

「見損なったよ、姉さん。貴女は公爵家の恥だ。――いや、もう公爵家の一員として認める訳にはいかないね」


 続いて、王子とアカリ嬢の背後、壇上の袖から四人の男性が次々登場。


 彼らは学園生徒会のメンバーで、それぞれ宰相、騎士団長、神官長の息子たちと、アグリフィーナ公爵家長男たるあたしの弟君だ。

 一糸乱れぬ言葉の連携と、ついでに王子の周りで決めポーズをする様は、まるで何かのミュージカルのみたい。当事者でないなら、拍手のひとつも送りたいところだね。


「貴様のしたことは、一人のか弱き女生徒に対する、明確な殺人未遂である。そのような事を行う愚か者に、この王国の国母が務まるとは到底思えぬ。――よって、貴様との婚約を破棄し、新たな婚約者としてこのアカリ嬢を迎え入れる!」

 

 そして、四人の言葉を受けてからの、王子の再びの宣言と、こちらに指をビシッと突きつける、断罪ポーズ。

 タイミングといい流れと言い、実は本当に練習とかしたんじゃなかろうか。


 だけど、残念ながら今のあたしに、言葉を返せるだけの余裕は無かった。


「…………ッ」


 始終、何も言い返さずにいるあたしを見て、王子たちは若干訝し気な目で睨みつけている。


 ごめんね、王子。本当は何か言えれば良いんだろうね。

 でも、言葉に出そうとすると、色んな想いが溢れてしまいそうなので、何も言えないんだ。


「――泣いた真似を見せれば罪が軽くなるとでも思っているのか? そのような事をしても無駄だ、ユリア嬢」


 言われて初めて、あたしは涙を流していることに気付いた。

 王妃教育を受けた、公爵令嬢の娘としてはあるまじき行為。……恥ずかしいなぁ、本当。


 国王陛下や宰相がこちらの様子を伺っているのが見えるが、彼らも、一体どう口出せばよいのか、考えあぐねているようだ。一部の貴族に至っては、目を逸らしてこちらを見ようともしない。

 加えて言えば、あたしの父上であるところのアグリフィーナ公爵は現在病に臥せっていて、全権代理の弟君は今あたしを睨みつけている。


「ふん、結局のところ、何も反論は無いようだな。では衛兵、この者を捕らえよ! 貴様には、後ほどしかるべき処罰が下されるだろう」


 最後まで抵抗も反論もせず、無言を押し通すあたしに、王子の鋭い声が掛かる。

 結局、おずおずとやってきた衛兵に拘束され、最終的に学園にある塔の一室に幽閉されるまで、あたしは一言も口を利けなかった。


 石造りの小部屋に押し込まれ、扉に鍵を掛けられてから。あたしはやっと、ため息をひとつこぼした。


「……ふう」


 実際のところ、あたしは何もやっていないし、王子の取り巻きたちが出した証拠もでっち上げ。

 反論しようと思えば、いくらでも反論できた。


 じゃあ何で、あたしが断罪劇の間、ずっと声の一つもあげなかったのか。


「…………ッ」


 答えは単純。


 ――あたしは単に・・・・・・感動しすぎて・・・・・・言葉が・・・出せなかったのだ・・・・・・・・


「…………ッしゃぁ辿り着いたぁ……!」


 監禁された部屋の中で小さく、小さくガッツポーズする。


「長かった……、本当に長かったよ……」


 そのまま床にうずくまり、オイオイと感涙にむせび泣くあたし。

 卒業式典の為に発注した一帳羅ドレスが汚れてしまうけど、もうそんなの気にならない。今までの出来事が、走馬灯のように頭をよぎっていく。


 いやもう、ほんと、頑張ったよ。

 一連の出来事の最中、脳内には、延々とロッキーのテーマが流れてたし。


 チープな演出の断罪劇のひとつひとつが、今のあたしにとっては最高のエンディングシーンだった。


 いやー、必死に我慢してたけどさ、ちょっとでも我慢が足りてなかったら、王子たちに抱きついて盛大にウォウウォウ雄叫びをあげるところだったので、本当に危なかったわー。

 もう、途中で感極まって涙がこぼれてしまったのも分かってほしい。


 ――いや、でも。本当に、長い道のりだったなぁ。

 あたしは王子たち、そしてアカリ嬢に深い感謝を抱きながら、これまでの事を思い返したのだった。

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