おひとりさま自警団が気になります
キャンディが用心棒として働く酒場へ、数日ぶりにボニーは顔を出した。
このごろは以前と違って、毎晩のように通ったりはしなくなっていたのだ。
「どうしたのよ、その首輪?」
ひさしぶりに会うキャンディは、見たことのないペンダントを身につけていた。
ペンダントヘッドは血のように紅い大きな宝石だ。その毒々しい赤色にもかかわらず、全体のデザインは可愛らしい。こんな辺境の地ではそう簡単に手に入らないものだということは、宝石に詳しくないボニーでもわかる。
「ボスからのプレゼントですわ♪」
ご機嫌な笑顔でキャンディが応じた。
「あたくしの魅力に、ようやくボスも気づいたというわけなのです」
「いや……冗談はいいから。まじめに答えてよ」
「特別ボーナスの前払いですわ。ボスの雑用を引き受ける約束をしましたので」
「あんまり派手なペンダント下げて、胸元に視線を集めない方がいいんじゃない? 貧乳を見てくださいと言ってるみたいなものよ、それじゃあ」
「う・ぐぅぅぅっ……どうやら永遠の眠りにつきたいようですわね、ボニー!?」
今夜は酒場のにぎわいに普段とは異なるトーンが紛れ込んでいる。座席の半分近くを、尖った耳と流線形の黒い瞳が愛らしい、黄金色の体毛に覆われた亜人間が占めているのだ。ボニーはむかしそいつらの同類を見たことがあった。第六十六星区を中心に生息している《ラブレー》と呼ばれるタイプの亜人間だ。
そこそこ高度な知能と頑健な体躯、そして異様なまでに従順な性質を持ち合わせているので、このラブレーを労働力として――時には兵士として使おうと考える人間が後を立たない。亜人間を現住地から連れ出すことは《中央》連邦政府によって堅く禁じられているが、《中央》の威光の届かない辺境の地ではラブレーの姿はよく見うけられる。
「今夜は珍しいお客が多いじゃない」
ボニーが問いかけると、キャンディは彼女の胸倉をつかんでいた手を離し、肩をすくめた。
「本社の連中が連れてきたんですの。うちのボスは、この町の北の方に山を持ってるんですけど、そこの開拓に使うつもりみたいですわ」
「本社……?」
「ゴライアス惑星開発公社。聞いたことあるでしょう?」
ボニーは思わず口笛を吹いた。
「ゴライアス、ね。大企業じゃん」
政治経済にはまったくうといボニーでも、銀河系宇宙あまねく勢力を伸ばしている巨大財閥ゴライアスの名前ぐらいは知っている。
質の高い武器を大量に製造しているゴライアス・メタリック社。
ゴライアス・プログラムを開発したゴライアス人間科学研究所。
ボニーたちにとってなじみの深いそれらの会社以外にも、無数のグループ企業が銀河連邦内の経済のあらゆる面に浸透し、支配を広げている。
そして、《中央》から認可を受けて星間航行エンジンの製造を事実上独占しているゴライアス・ハイパーインダストリーズ社がゴライアス・グループの中枢であり、グループの享受する強大な影響力の源泉だ。
「あんたのボスって大企業の社員だったんだー。じゃあ、なんで酒場なんか経営してるの? 副業?」
「さあねえ……働くのが好きなんじゃないのかしら。すごく、まめな人なんですの。あたくしにはとうてい理解できませんけど」
背筋をぴんと伸ばして椅子に腰かけているラブレーたちを、ボニーはなんとなく見やった。
よく観察してみると、あきらかに現場監督とおぼしき人間が、そこここのテーブルについていた。これから過酷な労働に携わることとなるラブレーを、酒場でねぎらってやろう、というつもりらしかった。
「ちょっと、キャンディ、あれ見てよ。あいつらラブレーにアルコールを飲ませてるよ」
ボニーは思わず驚きの声をあげた。
「バカな人たち。亜人間のこと、なんにも知らないんですのね」
おかしくてたまらない、といった様子でキャンディはくすくす笑った。
「笑ってる場合じゃないでしょ? ラブレーはものすごく酒癖が悪いんだから。これだけの数のラブレーが酔っ払って暴れ出したら、大変なことになるよ」
「知りませんわ、そんなの。お酒を飲ませてるのはボスのところの社員なんですから。……それに、あたくし、おとなしい酔っ払いの相手ばかりしてるの、飽きちゃいましたの。たまには大騒動が起こってくれないと、退屈で退屈で……」
キャンディはふと言葉を途切らせ、おさげ髪の下からボニーを見上げるような目線をした。
「あなただって退屈でしょ、ボニー? カタギのまじめな暮らしなんて。あなたほど腕の立つ子が、銃も持ち歩いてないなんておかしいわ」
ボニーは相棒を睨み返した。
「……退屈してる暇なんてないわよ。雑貨屋の仕事は忙しいんだから。ボスはうるさいしお客には気を遣うし」
「そう。うらやましいわ。……戦争が終わってからというもの、あたくし、いつも退屈ですの。何かが足りない、何かが欠けてる。そう感じるんですの。大暴れすれば、その時だけは気が紛れるんですけどね」
キャンディは、ボニーが来るまで続けていた作業を再開した。カウンターの上に置いたグラスに、比重の異なる液体を少しずつ順番に注いで、きれいな層を作り出すという作業だ。
キャンディの言葉は、ボニーの中の何かを動かした。ボニーは自分の酒をカウンターに置いて相棒に向き直った。
「ねえ。ゴライアス・プログラムのアンインストールって、成功してると思う? あたしたち、完全に戦争前の状態に戻った?」
キャンディは小首をかしげた。
「完全……ではないですわね、明らかに。あたくし今でもまだ、拳で鋼板を突き破れますもの」
「うん。あたしもまだガニ缶でジャグリングできる。肉体強化は、完全には解除されてない」
「そもそもアンインストールを前提とせずに開発されたプログラムだという噂もありましてよ。インストールされた人間はたぶん戦場で死ぬだろうから、アンインストールの機能は要らないだろうって」
その噂は、ボニーも聞いたことがあった。深く考えると恐ろしい結論が出そうだから、あまり考えないようにしてきただけで。
二人の背後で酒瓶の割れる音と怒号と悲鳴が響いた。
「……感情の抑制も、まだ残ってるのかな。あたしたちは感じないのかな、激しい喜怒哀楽とか」
「……」
キャンディは黙ってボニーの顔を見返していた。答えが発せられたのは、しばらく経ってからだった。
「心も筋肉と同じ。しばらく使わなければ、衰えて動かなくなるのではないかしら。……それに、激しい喜怒哀楽がなくたってそんなに困りませんわよ。毎日そこそこ楽しければ、それでいいんじゃなくて?」
「でも、あんたは、退屈してるんでしょ?」
二人の予想通り、店内では酔っぱらったラブレーたちが大騒動を繰り広げていた。殴り合う者、酒を求めてカウンターの奥に乱入する者。
みつめ合うボニーたちの頭上を、おそるべき怪力で投げられた丸テーブルが飛んで行った。
「そうですわね。だから、ときどき、むしょうに命のやり取りをしたくてたまらなくなるんでしょうね」
言い残して、キャンディは騒動の中へ突入して行った。ぐおりゃあああっ、うらあああっという彼女の豪快な雄叫びが響き始める。ボニーはグラスを空にし、店を出ることにした。あまりの騒々しさに、もう落ち着いて飲めるような雰囲気ではなくなっていたからだ。
常連客のひとりであるバイソン夫人が、どこか痛いところでもあるみたいに太った顔をしかめて雑貨屋に駆け込んできた。
「いつもすまないんだけどね、カズマさん。……また連中が来てるんだよ。納屋で大暴れしてる上に、防護柵まで壊そうとかかってる。柵を壊されたらダグルがみんな野原へ逃げちまうよ。うちの人ひとりじゃ抑えきれなくて……。ちょっと様子を見に来てくれないかい?」
夫人の住む農場はナザレ・タウンの南の郊外にある。ボニーも商品の配達に行ったことがあるので知っているが、中規模とはいえよく整った農場だ。
店主はまったくの無表情で夫人を見返した。
「奴らは、何人だね」
「七、八人だよ。いつも来る連中さ」
「わかった。すぐに行く」
言葉少なに答えて、店主はカウンターの下部にある金庫を手早く開け、中から銃とガンベルトを取り出した。銃は、ボニーが最初の日に見たゴライアスQX999型レイガン《ネメシス》だ。
使い込まれたガンベルトを身につける店主の動作から、ボニーは目が離せなかった。
「七、八人が相手だったら、手助けがあった方がいいんじゃない? あたし、一緒に行こうか?」
ナザレ・タウンの自警団といっても、店主が団長にして事実上たったひとりの団員であるらしいということを、しばらく観察した後にボニーは見抜いていたのだ。
しかしボニーを睨みつける店主のすさまじい視線は、どんな拒絶の言葉や悪罵よりも雄弁だった。
「ゴミは何人寄り集まったってゴミだ。ゼロに何を掛けても答えはゼロになるのと同じことだ。……あんな連中、俺ひとりで十分だ。手助けなんぞ要らねえ。おまえは店番に専念してろ」
そしてボニーは、満たされない好奇心を抱えたまま、店を出て行く店主の後ろ姿を見送るしかなかった。
農場主や近所の店の経営者が、クリヤキンの子分に嫌がらせを受けて店主に助けを求めに来る回数は、意外と多いことがわかった。ほとんど三日に一度の割合でそういうことが起こる。ボニーも、話を聞くまでは気にもとめていなかったのだが――「ちょいと留守番を頼んだぞ」と言って店主がでかけて行くことは、そう言えばこれまでにもちょくちょくあった。
でかけた店主は、いつも無傷で戻ってきた。
まるで単なるお得意先回りに行ってきただけのような、平然とした無表情のままだった。
出先で何が起こったのかボニーは想像することしかできなかった。
正直言って、地元の土地争いになんか興味はない。クリヤキンとの争いに好んで首を突っ込んでいくつもりもない。それに、暴力的な事柄からはもう足を洗おうと決めたのだ。まじめな市民として平穏でまっとうな生活を送るのだ。
しかし、店主が戦うところを見てみたい――口で言うほど実際に強いのか、この目で確かめたい、という欲求がどうしようもなくボニーをとらえていた。
これまでのところ、そんなチャンスは一度も与えられなかった。いくら頼んでも店主はボニーを戦いの場に連れて行こうとはしなかったからだ。
店主の銃さばきはまさに神業と呼ぶにふさわしい、というのが現場を目撃した客たちから聞き出した噂だった。それがボニーの好奇心をいっそうかき立てた。
いっそあたしが自分でどこかの農場を荒らしに行こうか、とボニーは半ば本気で考え始めていた。
そうすれば、自警団として出動してきた店主の戦いぶりをこの目で拝めるだろう。店主がどれだけ強いかも、十分わかるはずだ。十分すぎるぐらいに。
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