陸・見返り・新しい流れ
今、動画投稿者界隈では新しい流れがきている。
ついこの間までは、『〇〇してみた』といった無謀チャレンジ系の動画が流行っていたのだが、今ではすっかりそういった系統の動画の人気は陰りを見せている。流行というのは移ろうものだとは言うが、こうも早く移ろってしまっては、動画投稿者である私としてはたまったものではない。
「ヘイ! ムービー、オーケイ?」
今私は、その新しい流れに乗ろうと、見知らぬ国の港町にいた。
所持品は愛用のカメラと日用品のみ。裸一貫で日本を飛び出して、ここで何か国目になるだろう。
「オウ! オーケイオーケイ!」
「センキューベリマッチ!」
その港町にいた水夫と思われる男にカメラを向けると、快く撮影を許可してくれた。きっと私以外にも同じことをしている動画投稿者がいたのだろう、私が何を求めているのかを理解してくれたようで、手にしていたモップを私に手渡した。
「クリーニング、イン、シップ。オーライ?」
「オーケイ! ドゥ、マイ、ベスト!」
つたない英語で肯定の意を示すと、脇をしめられないほどの筋肉を携えた水夫は満面の笑みで私にサムズアップしてみせた。気のいい男だ。当たりを引けたと確信し、私も満面の笑みでそれに応える。
「オーケイ! カムヒア!」
こっちへ来いと手招きする水夫の背中を追いかけて、私は港に泊められていた大きな船へと乗り込んだ。そして、他の水夫に混じって船首の床へモップを押しやり、清掃に励んだ。
動画投稿者界隈の新しい流れとは、ヒッチハイクである。
それもただのヒッチハイクではない。捕まえるのは車ではなく、船。移動するのは陸ではなく、海。港に泊まった船乗りを捕まえて、陸から陸へ、その大移動にご一緒させてもらうのだ。
従来のヒッチハイクとは違って、さすがに見ず知らずの人間をタダで乗せる訳にはいかないだろう。というわけで、船に乗せてもらう見返りとして、数日間雑用を手伝うのがもっぱらとなっている。
『大海原ヒッチハイク』と呼ばれた動画は一年前に初めて投稿され、爆発的なヒットとなった。自分もその新しい流れに乗らなければと、様々な動画投稿者がその『大海原ヒッチハイク』にチャレンジしだした。私もその一人である。
「オーウ、ジャパニーズ! グッドグッド!」
「イエーイ! センキュウ!」
この流行は世界中の水夫にも知れ渡っているようで、港町でカメラを構えようものなら、彼らは喜んで近づいてくる。この無謀なチャレンジだが、そういった事情もあって思いの外スムーズに事は進んでいる。
「オーケイ! レッツゴー!」
「レッツゴー!」
私は三日間みっちりと船内の清掃をこなし、水夫たちともかなり打ち解けることができた。もちろんその合間に動画を撮影することも忘れない、取れ高は十分と言えよう。
そうして、ヒッチハイクに成功した船は港を出て大海原へと進みだした。その出航を水夫たちと祝い、私たちはカメラに笑顔とピースサインを向ける。海の男たちは、この無限に広がる海のように大らかで温かい。
「センキュージャパニーズ!」
「センキューベリマッチ! グッドラック!」
「グッドラック!」
航海は順調に進み、数日後には目的地の港へと到着した。陸から陸へ、大規模なヒッチハイクは今回も無事に成功したのだ。互いの幸運を祈って抱き合い、別れを惜しみつつ私は水夫と別れた。
「はい、という訳でね! 今回のヒッチハイクも大成功! いい人たちでしたねえ、涙が出そうです……。でもね、別れは次の出会いへの布石です! さあ、次のヒッチハイク先を探しましょう!」
彼と別れたあと、私はカメラを自らに向け、わざとらしく大きな声でそう叫んだ。これはただテンションが上がっているだけではなく、『大海原ヒッチハイク』をしていると周囲にアピールするためだ。このヒッチハイクが有名になってからというものの、このようにカメラに向かって話していると、向こうから声をかけてくれるのだ。
しかし、今日は事情が違った。
私がカメラに向かって話していても、人々はこちらに目もくれない。それどころか、人の姿すらまばらである。
「……あまり人がいませんねえ。ちょっと人を探しに行ってみようと思います」
しばらく港をうろついていると、ひらけた所にかなりの人だかりができていることに気が付いた。なにか祭りでもやっているのだろうか、それとも有名人でもいるのか、まさか私と同じ動画配信者でもいるのだろうか。
期待と不安とを同時に感じながら人だかりへと近づいていくと、その中心には予想の遥か上をいく存在があった。
『私は銀河系の遥か遠くにあるM星雲からやってきた宇宙人です! 私はですね、宇宙ではちょっと名の知れた動画配信者でしてね、今は宇宙規模のヒッチハイクに挑戦しています! 訪れた星で燃料を頂きながら、星から星を巡っているのです!
勿論、タダとは言いません! 見返りに、M星雲のテクノロジーでなんでもしますよ! 地球の宣伝もいたします! ああ、ありがとうございます、今地球の方から石油を頂きました! いやあ、地球は暖かい星ですねえ!』
自らにカメラのような物を向ける、全身銀色の、自称宇宙人。
流行というのは移ろうものだ。
だがしかし、この新しい流れには、さすがに着いていけそうもない。
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