心理カウンセラー居心地涼子の診断レポート
渋沢慶太
第1話 須賀瞳という女
この白い部屋はパイプ椅子と木製のテーブルと自立型マイクと小型のカメラとスピーカーしか無い。
人の悩みを解決するには、それだけあれば十分か。
今日も1人、パイプ椅子に座る。
俺の経験上、パイプ椅子に座る人、全員の顔色が悪い。
「須賀瞳さんですか?」
スピーカーからは女の声が響き渡る。
機械で声を変えた。
この声は1番人を安心させる声だ。
「……。はい……」
「私は居心地涼子と言います」
女の設定の方が人は悩みを話せやすい。
特に、相談相手が女であるならば。
「今からここで話すことは外部に漏れることはありません。気軽に話してください。また、話したくなければ、そう言ってもらって結構です」
「……。分かりました……」
「まず、瞳さんにとって、悩みってどんなものだと思いますか?」
「……。ただの苦痛。……」
「私もそう思います」
まず、相談者に寄り添う。
どんな事を言われても。
例えば、自殺してもいいかと言われても。
主導権は全て相談者に有る。
ここでは、相談者は噺家で教祖だ。
そして、私は観客で信者だ。
「では、瞳さんは悩みを聞かせていいでしょうか?」
「……」
「あれでしたら、言いたくなったらでいいですよ。言いたくなくなったら帰ってもらっても構いませんし」
「旦那が不倫をした」
「旦那さんの不倫が瞳さんの悩みなんですね」
俺から見て、瞳さんは40代くらいだ。
「旦那さんの年齢を教えてもらっていいですか?」
「旦那は今年で……30歳」
「分かりました。言える範囲で良いので、結婚した経緯を教えてください」
「私と旦那は同じ会社で出逢って、そのまま結婚に発展しました。私が体もボロが出ていたこともあって、私は退職し、専業主婦になりました。今では5歳と3歳の子供も居て、楽しく過ごして居ます」
「旦那さんの不倫相手は分かりますか?」
「同じ会社の立花奈緒という女です」
「不倫だと思ったのは何故ですか?」
「会社からの電話が多く、明らかに上司と話している様子ではなくて、聞いているうちに立花という女だと分かったのです」
「立花さんは瞳さんが会社で働いていた時は居ましたか?」
「立花は新人の子で旦那は教育係として彼女と接して居ました」
「不倫だと思ったのは電話の会話でということでしたが、今の時代、メールやSNSもあります。何故、旦那さんは電話というツールを選択したのでしょうか。電話をするということはメールやSNSに比べて不倫が発覚しやすいと思うのです」
「立花は声が可愛いです。20代でアイドルみたいな声だから…」
「旦那さんはアイドルがお好きなのでしょうか?」
「旦那はとてもアイドルが好きです。頻繁にアイドルのライブに行っています」
「それは地下アイドルのようなものですか?それとも、今流行っているアイドルですか?」
「地下アイドルです」
瞳さんはアルバムのような物をカバンから取り出した。アルバムから写真を1枚取り出してカメラに見せる。
「1番背が低い子が旦那が1番好きな子でした。実はその子は立花なんですよ。会社では普通の髪型で、アイドルでは奇抜な髪型に変えているんです」
「同一人物なのでしょうか?似た人であったり、姉妹や双子の可能性もあります」
「そうしたら、もっと不倫していることになるじゃないですか!!」
マイクに響く声は私の心に打たれた。
「すいません。大声を出して」
「いいんです。こちらこそすいません。では、私がその地下アイドルに接触してみます」
「そんなに簡単に行くものなんですか?」
「簡単なんですよ。地下アイドルなんですから。しかも、あまり人は集まらないでしょう」
「そうですけど、なんで分かったんですか?」
「昼は会社で働いているから、夜しか地下アイドルはできない。でも、夜に集まれる人は相当少ないはずです」
「そうですね。では、頼んでもよろしいでしょうか?」
「お任せください。ぜひとも真実をお伝えしてみせます」
私の仕事はこれから始まる。
心理カウンセラー居心地涼子の診断レポート 渋沢慶太 @syu-ri-
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