あなたはどんな味がするのかしら?

m-kawa

あなたはどんな味がするのかしら?

「呪いの小説ぅー?」


 胡散臭いものでも見るように、幼馴染のたっくんにジト目を向ける。


「いやそんな噂が広まっててね?」


「へぇー」


 聞いたところによると、どこかの小説投稿サイトで読めるらしい。でも見つけようと検索しても見つからず、ふらふらと物色していると現れるとかなんとか。読める小説サイトも決まっておらず、見つけた後で再検索しても引っかからないとかホント意味わかんない。


「だから月子も怪しい小説を見つけても読まないようにね」


「……読んだらどうなるの?」


「うーん……。聞いた話だと、小説に食われるとか言ってたけど……」


「ええー、何それー」


 たっくんの話だからある程度は信じてあげようと思ったけれど、なんだか無理そうな気がする。小説に食べられるってどういうことなんだろう。


「特に暗い夜道で歩きスマホしながら読んでると危ないらしいよ」


「あはは、それって歩きスマホさせないための作り話とかじゃないのー?」


 かがみこんでたっくんを上目遣いで見上げてみると、顔を赤くして目をそらされる。


「あ……、あとはそうだ。……読んでる途中の小説に、『食べてもいい?』って聞かれるらしいよ」


「ええええー。ちょっとー、いくらなんでもそれはないでしょー」


 さすがにここまでくると胡散臭さが振り切った。いくら私を怖がらせようと思ったからって、これはないでしょ。もしかして、今思いついたことを言ったんじゃないでしょうね?


「いやホントだって! 実際に友達の友達の友達で行方不明になった男子がいるんだって!」


「……ホントに?」


 真剣に語るたっくんに眉をひそめながら聞き返すけれど、その真剣な表情はそのまま変わることがない。いやそれにしても友達の友達の友達って遠すぎない……? すごく嘘くさいんだけど……。


「うん……。正宗っていうやつなんだけどね」


 そう言って肩を落とすたっくん。ここまでくるとさすがに演技には見えないから、本気なんだろうか。いやでも行方不明って……。その子が家出しただけってオチじゃないわよね?


「そ、そうなんだ……。じゃあもし、私が行方不明になったら探しに来てくれる?」


 ちょっと冗談めかして言っただけだけど、たっくんはがばっと顔を上げると真剣に何度もうなずいてくれた。


「あ、当たり前じゃないか! 月子がいなくなったりしたら地の果てでも探しに行くよ!」


「あ、うん……。ありがとね」


 あんまり必死になるたっくんにちょっと引きながらも、しっかりとお礼だけは言っておく。ちゃんと笑顔できてるかな……?


「じゃあ僕はこっちだから……」


「うん。また明日ねー」


 手を振ってたっくんと別れると、一人夜道を自宅へと歩いていく。街灯はそこそこついているが、人通りもまばらになっている道だ。たっくんは暗い夜道で小説を読みながら帰るなって言ってたけど、もはや日課になってるし無理だよね。


 私はスマホを取り出すと、カクヨムのサイトを開いて何か面白い小説がないか探していく。たっくんも、探そうとしても出てこないって言ってたし、きっと大丈夫。


 そう思いながらランキングをタップすると、画面を順にスクロールさせていくと。

 ランキングの途中にふと、気になるタイトルが現れた。


「……えっ?」


 思わずスクロールを戻して二度見してしまう。そこにあったタイトルは。


『あなたはどんな味がするのかしら?』


「えー、なにそれー」


 ふと蘇るのは、たっくんから聞いた『小説に食べられる』という話だ。いくら私を怖がらせようとしたとしても、ちょっと冗談っぽく感じて本気にできそうにない。今手の中にあるスマホに『食べていい?』と聞かれるなんて、現実味がなさすぎる。まだ暗がりから得体のしれない何かに襲われる、とかの方が、想像力を掻き立てられる分怖そうだ。


 ……ってちょっと怖くなってきたじゃない。


 それにしても三千文字程度の短編らしい。これなら家に着くくらいには読めそうだ。ちょっと興味が惹かれた私は、怖さを紛らわせるためにもそのタイトルをクリックした。


 ――タグに『呪いの小説』とあることにも気づかずに。


 舞台はさびれた洋食屋さん。ふらっと寄った主人公は、メニューを手に取って眉を顰める。ところどころが読めないメニューだったのだ。だがお店に入ったからには何か注文しないといけない。なぜかそう思った主人公が注文したのは『*肉の生姜焼き』だ。


「あはは、何か展開が読めるんですけどー」


 読み始めて序盤で気が付いてしまい、思わず笑いがこぼれる。まぁ短編なんだし、それくらいがいいのかもしれない。それに予想ができるほうがあんまり怖く感じなくていいよね。


 そこまで夜遅い時間でもないのに、誰もいない店内を訝しむ主人公。注文してからしばらく経つが、なかなか料理が出てこない。そろそろ文句を言おうとしたところでようやく生姜焼きが出てきた。


 食べようとしたときに足に違和感を覚えたが、おなかがすいていた主人公はそのまま生姜焼きを口に入れる。その瞬間、違和感があった足に激痛が走った。


「あー、やっぱりねー」


 やっぱり読めなくなってるところって『人』だよね。自分で自分の足を食べるとか怖すぎるんですけど……。思わず自分の足を確認してみるけれど、ちゃんと歩いて自宅に向かっている。ホッと一息つくと、続きを読むべくスマホをスクロールさせる。


 苦悶の声を上げる主人公に、店主がニタリとした笑みを浮かべながら、包丁を持って厨房から出てくる。足がどうかしたのかと聞かれた主人公が自分の足を見ると、膝から下がなくなっていた。


「うう……」


 なんでこんなホラー小説読もうと思ったんだろう……。きっと主人公はこのあと店主に食べられるんだ……。怖すぎてもうこれ以上読んでいられない。

 激しく後悔するけれどもう遅い。だけど自宅まであとちょっとだ。最後まで読めなかったけど、ちゃんと評価だけは入れないとね……。怖かったけど、ホラーだからしてむしろそれは高評価だろう。


 一気に下までスクロールさせるけれど、なぜか画面が真っ白いまま出てこなくなった。


「あれー?」


 少しずつスクロールするけれど画面は変わらない。しばらく首をかしげていると、不意に画面にノイズが走り、その文字は現れたのだ。


『食べてもいい?』


「えっ?」


 その瞬間、スマホ画面に黄ばんだ乱杭歯を覗かせた大きな口が表示される。瞬く間に口が大きくなっていき、スマホ画面をはみ出したかと思うと突如実態を持って画面から出てきたのだ。


「きゃああぁぁぁぁぁ!!!」


 思わずスマホを手放すも、あまりの驚きで尻もちをついてしまう。必死に逃げようとするけれど足が震えてうまく動けない。そんな月子の様子が見えたのか、大きな口はニタリと自身の端をゆがめる。


「や……、来ないで……」


 右手を前に突き出して後じさりするも、じりじりと距離を詰められる。だんだんと大きくなっていく口を見ていることしかできなかった私は、とうとう口の化け物に食べられてしまった。

 満足した口の化け物はそのままスマホの中へと戻っていったという。


 夜道にスマホがぽつんと残されるのみであった。



































 食 べ て も い い ?



















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