時雨の答えは凛として

エリー.ファー

時雨の答えは凛として

 勇者として。

 魔王を討伐するものとして。

 人類の希望になったものとして。

 パーティを率いるものとして。

 魔王を討伐する前に、とある谷に寄った。

 地名は星屑の谷、であったか、なんであったか。そんなところに意味はない。

 私は記憶するのに好都合な文字の並びを求めてはいない。気が付けばそこにいて、気が付く前にはここに呼び寄せられていた。

 これが、引き寄せる、というものなのか。

 そう、感じた。

 本来、この場所を訪れる頃には魔王の討伐のために必要なパーティのメンバーは集まっているはずだろう。

 しかし。

 もう、私一人だった。

 賢者も、遊び人も、魔法使いも、剣士も。

 皆、途中でパーティを抜けた。

 勇者のパーティに入れる者は、ある紋章が浮かび上がる、という謎の現象がある。

 それが発見されれば、勇者と共に選ばれし存在として魔王討伐を行う仲間ということになる。

 あくまで。

 選ばれたというだけで。

 選ばれたかった、という者は一人もいなかった。

 死刑執行人と同じである。

 悪人を殺す存在がいて欲しいと誰もが思うが、その悪人を殺す役目を背負わされて毎日のように人を殺すことを生業にはしたくはない。

 それが本音である。

 別に魔王を殺すためのパーティが死刑執行人集団であると言いたいわけではない。重要なのは、皆が外れくじをひきたくないと思っているということなのだ。


 賢者は、女性だった。年上の女性だった。花屋をしたかった、そう言った。

 クレデネアの町で花屋の主人に頭を下げて、身分を偽って賢者を雇ってあげてほしいと頭を下げた。

 主人は納得してくれた。

 賢者は深々と頭を下げて、賢者から花屋の娘になった。


 遊び人は、元々自分の両親を探していた。

 センデネという港町で、体を壊し一日中病院にいる男がいた。

 遊び人の父親だった。

 遊び人が、いつも悪態をついていた口で。

 ここにいさせてほしい、父親の看病がしたい。

 と懇願してきた。

 言われなくてもそうするつもりだった。

 遊び人は泣きながら土下座をして、遊び人から孝行息子になった。


 魔法使いは、子供の頃から魔法の研究がしたかった。

 国全体が日照りで、農作物がまともに育たないときも、天候魔法を使うことで、ある程度は改善が見込めることに注目していた。

 素晴らしいアイデアではあったが、資金だけがなかった。

 ホトラールドという町で、魔法使いはある年老いた資産家に会うこととなった。

 私は魔法使いに気づかれぬよう、魔法使いの考えをその資産家に伝えた。

 資産家は感銘を受け、資金提供を行うと約束してくれた。

 翌日、私は魔法使いにパーティを抜けて資産家と共に研究を進めるべきだと伝えた。

 魔法使いは、パーティに自分は必要ないのか、と。このパーティの結束はそんなものだったのか、と叫び。最後には戦いになった。

 口もきかずに、魔法使いをその町に残して、先に進んだ。

 旅の途中で新聞に、魔法使いが何かの研究で成果を上げたことが報じられていた。

 魔法使いは熱心に研究を続け、魔法使いから研究者になった。


 その頃にはパーティは、勇者である私と剣士だけになっていた。

 剣士は、途中で病にかかっていると告白した。

 全盲になり、何も見えなくなると。

 戦いが進むにつれて攻撃が当たらなくなり。

 そして。

 コンドノアルという小さな町で、とうとう何も見えなくなった。

 そこで出会った年下の少女が、剣士の心に触れ。

 そして、惹かれ合った。

 剣士は、この町に居続けることが幸せであることに気が付いていた。

 しかし。

 剣士は責任感の強い男だった。

 私は気づかれぬよう町に彼を置いていこうと考えた。

 決行する日の前夜。

 剣士が手紙をくれた。

 一行だけ。

 お前は優しいな。

 とだけ、書かれていた。

 剣士は何も言わずに、剣士から村人になった。


 私は、それらのことを思い出し、口に出し。

 その谷に住む占い師にすべてを語った。

 感情も、すべてさらけ出した。

 私は静かに息を吐いた。

 寒くもないのに、白い息だった。

 占い師が私の手を取る。

「このままでは、間違いなく貴方は魔王に負けるでしょう。それでも行きますか。」

「もちろんだ。」

「命を無駄に散らすことになります。それでも向かいますか。」

「もちろんだ。」

「我の占いを信じていないのですか。」

「もちろんだ。」

「何故ですか。」

「ここに来るまでの決断に、間違ったものはなかった。魔王を倒しに行くという私の決断にも、間違いはない。」

「勇者が魔王に負けること自体はよくあります。だったら不戦敗よりも戦って負けた方がいいということですか。」

「何が言いたい。」

「パーティを抜けていったメンバーが、自分が抜けたせいで戦えなかったのか、と罪悪感を持たせないようにするための配慮ですか。」

 私は息を長く吐いた。

「さあな。」

「何故ですか。」

「何故だろうな。」

 私は空を見上げた。

 小雨の裏に、黒い夜空と、白い星々が見える。

 本当に。

 本当に。

 本当に。

 綺麗だった。

「私が。勇者だからかな。」

 

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