相棒はあいかわらず筋肉で勝負してます
仕事が終わると、中央広場の近くにある酒場に立ち寄って一杯やる。それがこのところのボニーの日課だった。
風雨にさらされた古ぼけた扉を押し開くと、中では男どものどんちゃん騒ぎが展開していた。
安っぽいシャンデリアに照らし出された店内は、喧騒とアルコールの蒸気でむせ返っている。所狭しと並べられた丸テーブルで、顔を赤くした屈強な男たちが飲みかつしゃべり、騒々しい笑い声をあげ、カードゲームに興じている。
きわめて男臭い空間で、二十歳にもならない乙女が立ち入るような場所ではなかったが、ボニーは周囲の喧騒に目もくれなかったし、客の誰もボニーにちょっかいをかけようとしなかった。
常連客はすでに、ボニーのことを知っているのだ。この店の名物用心棒の友人として。
まっすぐカウンターへ向かい、バーテンダーに酒を注文する。
するとボニーの隣のスツールにふわりと腰を下ろした人物があった。
「……さすがに今日はもうクビになりましたわよね、ボニー? どんな我慢強い雇い主でも、もう限界のはず」
おっとりした口調で無遠慮な発言をかましつつ、長いプラチナブロンドを揺らして小首をかしげてみせる。
キャンディ・ダビッドソンは高級な人形を思わせる外見の持ち主だった。
端正な顔立ち。なめらかで柔らかい肌。
フリルをあしらった白いワンピースがスレンダーな体型を引き立てている。
長い睫毛の下から見上げる無邪気なブルーの瞳に、魅せられてしまう男も少なくないはずだ。無骨なダグル革のガンベルトにこれ見よがしにぶち込まれた二丁の大型レイガンさえなければ。
ボニーは満面の笑顔できっぱり首を横に振った。
キャンディは目を丸くした。
「うっそぉ♪ 今回はやけに長く続いてますこと。もうこれで八日目でしょう? 新記録ですわね」
「うん。今の仕事、あたしに向いてるみたい」
ボニーは、店主が聞いたら目をむいて抗議しそうな事を自信たっぷりに言い切った。
ナザレ・タウンへ流れ着いて以来のボニーの職歴は、多彩にして華麗だ。
郊外の鉱石採掘現場へ就職。運搬車のハンドル操作を誤って現場監督を轢き殺しかけ、半日でクビ。
農場へ就職。肥料と、ダグルと呼ばれるこの星特有の家畜に与える飼料とをうっかり間違え、ダグルを下痢にさせた上に畑の苗まで駄目にしてしまったため、二日でクビ。
町の中心地にある食堂に就職。ウェイトレスとして働き始めたが、無事にお客のテーブルまで運べた皿より落として割った皿の数の方が多いという有様だったので、一日でクビ。
鍛冶屋に就職。工具の修理につい夢中になり、溶鉱炉の管理を任されていたことを忘れてしまったため、あやうく大爆発を引き起こしかけ、三日でクビ。
――その他、似たようないきさつでクビになった仕事がいくつかある。共通点は、まじめにやっているにもかかわらず三日以上続いた試しがない、ということだ。クビにならずに一週間以上も続いているなんて奇跡に近いと言ってもよい。
「それにしてもわかりませんわね。どうしてそんなに、カタギの仕事にこだわるのかしら? あなたほどの腕があれば、いくらでも、もっと割のいい仕事があるのに」
首をかしげるキャンディに向かって、ボニーはきっぱり答えた。
「あたしはまじめに、静かに暮らすって決めたの。暴力も撃ち合いも、もううんざりなのよ。そういうのは戦争でいやって言うほどやり尽くしてきたしね」
「だけど、あなたって……」
キャンディは言いかけてやめた。たぶんその後に出そうとしていた言葉は『まじめな仕事には全然向いてないでしょう?』だ。
戦争中、ボニーもキャンディも、他の数千人の適合者と同様に、人間を細胞レベルで
昨年戦争が終わり、除隊と同時にゴライアス・プログラムのアンインストールが行われた。そして強化兵の身体能力も人並みに戻った。
訓練によって身につけた射撃や体術の腕前は、まだ残っている。体がコツを覚えている。けれどもそれ以外は戦争前の状態に戻ってしまった。
つまり、もともと不器用でうっかり者だったボニーは、戦闘技能以外は、元の不器用なうっかり者に戻ってしまったのだ。普通であれば学問を修めたり仕事に必要な技能を学んだりする十代後半の時期を、戦いに明け暮れて過ごしていたため、平和な世の中で生きていくためのスキルを何一つ持っていない。
――射撃とケンカ以外に能のない不器用者。
確かに暴力の世界で生きるのがいちばん早道だ。酒場の用心棒を務めているキャンディみたいに。
ボニーは酒をすすりながら、今日一日の出来事を相棒に話して聞かせた。
キャンディは呆れたりツッコんだりしながら聞いていたが、やがて、
「ところで……あなた、まさかその恰好でお店に出てるんですの?」
と、あらためてボニーの頭のてっぺんから爪先までをしげしげと眺めやった。
「ん? そーだけど? 今仕事帰りだし」
「信じられませんわ! ノーメイク! 髪の毛ぼさぼさ! しかもその、肥料とか入ってるズダ袋に穴を開けて着てるだけ、みたいな服! 人前に出る姿じゃありませんわよ!」
「……キャンディ。あんたちょっと言い過ぎ」
ボニーはむっとしてグラスに鼻先を突っ込んだ。服装に構っていないのは本当だ。清潔感さえあればOKだろう、と勝手に自分で思い込んでいる。今日も、洗いざらした男物のシャツに丈夫さが取り柄の作業ズボン、作業靴、というスタイル。髪の毛は一見ぼさぼさだが、いちおうブラッシングぐらいはしている。
キャンディは手を伸ばし、少しでも整えようとボニーの髪に触れた。
「ボニーは素材は悪くないんですから、気を使えば、まあまあ見られるようになるのに。私の服を貸してあげるって、いつも言ってるでしょう?」
「あんたの服、胸の辺がキツいから嫌だ」
「……うぐ~~~っ……言ってはいけない事をさらっと言ってくれましたわね、ボニーッ……! 表へ出なさい。あなたとはいつか決着をつけなきゃいけないと思ってたんですのよ」
ボニーは、ふくらみの乏しい相棒の胸元を眺めながら、「暴力はんたーい。従業員のくせに、客にからんでもいいんですかー?」と、わざとらしい棒読み口調で言ってやった。
キャンディは怒りの溜息を吐き、しぶしぶ握り拳をほどいた。ふくれっ面のまま、
「私が言いたいのは、店番だったら、可愛くしておくのも仕事の一部だってことですわ。あなたがもっと女らしければ、店長さんだって少しは優しく扱ってくれるかもしれませんわよ」
ないないない、それだけは絶対にない、とボニーが激しく力説している時。店内の喧騒を裂いて、かぼそい女の悲鳴があがった。
店の入口近く。
羽振りの良い鉱山主、といった人相風体の体格の良い大男が三人陣取っているテーブル。
着飾った針金みたいに痩せこけた女給が男の一人に腕をつかまれ、膝の上に引き倒されていた。
大男たちは遠目にも分かるほど泥酔していた。顔が真っ赤だ。
「やめてっ、何すんのよっ」
女給は抵抗したが、男の大きな手が簡単にその体を押さえつけた。
別の男が女給を抱きすくめ、無理やり唇を押しつけようとした。
その時になって初めて大男たちは気づいた。酒場の店内がいつの間にか静まりかえっていることに。ピンを床に落としても聞こえそうな静寂だ。
期待と興奮に満ちた異様な雰囲気が満ち満ちている。
三人組の大男は、散歩にでかけるお嬢様のように優雅な足取りで近づいてくるキャンディを、ぼんやりと眺めた。
「そういう事がなさりたいのなら、隣の『モリーの店』に行っていただかなくては。うちは静かにお酒をたしなむ上品なお店。うちの店員は、お触りサービスには対応しておりませんのよ」
にっこり微笑みかけるキャンディ。
酔った大男たちも、キャンディの腰に下がっている馬鹿でかい銃を目にしなかったはずはないが、その微笑みの可憐さにうっかり気をとられてしまったのかもしれなかった。
「なんだよ、ねえちゃん。おまえが相手してくれるって言うのか?」
お決まりのセリフと下卑た笑い声と共に、男の一人が手を伸ばしてきた。
キャンディはその手首をがっしりとつかんだ。
そしてほんの一動作で、大男の体を軽々と振り回して投げ飛ばした。
あり得ない勢いで男の体は宙を飛び、実用性より装飾性の方が勝っている木製のスイングドアをほぼ無抵抗で突き抜けて、そのまま店外へ消えて行った。
地面に叩きつけられた男の「ぶぎゃっ」という悲鳴は、店内で湧き起こった轟然たる歓声にかき消された。
「うおーっ、出たーっ、見事なサテライトスルー!」
「いいぞ、キャンディ、もっとやれー!」
「おまえの鬼神のごとき強さを俺たちに見せてくれー!!」
客たちが総立ちになって拍手喝采している。
何だこれ、とボニーは呆れた。
用心棒キャンディの強さはすでにナザレ・タウン全体に知れ渡っており、この酒場でトラブルを起こすような命知らずな町民は一人もいない。常連客は皆、町外から来た何も知らない奴が面倒を起こしてキャンディに成敗されるのを楽しみに待っているのだ。
「皆さん、声援どうもありがとー!!」
明るく笑って周囲に手を振ってみせるキャンディ。
ボニーはバーテンダーに向き直り、酒のお代わりを頼んだ。背後から「悪かった頼む止めてくれ」という男の泣声と悲鳴、そしてさらなる歓声が聞こえてきたが、ボニーは振り返らなかった。キャンディがあんな酔っ払い相手に手こずるはずはないから、見ていたって無駄なのだ。
確かに用心棒稼業もそれなりに楽しそうだ。やってみたいとは思わないけど。
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