前世・箱・ファミコン

『マザーコンプレックス、略してマザコン。

 シスターコンプレックス、略してシスコン。

 ブラザーコンプレックス、略してブラコン。


 色々なコンプレックスの形が昨今にはあるが、母が好きであったり父が好きであったり兄弟が好きであったり――それの何がいけないことなのだろうと、僕は思う。母に愛情を感じるのはもちろんだし、姉を大切に思うは当たり前だし、兄を尊敬するのも当然と言える。


 僕は母も姉も兄も、家族全員を愛している。この家族よりも大切なものなど、この世にはありはしないだろう。


 言うなれば、ファミリーコンプレックス――『ファミコン』とでも呼ぶべきだろうか。


「母さん、洗い物終わったよ」

「……」


 けれども、母は僕に何も言わない。


「姉さん、最近学校はどう?」

「お前に関係ねえだろ」


 姉は、僕にそっけない。


「兄さん、勉強教えてよ」

「これから出かけるんだよ、うぜえな」


 兄は、家に寄りつかない。


「……はあ」


 思わず、大きな溜息が出てしまう。

 僕が愛してやまない家族は、それぞれがバラバラである。関係は冷え込み、まともな会話など一切ない。単に血のつながりがあるというだけで、この家という小さな箱の中で生きているというだけで、それ以上の何かがここにはない。


 どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 その原因はわかっている。この永久凍土のように冷たい家庭を作ってしまった原因に、僕は目を配らせた。


 居間の隅にある遺影。

 この家族の大黒柱であった男、この家族の父であった男の写真が、そこにはある。


 そしてそれは、僕の前世の姿だ。


 妻――今の僕の母が次男を身籠り、出産予定日を数週間後に控えた日であった。僕は妻が入院する病院へ向かう途中、居眠り運転のトラックに轢かれ、この世を去った。


 だが目を覚ますと、愛した妻の顔が目の前にあった。

 名前を叫んで抱きしめようとするも、声は泣き声にしからならず、手も届かない。看護師に抱きかかえられた時、はじめて自分が赤ん坊の姿をしていることに気が付いた。


 その瞬間、僕はすべてを悟った。

 妻が身籠っていた次男に、僕は転生したのだと。


「母さん、そろそろ風呂に入った方がいいよ」

「……」


 これでまた家族をやり直すことができるのだと、僕は心の中で歓喜していたのだが、僕たち家族を待ち受けていたのは過酷な現実であった。


 僕が亡くなったことで、妻はすっかり心を病んで塞ぎこんでしまった。

 この小さな箱の中は暗く淀んだ空気で一杯となり、子供たちはそれにすっかり毒されてしまった。


 長女――姉はすっかりと擦れてしまい、柄の悪い連中とばかりつるむようになった。長男――兄は夜遊びを覚え、家に帰ることも少なくなってしまった。


 幸せが広がるはずだった、この小さな箱。

 夢と希望で満ちるはずだった、この小さな箱。

 子供の笑い声とともにあるはずだった、この小さな箱。


 それを壊してしまった父である僕が、家族を何とか繋ぎ止めなければならない。

 家族を愛する『ファミコン』として、僕にできることは何でもする。


 さあ、これから何ををををををををををを』



「ちょっと父さん! 今ファミコン蹴ったでしょ! もう、いいところだったのに、固まっちゃったじゃん! あーあ、また最初からだよ。話が盛り上がってきたところだったのになあ。この箱は衝撃に弱いから困るよまったく」



『マザーコンプレックス、略してマザコン。

 シスターコンプレックス、略してシスコン。

 ブラザーコンプレックス、略してブラコン。


 色々なコンプレックスの形が昨今にはあるが――』

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