素数・健康診断・職業病
私は数学者だ。
毎日様々な数式や数字と向かい合っているせいか、私には少し変わった職業病がある。
「わかった。ではこの荷物はあなたのご自宅へ郵送する。住所を教えてくれないか」
「はい。M町512-9です」
「おお、素晴らしい住所に住んでいるね」
「はい?」
「512は、2の9乗だ。まるで示し合わせたような住所じゃないか。いやあ美しい」
その職業病とは、見聞きした数字に対してとにかく色々と分析してしまうことだ。
思えばこの癖は、小学校の頃に友人とした『車のナンバーの数字4つを使ってぴったり10にするゲーム』から始まったと思う。
例えば、ナンバーが『51-32』だったとする。この4つの数字を足したり引いたりして、10を作る。この場合、『5×(1+3)÷2=10』といった具合にだ。
なんてことはない、下校時の小学生が暇つぶしにするゲームだ。だが私は、これにどっぷりと浸かり、数字の虜になってしまったという訳だ。
特に私が愛してやまないのは、素数だ。
1とその数字自身しか約数をもたない、孤高な数字。信じられるのは己だけ、という意思を私はこの数字から感じてしまうのだ。とても儚く、気高く、そして美しい。
私の素数へのこだわりは非常に強く、車のナンバーは『23-73』としている。23と73が素数であることもさることながら、2も3も7も素数という、お気に入りのナンバーだ。
住所もすべて素数となる土地を血眼で探した。その結果、『2丁目503番地11号』という素晴らしい土地に住むことができている。
携帯番号も、下4桁が素数となるまで番号を変え続けた。
映画は『13日の金曜日』をこよなく愛し、『109』で買った洋服を身にまとい、朝食用の食パンは5枚切りを必ず買う。ちなみに今朝の朝食は納豆だったが、きちんと23回かき混ぜた。
といった具合に、私の素数好きは日常生活にまで及んでいる。街中で見かける数字はすべて素数かどうか判定し、階段は常に段数を数えて歩き、食事を咀嚼する回数も気に留める。
この職業病を他人に話すと、必ず怪訝そうな顔をされる。そして、『そんなに数字を気にして疲れないか』とも聞かれる。そして私は必ずこう返す。『楽しくて仕方がない』、と。
本日は5月23日。月も日も素数の素晴らしい日に、とても憂鬱なイベントが私を待っていた。年に一度の保健指導である。
そろそろ初老と呼んでも差し支えない年齢に加え、日々の偏った食生活のせいもあり、毎年良くない結果が出てしまうのだ。今年も相変わらず悪い結果が出て、再検査を行った。その結果報告を兼ねたのが、本日の保健指導である。
「再検査の結果が出ましたよ」
「悪いでしょうな。あと数キロで体重が71キロになるとわかって、再検査に向けて暴飲暴食の限りを尽くしましたから」
「体重はまあギリギリ適正範囲なんで問題ありません。他も尿酸値と中性脂肪が少し高めですが、そこまで心配することもないでしょう」
それを聞いて安心するもつかの間、医者は眉間にしわを寄せ、重苦しい雰囲気を身にまといながら口を開いた。
「ただ血圧が高いですな。御歳のこともありますから、血圧は気になされた方がいい」
「いくつですか」
「下が100、上が166。高血圧ですな」
その数字を聞き、私は大いに落胆し、頭を抱えた。
「やはりショックですか。これからは塩分を――」
「なんてことだ。上も下も、あと1ずつ高ければ、両方素数だった。先生、血圧をあげるにはどうすればよいですか。来年までには必ず両方素数にしてみせますぞ」
今度は医師が大いに落胆し、頭を抱えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます