居場所

西田彩花

第1話

「可愛いね」

「もっと声出して」

「ねぇ、鏡見て。エロい顔してる」


 私が男を知ったのは、中学生の頃だ。それが早いのか遅いのかは分からない。早くても遅くても、どちらでも良かった。


 学校には居場所がなかった。小学校3、4年頃からだろうか。何かよく分からないけど、物凄い違和感のようなものを感じた。小学校低学年ではあまり話題に出なかったもの。いわゆる恋バナである。


 周りの女子たちは、誰のことが好きだとか、あの男子は誰のことが好きだとか、そういった話を頻繁にするようになった。ずっと仲良くしてきた男子からは、そういった話題が出ることはほとんどなかった。


 私は女子だ。だから、女子の話に着いていかないといけない。そうしないと、仲間外れにされてしまう。好きな男子を作るのは、義務なんだと思った。だから私も、あの男子のことが好き、などと言った。


 好きな人が誰かと一緒になってしまうこともあった。そんなときは、好きと言ったのを貫き通すか、相手の好きを尊重するか、すごく迷った。だけど、相手の好きはきっと本物なので、私は貫き通すことをやめた。


 そんなことを繰り返すうちに、恋バナに着いていけなくなった。それを認識したときには、既に仲間外れにされていたと思う。


 本当に、誰か好きな人を作らなければならないんだろうか。そんなことを考えていたけれど、中学生に入ってから価値観が変わった。彼氏を作る女子が徐々に増えてきて、それがごく普通の行動なのだと思った。恋人を作れば、恋バナにも入れるかもしれない。


 学校の帰り道、数人の男子高校生から声をかけられた。何気なく話していると、連絡先を聞かれた。そのうちの1人が、最初の彼氏だ。


 初体験は大切なものだと、特別なものだと、雑誌にもネットにも書いてあった。だけど彼は、その行為を急いだ。それを拒否する理由も特に見つからず、言われた通りにした。彼のことを好きかどうか分からないけれど、雑誌やネットに書いてあるような特別感は、全く感じなかった。


 相変わらず恋バナには着いていけなかった。恋人を作ってもダメだった。何が違うのか分からなかった。女子で集まっている中に入りたかっただけなのに、いつの間にか邪険にされるようになった。


「彼氏がいるからって調子乗んなよ、ヤリマン」


 女子から言われた言葉だ。恋人がいたら恋バナができると思ったのに、どうして調子に乗っていると思われてしまうのだろう。


 私は理解するのを諦めた。だけど、憧れは捨てきれなかった。ずっと、女子の輪に入りたかった。


 女子の輪に入るのはすごく難しかった。学校生活に馴染むのもすごく難しかった。学校の外で彼氏を作る方が、何十倍も楽だと思った。だから私は、そこに居場所を作った。なぜか、居場所があると安心したのだ。


 セックスの作法なんて全く分からなかった。だけど、男はそれを教えるのが嬉しそうだった。だから、その通りに、言われた通りに、行動した。


 高校に入っても、大学に入っても、あまり変わらなかった。女子の輪には入れず、学校生活自体にも馴染めない。外に居場所を求める。それが習慣になったように思う。


 好きな男を作るのは義務ではない。誰か好きな人がいなくても構わない。だけど、どうしても、居場所が欲しかった。私が体を差し出すと、相手は簡単にそれを受け入れた。そこに感情があってもなくても、たぶんそんなに変わらないんだと思った。それは、私に居場所をくれる対価なんだと思った。


 社会人になってからは、学生生活でのような悩みがなくなった。無理に恋バナをしなくても、会話が成り立つからだ。だけど、今までのように外に居場所を求めてしまう。私はとても駄目な人間だ。


 同じ会社の男と仲良くなり、頻繁に飲みに行くようになった。彼も対価を求めているのだと思った。だけど、そういった話を仄めかしても、彼はそれに応じなかった。不思議な人だと思った。だったら何で、私と会っているのか。


 ある日彼は、私のことが好きなんだと言った。私のどこが好きなのか、全く分からなかった。セックスしていない相手のことを、なぜ好きと言えるのだろう。


 「どこが好き」「なぜ好き」といったものには、理由がないらしい。理屈ではないらしい。ただ、私のことを好きなんだと言った。


 よく分からないけれど、なんとなく、私が仲間外れにされてきた理由は分かったような気がした。理由がないのに、理屈じゃないのに、好きな人を作ろうとして、そしてそのまま恋人という形にしてきた。


 感情というものは複雑だ。私はたまに、自分がロボットなのではと疑う。好きという、一般的な感情すらも分からない。これは頭でなく感覚で分からなければならないものだ。だけど、分からない。


 彼と付き合ってから数ヶ月後、セックスした。彼は私に「辛かったね」と言った。今までの男は「可愛いね」と言ってきたのに。なぜ「辛かったね」と言うんだろう。


 私のセックスは、AVのような反応なんだそうだ。男が見るAVは、男の欲望を満たすように作られているらしい。現実にそうはいかないことが多いから、AVで叶えているそうだ。私は今まで、AVでしか叶わなかった願望を要求されていたのではないか。だから、AV然とした反応をするのではないか。


 彼はそんなことを言った。だから私は可哀想で、辛かったのだそうだ。


 彼は優しく私の頭を撫でた。そんなシーンは中学生の頃から何回も経験している。だけど、ちょっとだけ、特別の意味が分かったような気がした。


 彼とのセックスは対価ではない。自分が可哀想だったのか、辛かったのかは分からないけれど、今のこれが対価ではないことは分かる。だからきっと、特別なのだ。


 何かが欠けているのかもしれない。だから仲間外れにされてきたのだろう。闇雲に居場所を求めてきた。だけど今、本物の居場所がここにあるような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

居場所 西田彩花 @abcdefg0000000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る