第7話 犯人は何処へ

 順一と別れた後、レイラは彩香の入院している病院を担任の先生から聞き、そこへ向かっていた。鳩羽総合病院というこの辺りでは一番大きな病院らしい。

 先生に書いてもらった地図を頼りに歩いていると、大きな建物が見えてきた。


「ここが鳩羽総合病院か。おっきいなぁ」


 レイラは病院に入り、面会の受付に向かう。『面会の方はこちら』と書いてある張り紙がしてあったので迷わなかった。


「こちらに入院しているナツメアヤカさんのお見舞いに来たのですが……」

「夏目彩香さんですか……、今病気の原因が分からないという状態なので、大変申し訳ないのですが面会はお断りさせていただいております」

「えっと、原因が分からないからダメなんですか?」

「はい。万が一、未知の感染症の類だった場合、感染の拡大を防ぐため、原則としてお断りさせていただいております」


 受付の女性は淡々と答えた。こちらの世界の医学で分からないということは、魔法が関わっていると見てまず間違いないだろう。

 となると、見過ごしておくわけにはいかない。なんとかして、なんの魔法によるものなのかを確かめなければならない。


「分かりました。ナツメさんがどちらの病室に入院しているかだけ教えてもらえませんか?」

「えっと、B棟の505号室です」

「ありがとうございます!」


 レイラは小さくお辞儀して、正面玄関の方へ向かった。そこに案内図があったはずだ。

 案内図を確認するとB棟は病院の左側にあるようだ。とはいえ、病室棟であるため、入るためには面会証が必要になる。だが、面会はできないと言われた以上、正面から入ることはできない。

 しかし、魔法が関わっている可能性がある以上、強引にでも確かめなければならない。

 レイラは一旦病院の外に出る。こうなれば外側から直接B棟に忍び込むしかない。

 レイラは木の陰に行き、電話を手に取る。あまり使いたくはない手だったが、やむを得ない。


「もしもし、こちらレイラ・シルビエ。取り寄せたいものがあるのですが」

『はい、こちらイミシアン魔術師協会。レイラ・シルビエ特等、取り寄せたいものとはなんでしょう』

「『幽体離脱カプセル』を今すぐこちらに転送していただきたいのですが可能ですか?」

『はい、ただいまお送り致しました。ご確認ください』

「確認いたしました。失礼いたします」


 電話を切る。レイラの手に小さなカプセルが送られてきていた。順一には言っていないが、魔術師は場合によって特殊な道具を取り寄せることができる。

 例えば、『幽体離脱カプセル』は飲めば10分間だけ幽体離脱するというものだが、幽体離脱している最中は本体が無防備になる上、効果が切れるまでは意識を体に戻せない。

 欠点が多い上にレイラは体質的に戻った時に幽体離脱酔いしやすいため、使いたく無かったが、仕方がない。

 急いで涼城家に帰る。幽体離脱している間の安全を確保しなくてはならない。家に着くなり二階のレイラに貸し与えられた部屋に向かう。

 カプセルを飲み込み、ベッドに横になる。だんだんと意識が体から離れて行く。気づけば、レイラの意識は自分の体を見ていた。


「さて、急いで向かわなきゃ」


 レイラは意識体のまま先ほどまで居た病院に向かう。B棟の5階の窓を外から覗き込んだ。全ての窓を見ても彩香の姿は見当たらなかった。確かに受付の人は505号室と言っていたはずだ。

 レイラはすぐに一つ下の階を探す。彩香の病室はすぐに見つかった。その病室に忍び込む。意識体の状態なら壁や窓くらいならすり抜けて移動できる。

 病室では彩香がベッドに横たわり、何やら色々なチューブが繋がれていた。レイラは神経を研ぎ澄まし、魔法の痕跡を探す。

 腕のあたりに包帯が巻かれており、その周りに魔法の痕跡を見つけた。なんらかの原因で怪我をして、それが原因で魔法を受けたのだろう。

 レイラは彩香の症状を思い出す。熱、意識不明、まるで感染症が悪化した時のようだ。

 レイラの頭の中で一つの可能性が浮かび上がる。兎の魔神だ。兎の魔神は、近づいてきた人間を油断させてから噛みつき、細菌型の魔神に感染させる。感染した人間は兎の魔神に魔力を吸収され、体内の魔力の急激な減少により、高熱、意識障害を引き起こす。

 彩香の魔力はこちらの世界の人間の中でも少ない部類だ。耐えられるのは3日が限界だろう。それを過ぎれば命の危険がある。


「早くみんなに知らせないと……」


 レイラはカプセルの効き目が切れるまで兎の魔神を探した。そんな短時間で見つかるはずもなく、効き目が切れて身体に意識が戻る。

 レイラはスマートフォンを手に取る。そして、まずはクリスティーヌにかける。しかし、電話に出ない。この時間は客がいる時間なのだろう。仕方なく、ラインで[兎の魔神 出現 被害アリ]、と送っておいた。

 次に順一の携帯にかける。しばらく待っていると、順一が電話に出た。


「もしもし、ジュンイチ?」

『なんだ、いきなり』

「今、アヤカの様子を見てきたんだけど、彼女に魔法の痕跡があった」

『なんだって!?』


 順一は驚いた様子で、かなり情けない声を上げていた。レイラはそのまま続ける。


「多分、魔神の仕業よ。今回の魔神は中級、この前の百足の魔神よりも危険。早くしないとアヤカの命が危ない!」

『わ、わかった。そいつはどんな魔神なんだ?』

「『兎の魔神』、可愛らしい外見とは裏腹に恐ろしい魔神よ」


 多分とは言ったが、十中八九 兎の魔神の仕業だ。取り敢えず、兎の魔神の容姿と能力を伝えておかなければならない。


「兎の魔神の見た目は普通の白いうさぎとほとんど変わらないけど、暗闇でほんの少し光る特徴があるわ。あと、噛みつかれると体内に細菌型の魔神が入り込んで魔力を奪われるから見つけたら噛みつかれないよう注意して」

『あ、ああ。わかった。でも、魔力を探せばすぐに見つかるんじゃないか?』

「それが難しいのよ。兎の魔神は高いステルス能力を持ってるから魔力探知では探せないわ。手間だけど足で探すしかないわね」

『了解。他には何かあるか?』

「特にないわ。じゃあ、切るよ」


 レイラは電話を切った。これで順一には伝えることができた。あとは響だけだが、レイラは響の連絡先を知らない。

 仕方なく、クリスティーヌへのラインに響にも連絡するように、と付け加えた。

 取り敢えず連絡は済んだので、兎の魔神を探しに行くことにした。家から出て公園に向かった。


「この町にいるはず……。早く見つけないと」


 レイラは町中を走り回った。駅前の商店街から狭い路地裏まで隅々まで調べたが、兎の魔神は見つからない。まさか他の町に移動してしまったのだろうか。

 そんなはずはない。兎の魔神本体が遠くなると細菌型魔神はすぐに死滅する。彩香の症状が続いていることを考えると、確実に兎の魔神はこの町に潜んでいる。


「ダメだ、全然見当たらない……」

「あ、レイラちゃんだ!こんなところで何してるの?」


 話しかけられて、はっと振り向く。そこには紡と順一が立っていた。もう帰るところなのだろう。気がつけば日がだいぶ傾き、午後6時近くだった。


「ちょ、ちょーっと探し物をね」

「え、それは大変だね。あたしも一緒に探すよ」

「いいよ、大丈夫大丈夫」


 一般人である紡を兎の魔神捜索に巻き込むわけにはいかない。ここは一人でなんとかしなければならない。紡の手前、順一も一人だけ残って手伝うなんて言いださないだろう。


「俺も手伝うよ。遠慮するなよ、絶対三人で探した方が早く見つかるぜ」


 レイラは思わずため息をつく。順一はそもそもレイラが兎の魔神のことを言っていることに気づいておらず、本当に落し物をしたと思っているようだ。


「いいよいいよ!お二人さんは先におかえり」

「えー、絶対みんなで探した方がいいよぅ」

「そうだぞ、別に少しくらい帰りが遅くなったって平気だぜ」

「そういう問題じゃないの!」


 二人とも善意で言ってくれているのは分かっているのだが、こうもしつこいと少しイライラしてくる。順一の腕を引っ張り、少し紡と距離を置いてから耳打ちする。


「本当に落し物をしたんじゃないの!兎の魔神を探してるところなの!わかった?」

「なんだよ、だったら二人で手分けした方が早いんじゃないか?」

「ツムギちゃんを一人で帰らせる気なの?私はいいから、二人で帰って!」


 順一はあまり釈然としていない様子で紡の方へ歩いて行った。


「悪い、紡。先に帰っててくれ」

「はい?さっき人の話聞いてましたか?二人で帰っててって言いましたよね私!」

「バカを言うなよ、どう考えても兎の魔神を探すなら二人での方が早いだろ。それに、紡に先に帰って貰えば巻き込むリスクも無い」


 レイラは顔から血の気が引いていくのを感じた。あれだけ魔法や魔神の事は秘密にしておくよう言ったのに、順一はうっかりと一般人である紡の前で言ってしまった。


「……あ、今のは嘘なんだ。兎の魔神ってのはいないぞ。兎なのに魔神なんているわけないじゃないか。ま、レイラの探し物は危険だから紡は先に帰ってくれ」

「それは無理があると思うよ……順くん」

「ねえ、ジュンイチ。あんだけ秘密にしておけって言ったのになーんで口滑らしちゃうかなぁ?おかげで嫌な仕事が増えたじゃない」


 紡が魔神のことを知ってしまった以上、記憶を消さなければならない。それがこちら側イミシアンのルールだ。レイラは制服の胸ポケットから小さな板を取り出す。

 これを相手の頭に当て、魔力を込めればその者の、魔法や魔神に関する全ての記憶を消去できる。

 一応、魔術師の必需品として、常に持ち歩くようにはしているが、大規模な被害が出てしまった場合はイミシアンの方で大規模な記憶操作の魔法が使われることになっているため、使う機会は少ない。


「……ごめんなさい、ツムギちゃん。こうしなきゃいけない決まりなの」

「な、何?怖い顔してるよ、レイラちゃん」

「やめろ!悪いのは俺だ。紡は悪くない!」


 記憶操作装置を使おうとするレイラの前に順一が立ちふさがった。


「そういう問題じゃないの!これは必要以上にこっちの世界に被害を出さないための決まり!それに、消える記憶は魔法に関することだけだから他の記憶には干渉しないわ!」

「そういう問題じゃない!俺は記憶をいじること自体に問題があるって……」

「うるさい!」


 そう言って声を張り上げたのは他でもない紡だった。紡は声を張り上げたからか少し息が荒くなっている。


「レイラちゃんの言う通りだよ。少し怖いけど、あたしはいいよ。魔法に関する記憶が消えても」

「紡……」

「でも、一つだけ確認させて。魔法に関する記憶が消えてもレイラちゃんのことを忘れちゃったりとかしない?」

「大丈夫、私個人のことは消えないわ。ありがとうツムギちゃん、心配してくれて」


 レイラは紡の額に記憶操作装置を当てる。そして装置に魔力を流し込んだ。

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