第9話 遭遇
次の日の朝、順一はテレビのニュースを見ていた。最初のうちはあまり関心のないニュースばかりだったが、ふと気になるニュースが目に入った。
『東京都鳩羽市鳩羽町にて謎の病が確認されました。この病に感染したと見られる患者は現時点で15人ほどで、さらに増えるものと推定されています。鳩羽町へ向かう公共交通機関は概ね運転を見合わせ……』
「15人!?これはマズイな……。レイラの奴にも知らせないと」
順一はリビングから二階へと上がる。今日は土曜日だが、母が取材のために北海道に行っているため、家には順一とレイラの二人だけだ。
今はちょうど9時を回ったところで、レイラはまだ起きてきていない。せっかくの休みなのだから、起こすのも悪いと思い放っておいていたが、状況が状況なので起こすしかない。
「おい、レイラ!大変だぞ!もう被害がかなり……」
順一が大きな声で言いながら部屋に入ったというのに、レイラは起きなかった。順一はレイラのベッドのところまで歩いて行く。
「おい、起きろ!今大変なことに!」
「けほけほ……。どうしたの?ジュンイチ」
レイラがようやく体を起こしたが、かなり調子が悪そうだった。時折咳き込み、顔色も良くない。順一はレイラの額に手を当てる。かなり熱い。熱があるようだ。
「大丈夫か?まさか兎の魔神に?」
レイラは首を横に降る。と言うことは普通に風邪を引いただけなのだろう。順一は安堵した。熱で辛いところ申し訳ないが、今起きている事態は伝えなければならない。
「レイラ、落ち着いて聞いてくれ。もう兎の魔神の被害者が15人も出てる。さっきニュースでやってたんだ」
「えっ、もうニュースに……?」
「ああ。でも、お前は休んでいてくれ。俺たちでなんとかする」
順一はレイラからクリスティーヌの連絡先を聞き、電話を掛ける。そして、状況を説明する。電話の向こうのクリスティーヌの声は少し不安げに聞こえた。
『わかったわ。確か響の連絡先は知らないんだったよね』
「そうですね」
『響には私から連絡しておくわ。……状況が状況だし、手分けして探しましょう。でも、兎の魔神を見かけたらすぐに私に連絡すること。今のあなたが兎の魔神と戦うのは危険すぎる』
「分かりました。俺は家や学校の近くを探してみます」
『よろしくね。あ、あとレイラに絶対に無理させないでね。あの子、真面目すぎる所あるから』
「分かりました。……失礼します」
順一は電話を切るなりすぐに紡に電話する。直接訪ねてもいいような気がするが、出来るだけ早い方がいいだろう。
「もしもし、紡。今日は平気か?」
『どうしたの?なんだかすごい慌ててるみたいだけど』
「レイラが熱を出したんだけど、ちょっと見てやってくれないか?俺は出かけなくちゃなんなくて」
『兎の魔神?ニュースでやってたよ。大変なんだってね』
「ああ。急いで本体を見つけなくちゃな。と言うわけで、引き受けてくれるか?」
『分かった。今から行くね』
通話が切れる。程無くして玄関のチャイムが鳴る。ドアを開けて紡を招き入れる。
「おばさんはなんも言わなかったのか?」
「大事な友達なんだから行ってあげな、って」
「そっか、本当助かったよ」
紡をレイラの部屋まで案内し、順一は急いで一回に戻って家にある常備薬を片っ端から手に持ち、持っていく。ついでにタオルを水に濡らし、薬の山の上に置く。二階のレイラの部屋に戻ると、紡が何かを探していた。
「ねえ、順くん。熱って測った」
「いや、測ってないけど……。たしか、体温計がリビングの棚にあったな。取ってくるよ」
もう一度階段を駆け下り、体温計を持っていく。途中階段で躓きそうになったがなんとか持ちこたえた。
レイラの部屋に持っていき、紡に渡す。紡はレイラの体温を測る。画面には38.6℃と表示されていた。
「思ったよりひどいね。病院に行った方がいいかも」
「病院か……。そう言えば、レイラは異世界人だから保険って……」
「ごめんなさい、ホケンって物には入ってないわ」
レイラはそれだけ言って咳き込む。これは本当に病院に行った方が良さそうだ。順一は財布を取り出す。中身を見ると500円玉が1枚と10円玉が3枚、1円玉が7枚しか入っていなかった。
「レイラは、いくらくらいお金持ってるんだ?」
「3万円くらいだったと思う」
「とりあえず、行ってみて足りなかったら最悪母さんが帰ってきたら払ってもらうって感じにするしかないな」
「いや、うちのお母さんにも一緒に来てもらうよ。頼んだら来てくれると思うし、お金のことも後で考えればいいし」
「分かった。その辺は任せるよ。俺はそろそろ行くよ」
順一は部屋から出て、自室から小さめのバッグを持ち出し、急いで外に出る。早く兎の魔神を見つけなくちゃならない。
確か、公園などの草の茂みに現れることが多い。とりあえず、そこを重点的に探すことにする。昨日絞り込んだ行動範囲には公園は四つほどあり、そのうちの2つが駅を挟んだ逆側、残りの2つがこちら側にあったはずだ。
しばらく探していると、親友の守と山田の二人が歩いているのを見かけた。もしかしたら兎の魔神を見かけたりしているかもしれない。
「よう、守に山田」
「涼城じゃないか。俺たちこれからゲーセン行くんだけどお前もどうだ?」
「悪い、今それどころじゃないんだ。……兎を探しているんだけど、見なかったか?」
「ウサギ?見ていませんぞ。ペットでも逃げたのですかな?」
「あ、ああ。そんなところかな」
手がかりは無しだ。二人と別れてから、順一は1つ目の公園に向かう。公園にはそれなりに人がおり、ウサギがいたらちょっとした騒ぎになりそうだ。だが、そんな様子はない。となると、ここにはいない可能性の方が高い。
一応、草の茂みなどの怪しいところは調べておく。しかし、兎の魔神はどこにもいなかった。
次にもう1つの公園に向かう。こちらの公園はさっき探した公園よりも規模が小さく、人も少ない。公園に着いて周りを見渡しても人は3人しかいなかった。
とりあえず、怪しいところを調べてみるが、やはり見つからない。
順一はスマホを取り出し、ツミッターを調べる。どうやら、10分ほど前に兎の魔神に関するツミートがあった。どうやら病院に現れたらしい。
「……病院?紡達が危ない!」
普段ならレイラに任せておけばなんとかなるだろうが、今は状況が違う。とてもじゃないがレイラは戦えるような状態じゃない。
順一は病院の方へと駆け出した。
◆◆◆◆
紡は体調不良のレイラを連れて病院に向かっていた。頼んでみたところ、母も付いてきてくれることになり、一安心だ。
しばらく歩いていくと、白くてふわふわとした何かが、草の茂みから飛び出してきた。紡はとっさに避ける。その何かは道路の真ん中に着地し、こちらを見据えていた。
ウサギだった。きっとレイラや順一が言っていた兎の魔神だろう。すぐに順一に連絡しないと。そう思い、ポケットのスマホに手を伸ばす。
「あら、こんな街中にウサギなんて珍しいわね」
「……下がっていてください。あのウサギは危険です」
レイラが紡達親子の前に立つ。フラフラで今にも倒れそうだ。紡は急いで順一に電話をかける。しかし、彼は電話に出なかった。気づいていないのだろうか。
「あのウサギが危険って……」
「あのウサギは普通のウサギじゃ……ないんです!とにかく逃げて……」
「何言ってるの?レイラちゃん、ウサギに毒があるなんて聞いたことないわ」
「……原因不明の病、アレが原因です」
レイラは息を乱しながら言った。風が強く吹き始める。先程まではほぼ無風だったというのに、レイラの魔法だろう。初めてみるが、本当に魔法があったなんて少し感動さえ覚える。
「レイラちゃんはどうするの?」
「私は……戦う。それが役目だから……」
気がつけばレイラの手に刀の柄のようなものが握られていた。
「無茶だよ!レイラちゃんも一緒に逃げよう!」
「私は、逃げちゃダメなの……。二人は早く逃げて!」
「……お母さんは先に逃げてて。あたしは、残る」
「いったい二人とも何を言っているの?どう見ても可愛らしいウサギじゃない」
ウサギが勢いよくレイラに突進する。レイラの体が宙に浮き、紡の前まで飛ばされてきた。あの小さな体に人一人を吹き飛ばすだけのパワーがあるなんて、ありえない。多分、魔法だ。兎の魔神も魔法を使うことができるのだ。
紡はレイラに手を差し伸べ、起き上がらせる。今の本調子じゃないレイラでは勝てないかもしれない。それでもレイラは向かっていく。
「『風香参式・空蝉うつせみ』!」
レイラが刀の柄を振る。道路の一部が削れた。凄まじい威力だ。しかし、兎の魔神には当たっていなかった。
「『風香弐式・風輪』!」
レイラが柄を持ったまま低く飛び、回転した。その周りにはうっすらと風の刃のようなものが見えた。これも兎の魔神には当たらなかった。
兎の魔神がレイラの隙を突き、腕に噛み付いた。レイラはその場でフラりと倒れ込んだ。急いで駆け寄る。先ほどにも増して呼吸が荒く、さらに熱が上がっていた。
紡はレイラを抱えて逃げる。あまり力のない紡には人を抱えて速く走ることなんてできるはずもなく、途中でつまづいて転んでしまう。
兎の魔神がすぐ後ろに来ている。もう逃げられない。
紡はレイラを庇うように立つ。詳しくは聞いていないが、原因不明の病として騒がれている病気の原因らしい。レイラはその病気にもかかってしまった。
怖くないと言えば嘘になる。だが、これ以上レイラの症状を悪化させるわけにはいかない。
「れ、レイラちゃんに手を出すなぁぁ!」
紡は精一杯声を張り上げた。威嚇の意味もあったが、何よりそうでもしないと今にでも恐怖で泣き出してしまいそうだった。
兎の魔神が紡目掛けて飛びかかってくる。
もうダメだ。そう思い目を瞑る。だが、覚悟していた痛みは一切なかった。
目を開ける。そこには紡のよく知る男―順一が立っていた。様子から見てあの兎の魔神を吹っ飛ばしたのだろう。
順一がこちらを振り返り、優しい表情を浮かべた。
「怪我はないか?」
「うん。あたしは大丈夫……。でもレイラちゃんが!」
「噛まれたのか」
「うん……」
レイラの様子を見るなり順一は少し険しい表情になった。やはり、噛まれてしまうとまずいようだ。
「そんな顔すんな。あいつを倒せば謎の病は治るんだ。……俺に任せろ」
そう言い残して順一は兎の魔神の方へ歩いていく。その背中がいつもよりも頼もしく見えた。
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