クララ戦記

鞘 漣帝

第1話

私は謝らない人間が嫌いだ。

どうしても謝らない人間だけは好きになれない。

先程、私の母が私の大好物のレーズンクッキーを全て食べてしまったのだ。明日のためにと、5つ残しておいたはずのレーズンクッキーはもう母の腹の中に収まっている。

「仕方ないじゃないの。早く食べないんだからあなたが悪いのよ」

なんて母は言った。これには私も激怒した。

学校では温厚であると言われている私がだ。

水を袖にかけられても怒らなかった私がだ。

許しては行けない。そう思った。

キッと母を睨み、ソファーに座ってラジオに耳を傾けている父の隣に座り大きくため息をついた。

「どうしてああなのかしら。私、明日この家を出るはずなのに。母さんいつもどうりだし、むしろいつもより酷いわ」


明日は軍の試験がある。

軍に入ろうと思えば余程魔力が強いか、親のコネしか無理だ。

ちなみに私は親のコネなんかじゃない。

父は隣町の工場で働いているし、母はここから15分先のパン屋で働いている。

母は「私は看板娘なの」と言っていた。

私は魔力があるとは思わない。

しかし昔から軍に憧れていた。

「女のくせに変なの」なんて100万回ぐらい聞いた。

ただただ私には、国を自分の力で守る軍人に憧れていた。

そんな言葉なんてハエより弱いものに見えた。


父は私の頭を傷跡の目立つ手でわしゃわしゃと撫でた。

「クララ・ワグナー。お前の髪は「母さんに似ていて、目は私に似ている。でしょ?」よく分かってるじゃないか。」

これもまた100万回聞いた。

私を元気付ける時に父が言う言葉だ。

「だからお前はひとりじゃない。髪には母さんが、目には私が住んでいる。」

「なら、髪は私がレーズンクッキーを食べてたら横から奪い取るのね?」

そう言うと、父はわははと大きな声で豪快に笑った。

「だからレーズンクッキーみたいに薄焦げた茶色なの?」

そう言うと、父はさらに笑った。

それを母は嫌そうに目を細めて見ていた。



クララは街の中心地のミッテにやってきた。

いつもと違うのは、ピカピカに磨かれた茶色の革出できたブーツと、おろしたての赤いワンピースだけだ。

周りには暑苦しいほどの男達。

女なんて私ぐらいしかいない。いたとしても、買い物客ぐらいだ。

「これより能力試験を行う!」

試験はすごく簡単だ。

水晶に触れ、魔力があるものにはその強さに応じた色が出る。無いものは何も変わらない。

緑、水色、青、桃、赤、紫、黒という順で魔力が強い。


私の番になってしまった。

緊張して震える手に意識を集中させた。


パリン____。


途端に周りが騒がしくなる。

手を叩くものもいれば叫ぶ者もいる。


見方によっては喜び。

感じ方によっては悲しみ。

捉え方によっては屈辱。

すべての感情が、クララの背をなぞった。

生暖かい湯気がクララを燻すように沸き立った気がした。

水晶を持っていた軍人は口を開け固まっている。手は赤く染っているというのに。

「手、大丈夫ですか。ごめんなさい。私透明なんですね、ありがとうございました」

クララは水晶が黒くなり割れたことに気が付かなかった。

ただ、割れてしまったのだと思った。


「幹部を呼べ!今すぐにだ!」

大変なことをしてしまった。

水晶を弁償する金などない。

こんな親不孝者……

水晶を持っていた軍人は大きな声で叫んだ。

とってもお怒りなんだわ。

お金が払えないとなると、きっと八つ裂きにされるのよ……

そう考えると自然と涙が出てきてしまった。


あぁ、私の髪と目、私を守ってください。

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