『液体はうす』

やましん(テンパー)

『液体はうす』

 発明家は、大きな会場に人々を集めていたのです。


 だいたい、『ペテン師』と、言われてきた男でありますが、人びとにとっては、いじめがいがあり、おもしろかったのです。

 

「みなさん、今回発表いたしますのは、『液体はうす』であります。」


「ほう・・・・」


 会場がざわざわしました。


「水槽なんじゃないの?」


 誰かが言います。


「ははは、ちがいない。」


 失笑が起こりました。


 しかし、男は、いつものこととして、相手にもしないのです。


「ここに、一本のボトルがあります。」


 男は、500ミリリットル入りのペットボトルくらいの、しかし、中が見えない金属製の様な『筒』を出しました。


 それから、足元から、すこし遠いところに、どぼどぼと、中身を出していったのです。


 あ~~ら不思議。


 その液体は、どんどんとふくらみ、奇麗な平屋の家になったのであります。


「ご覧の様に、こいつは、空気に触れると、このように膨張し、しかも、あらかじめ決められた形になるのです。もちろん、中も完璧です。どうぞ、お入りになってお確かめください。」


「むぎゃ~~~、これは、ほんとうに、すごいかも。」


「どうせ、なかは、水浸しなんだろう。」


 発明家は、普通に、ドアを開けました。


 ドアは、すっと、音もなく開きました。


 その小型の『はうす』は、まるで白亜の宮殿の様な色合いでした。


 会衆たちは、つぎつぎに中に入って行きます。


「ああ、あなたは、待って、外から見ていてください。」


 発明家は、ひとりの女性を呼び留めました。


 もと、婚約者なのです。


 いまは、さっき中にっ入った、ある金持ちの実業家の妻になっております。

 

 

 内部は、大方の予想に反して、極めて美しい内装に仕上がっていました。


「おお、家具もある。ちゃんと使えそうだな。しかも、なんだあ、涼しいな。エアコンもないのに。」


「ふうん・・・ しかし、所詮、水だろう。雨が降ったらどうする。」


「びちゃびちゃなんだろう。おいおい、着替えがないぞ。」


「損害賠償しよう。」


「うんうん。そうだな。まやかしだよ、きっと。」


 男は、言った。


「この、家自体が空調の機能を果たすので、内部の気温はいつも快適に保たれますが、玄関にあるパネルで、お好みに調整も可能です。また、家自体が、照明にもなるのです。」


 彼が合図すると、会場の電灯が落ちました。


 周囲は真っ暗になりました。


 しかし、『はうす』の内部は、照明器具が、どこにもないのにもかかわらず、ほどよく明るくなったのです。


「エネルギーは、大気から得ており、使用後排出されるガスは、無害なものです。」


「むむむ。きと、他人の特許や技術を悪用したに違いない。あいつに出来るはずがないものな。あいつは、ペテン師だから。役立たずの落ちこぼれだ。」


 かつての婚約者の夫が言いました。


 実力者の言葉に、みなが同意しました。


「きっとそうだ。なにをしたんだ、ペテン師殿!」


「なにをした、役立たず!」


「恥を知れ!」


 男は、彼女におだやかに、言いました。


「あいかわらず、あなたの仲間たちは、口が悪いですな。」


 彼女は、すぐには、答えなかったのですが、やがて、こう言いました。


「これは、でも、すごいと思います。」


「ほんとに?」


 発明家は嬉しそうに言いました。


「はい。」


「やた~~~~! それで、もう、十分ですよ。実を言えば、あなたに、会いたかったのですから。ただ、もう少し、中の方々には、楽しんでもらおう。」


 男は、こんどは、先ほどの筒を、『はうす』の隅にあった、小さな端子に取りつけました。


「さて、みなさん、この『はうす』のよいところは、なんといっても、持ち運びが簡単なことです。また災害にも強い。地面に張り付いて、簡単には剥がれない。外部から水道やガスの供給も簡単にできます。また、解体もしごく簡単です。ほらね。」


 男は、小さな瓶にはいった何かを、ぱらっと、『はうす』に掛けました。


 すると、その『はうす』は、一挙に形が崩れ、筒の中に流れ込んでゆき、消えてしまいました。



「はい。おしまい。」


「おしまいっ・・・・て、中の方は、みなさん、どうなったのですか?」


「どう・・・って、この筒の中ですよ。」


「きゃああ・・・助けてあげてください。」


「どうして、助けるの? あれほど、ぼくをばかにし、すべての財産を奪い去り、あなたまでも、取り上げておきながら。」


「でも、・・・・それでも、もし殺したりしたら、罪です。神様が許しません。」


「神さまですか。ここにも、神がいるのかなあ。あなたは、さっき、褒めてくれた。いいでしょう。ほら、これ、差し上げます。ぼくがいなくなったら、出してあげて下さい。じゃあ、さようなら、永遠の愛する人。」


 発明家は、元恋人の美しい頬にキスすると、その場から去って行きました。


 他にいたはずの人も、みんないなくなりました。


 彼女は、さきほど彼がやったように、筒の中身を、どぼどぼと、その場に広げました。


 ふたたび、あの『はうす』が立ち上がりました。


 そうして、その中に走り込みました。


 すると、あの人たちは、みな、壁や天井の一部になって、身体がめり込んでいたのです。


 しかし、生きてはいました。


「くそ。やはり、ペテン師だった。早く助けろ!」


 彼女の夫が叫びました。


 けれども、彼女がひっぱってみても、びくともいたしません。


 専門家が呼ばれ、惑星警察もやって来て、捜査や調査が始まりました。


 『ハウス』は研究され、身体がめり込んだ人たちは、一年がかりで、生きたまま掘り出されました。


 みな、リハビリには、ずいぶん時間と費用が、かかりました。


 男が残した作業箱には、一連の資料が残されておりました。


 そうして、この技術は、その先、おおいに活用されるようになりましたが、技術を手に入れた彼女の夫は、またまた大儲けをしたのです。



 ただし、その妻は、離れて行きましたが。


 発明家のほうは、ようとして、行方がしれませんでした。


 おんぼろな、廃船まぎわの宇宙船が、業者の『宇宙船置き場』から、一台いなくなっていました。


 テラ・フォーミングされた『火星』を離れて、放射能まみれの、廃墟の『地球』に向かったのではないか、とも言われております。



 彼ら数人は、実は、最後の『地球生まれ』の、人間だったのです。


 そこで、子供のころから、『火星人』である人々から、随分と、差別され、いじめられたのです。


 おそらくは、もう、生きては戻らない覚悟で、今は、立ち入り禁止の、『母なる地球』に、帰ったのだろう、とも言われましたが、誰も、あえて、さがそうとはしませんでした。 


 あまりに、危険だったからです。


 しかし、元恋人が、どこに行ったのかは、これもまた、まったくわかりませんでした。


 彼女の部屋には、古風な『通信機』が、ありました。


 大金持ちだったので、火星の衛星あたりと行き来できる『自家用宇宙船』を、持っていましたが、それがいなくなったことまでは、わかってきておりました。


 能力的には、地球まで飛ぶ力はあります。



 夫は、捜索を断念したのです。


 なお、彼の作ったあの『はうす』が、放射線などにも、かなり強い事は、判っておりました。




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『液体はうす』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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