第9話 電動航空機
「
『こちら一階受付です。マンシュタイン閣下は、そちらにいらっしゃいますか?』
相手は、受付に立ってもらっている元第七装甲師団の兵士であった。
「私だが。あと、軍隊じゃないから閣下呼びはやめろ。社長でいい」
『し、失礼しました。今、受付に、ぜひ社長に直接、ご挨拶と商談がしたいという男性が一名、アポ無しでいらっしゃっているのですが、いかがされますか?』
低く唸りながら、腕時計を見やる。
「アポ無しか……商談と言うが、具体的にどういった業種の人間だ?」
『物流とのことです』
なるほど……と呟き、少しの間黙考する。物流は、兵器製造の原材料調達と解放戦争遂行のために必須のインフラであったが、正直、まだ目途があまり立っていなかった。もし突然の訪問者が妙案の持ち主なら、この好機を逃したくない。
電話のコードを数度指で絡めとってから、手短に応答する。
「三〇分後に下りるから、空いてる応接に通しておいてくれ」
「急な来客が入った。申し訳ないが、12時45分までとしよう」
女性科学者二人に事務的に告げ、次を頼む、と手を振って急かす。身長差16センチの先輩後輩コンビは一瞬、目を合わせ、今度は、172センチの長身が映えるドクトル・シュミットが、短い横髪を右耳の上へかき上げながら説明し出す。
「次は、偵察機についてなんやけど、案が二種類あってなぁ……」
フレッドは、二種類? とオウム返しに反応する。
「そうなんよぉ。あ、それぞれの詳しい説明の前に、前提なんやけどねぇ、どっちの案もマリーはんの発明したバウムバッテリーを使う設計でな、これが車両はともかく、航空機に使うと、航続距離が短いねん。やから、装甲師団なんかと一緒に前線までは陸送車で運んで、前線近くで離発着する形になる。で、こっから詳細なんやけどぉ……一つ目の案は、小型の双発プロペラ機」
社長は、偵察機を後方の飛行場から発進させるのではなく、前線まで運んで運用するという思い切った“前提”に、気を取られていたが、視線を感じて、慌てて相づちを打つ。
「あ、ああ。二発のプロペラ機か……それも、電動プロペラ機ということだな?」
マリーが、そう! たぶん世界初よ! と割り込んできて胸を張る。先輩が優しい笑みを向けて、ほんま凄いなぁと頭を撫でると、満足気に鼻息を一つ漏らす。二人の不真面目なじゃれ合いに、フレッドは眉間に皺を寄せ、報告を急かす。ドクトルはすぐ手を小さな後輩から離し、苦笑いを浮かべた。
「続きを話すと、これが飛行機とは言え、前線で飛行場が確保できるとは限らんから、垂直に離発着せなあかんやろぉ?」
「まあその通りだが……飛行機なのに? 気球じゃあるまいに」
社長が目を丸くする。
「そうなんよぉ。そこが課題やったんやけど、この設計図のは垂直離発着ができる機体になってん」
そう言って、長い指が一枚の図面を指し示す。フレッドとマリーが覗き込む。
「こう、羽のところにプロペラがあるから、羽ごと90度傾けんねん。離陸時は羽の前側を真上に向けて、機体を押し上げて、高度が稼げたら水平に戻して普通に飛行する。着陸時も、羽を上に向けて、墜落せんようにゆっくり垂直に降りてくる。これなら、前線でも飛行機を手軽に飛ばせる……んやけど、問題もあってなぁ」
社長が顔を上げ、ドクトルの緑の目を見つめた。設計図に視線を落としたままのアンナは、一つ咳払いし、こげ茶の横髪を右耳にかけ直すと、言葉を続ける。
「まず、たぶん操縦がめっちゃむずいねん。普通に飛行機飛ばすだけでも、勉強と訓練が大変なんやけど、垂直に離発着する仕組みを取り入れるだけで、その大変さが倍以上になると思う。これに習熟して晴れてパイロットになってからも、慣れるまでは毎度死ぬ覚悟で飛ばなあかん。そりゃ絶対に死なへん飛行はないけど、危険度が段違いになると思う。まだ実機どころかモックアップもないから、全部、私の経験則から憶測してのことに過ぎんけどぉ」
控えめに説明するが、ドクトル・シュミットは、プロイスでも指折りのパイロットだ。その勘からくるユーザー視点の評価は、フレッドにとって分かりやすいものだったし、信頼に足るように思われた。社長は何度もうなずき、再び図面に目を戻す。
「あと、部品数が多いねん。大きい羽回さなあかんから。これは推測でも何でもなく、図面通りなんやけど、ほなら、普通に石油買うて、レシプロ機作った方がはるかに安上がりやと思うわぁ」
フレッドは怪訝そうに眉根を寄せた。
「一つ目に紹介する割には、随分と欠点ばかりだな?」
それに対し、アンナは落ち着いた様子で笑みを浮かべた。
「そう焦らんでぇ? もう一つ紹介した後、そっちと比較してもらうからぁ」
しかし、設計者自身が第一案をここまでけちょんけちょんに言うと、第二案に対する期待はほとんど持てない。フレッドは一度右手で頭を掻くと、両手をスラックスのポケットに深く突っ込んだ。
「二つ目の案はな、さっきの垂直離着陸機から飛行機の要素を除いたやつや」
「
しかし、ドクトルは首を横へ振る。マリーも同じく顔を左右にし、背後でポニーテールが大きく揺れた。
「ちゃうねん。空は飛ぶよ? 偵察機やしぃ。でも、鳥みたいに羽生やしてる姿とちゃうの。かと言って、気球や飛行船でもない。ヘリコプターや」
社長は驚いて目を見開いた。
「ヘリコプター?! まあ、確かに実用化には成功しているが、第一線で運用するには、まだまだ未知の部分が大きいのではないか? 前例は皆無ではないが、即戦力として投入できなければ困る」
「未知言うたら、一つ目の方が未知や。前例まったくないしなぁ」
あ、ああ、それもそうか……と微妙な相づちを打つ。ドクトルは一度両手を叩くと、話を戻す。
「ほんで、こっから第一案と第二案の比較なんやけど、速度は飛行機の要素を含む第一案の方が速い。万一、敵の攻撃にあった際の逃げ足に影響が出るかもしれへんな。一方、第二案のヘリコプターは、ホバリングや後退、横移動っちゅう飛行機にはできひん動きが可能や。加えて、ヘリコプターは胴体側面に羽が必要ないから、下方への視界は確保しやすい。独特の機動性と形状が、偵察向きやと思う。あと、回転翼が一つでええから、バウムバッテリーも一つで済む。二発の電動プロペラ機より有利やなぁ」
「なるほど。速度性能では、第一案が勝るわけか」
「せやねん。長短は色々あるけど、速度はやっぱ大事な要素やろぉ?」
フレッドは顎に手を添え、うなずいた。二枚の設計図に視線を落とし、真剣に悩む横顔を、緑と青の四つの目が見つめる。
社長の決断は早かった。
「第二案にしよう。速度は重要だが、総合的に見て、偵察性能で第一案が第二案を上回るとは言い難い。挙句、操縦手の育成に余計に時間がかかり、技術的にも前例がないとなれば、即戦力として期待できない。それなら、偵察に適した特徴を持ち、一応実用化もされているヘリコプターの方が現実的だ」
ほなら、第二案で試作機を作るわ、と言って、アンナは二枚の設計図を重ねて丸め、小脇に抱えた。マリーが続いて、次の設計図を山の下から引っ張り出そうとするが、フレッドの声が手を止めさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます