第2話 キー《鍵》の少女

「ふぅ、なんとか追いつかれずに着くことが出来たな」

 部屋の中に金髪の女の子を入れる。


 僕の部屋は相変わらずぐちゃぐちゃだ。

 玄関にはゴミを溜めっ放しだし、机の上や床下にはどうせ勉強もしないノートや教科書、参考書類がそこいらに散らかっていた。

「入れよ。ちょっと、散らかっているけど」

 少女に部屋の中に入るように促すが、警戒しているようだ。


 彼女の警戒をどうにか解かなければ部屋に入ってくれないらしい。

 もしかしたら、僕はさっきのやつと同じ連中だと思っているのか?

「なん・・・で。わた・・し・・・を・・助ける・・・・の?」

 なんで私を助けるの?、と彼女は不安そうに上目遣いで尋ねて来た。


 僕はありのままの気持ちを少女に伝える。

「お前が人に追われていたから。あれはどう見ても普通の状況じゃなかった。軍用兵器を使ってまで君はあいつから逃げていた。それに、あいつは剣を使って平然とした顔で君を斬り殺そうとしてた。そんなの放っておける訳ねぇだろ!」

「それ・・・だけ?」

「ああ。それだけだ。それの何が悪い。目の前で苦しんでいる人がいたんだ。僕は君を助けたかった。それだけだ」

 少女は下唇を噛んで暫く俯いていた。


「あなた・・・は・・悪い・・・・人?」

「お前言葉の意図がよく分からないけど、少なくとも、お前に危害を加えるつもりは無い。だから、お前は無理してお前をこの部屋に入る必要は無いんだ。これは、お前の決めることだ」

「私・・・の・・決める・・・・こと?」

「そうだ。お前の決めることだ」

 暫くの沈黙が続く。


 その間に僕はなぜこの少女が追われていたのか考える。

 しょうもない時間遊びだ。


「い・・・く」

 彼女は指を胸の前でモジモジ弄りながら、

「おにい・・・さんが・・どんな・・・・人か・・・分から・・ない・・・けど・・悪い・・・人には・・・・見えない。だから・・・」

「僕についてくるということか?」

 彼女の言葉を補ってやると、金髪少女は首を縦にうんうんと動かした。


「分かった。ちょっと、汚いけど我慢して欲しい」

「うん」

 蓋を開けてみると、自分でも予想以上の汚さだった。


 玄関近くにはゴミ袋が溜まっているし、奥にある机の上や床の上には使いもしない教科書やノート、参考書が台風が起きたのかよ!!  と言いたいくらいに散らばっていた。


 こりゃ、人を入れて良い部屋じゃないな。

 僕の部屋に誰かを招き入れるなんて、ミジンコもそうていしていなかったものだから、すっかり油断して忘れていた。

 こりゃ、片付けないとやばいな。


「ごめん。ベットの上にいてくれるか? ちょっと部屋を片付けるから」

「うん」

 金髪少女は頷くと、足の踏み場も無いような床の上をぴょんぴょんと——辛うじて教科書やノートの間から覗く茶色の島から島へと飛び移ってベットに辿り着く。


「むふぅ」

 とか言いながら僕の布団に顔を擦りつけたりしている。

 まぁ、良いんだけどさ。


 床に散らばっている本を本棚に整理して、玄関に放置してあるゴミ袋を下まで持っていく。

 1時間くらい片付けをしていたと思う。

「ふぅ、疲れた。これで粗方片付いたかな」

 先程と比べたら見間違うほどに部屋の中が綺麗になった(さっきの部屋が異常に汚かったという言い方もある)。


 その間、彼女——ひょんな事で出会った金髪の少女は、僕の部屋の中にあった本やら教科書やらをパラパラと捲めくって楽しんでいた。


 改めて金髪の少女を観察してみる——

 容姿は妖精のようだった。

 絹のような艶やかさと滑らかさのある黄金の髪は彼女の猫のように細い背中まである。

 フリルの付いた白いワンピースは、彼女の陶器のような透明感のある白い肌とマッチしていて、神秘さを感じるほどだ。


 それに、彼女の何よりの特徴と言ったらその顔だ。

 ルネッサンス時代の天才彫刻家が作ったのではと思いたくなるほど、彼女の顔は整っていた。


 ピンク色の小さな唇。

 雪のように白い肌に唯一、頬の部分にだけ紅薔薇が咲いている。

 加えて、大きなお人形さんのような黄金の瞳——琥珀の様でもあり、まるで宝石を埋め込んだかのように純粋な輝きを放っている。

 その瞳の周りには花びらのように咲く長い金色こんじきの睫毛。


 彼女の全てがまるで奇跡のようだった。

 神の作る人形——。


 無意識に、無駄に緊張してしまう。

 何故だ。

 落ち着け僕!


 緊張する必要なんてない。

 確かに、こんな美少女相手に緊張するなと言う方が無理かもしれない。

 女子と普段会話しないこんなヘタレ野郎だけど、やる時はやるんだ。

 別に女子が嫌いという訳では無いんだ。


 彼女との出会いを思い出してみる。

 そう言えば、なぜ彼女は軍用兵器なんかに乗っていたんだ?

「なぁ、お前は」

 と、僕が「なんで、あんな軍用兵器なんかに乗っていたんだ?」と尋ねる前に彼女の声がそれを遮った。


「キー」

「は?」

「私の・・・名前」

「あ、ああ」

 一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。

 自分の名前なんだな。

 さっきから気になっていたんだけど、なんでこの子は片言で話しているんだ?

 外国人なのか?


「キーって言うんだな」

「うん」

 こくり、と彼女は頷く。

 どうやら、肯定の意思がある時にする彼女の癖らしい。


「僕の名前は、金石 賢人かねいし けんとだ。よろしく」

「かねいし・・・・けん・・・と」

「そうだ。金石 賢人」

「ケント・・・」

「まぁ、好きに呼べよ。それよりさ、なんでお前はそんな片言で話すんだ?」

「え・・・・・・?」

「いや、話したくなかったら、話さなくて良いんだけどな」

 奇妙な沈黙が2人の間を流れる。


 どろっとした泥のような半液体状のような物が俺の心中を巡る。

 この感覚、昔から嫌なんだよな。

 2人でいる時に流れるこの沈黙の時間が。


 それを破ったのはキーだった。

「私は・・・兵器・・なの」

「私・・は・・・人・・・・じゃない」

「人じゃない? どういう事だ?」

 キーはベットから足をぶら下げて僕と向かい合うような姿勢を取った。


「私は・・・見た目・・は・・・人。だけど・・・・中身は・・・違う」

「アンドロイドみたいなやつか?」

 憶測で彼女の言葉を付け加える。


 が、彼女は首を横に振って、

「私・・・の・・体は・・・・人。だけど・・・薬と・・魔法で・・・・この姿の・・まま」

「嘘・・・だろ?」

 この少女はずっとこの姿のままなのか?


「どのくらいの間その姿のままなんだ?」

 彼女の嫌な記憶を思い出させてしまうかもしれない。

 そう思ったが、好奇心の方が優先になってしまった。


「1000年・・・・くらい」

「せっ・・・!?」

 想像を絶する年月だ。

 せいぜい、数十年とか思っていたのに1000年だって!?

 スケールが大き過ぎて頭が追いつかない。


「私・・・が・・追われて・・・・いるのは・・・3つの・・・・・システムが・・原因」

「システム?」

「そう——」


 彼女が言うには、その3つのシステムは彼女のある【使命】を果たす為に必要不可欠な物らしい。


 これからは僕が彼女から聞いただけの事を話そう(長くなるので)。

 1つ目のシステムの名は『自己防衛型魔術式システム(Self-Defending Magical System)略して【SDMS】と言うらしい(以下、SDMS)。

 訳が分からないと思う。

 僕も正直意味不明、わけわからん。


 彼女が言うには、このSDMSとやらは古代の技術と魔術——俗に言うロストテクノロジー、ロストマジックと言うやつによって造られた物。


 その名の通り複雑な魔術式によって彼女の身に危険が迫ると、自動的にその状況、敵の魔術、数、地形等様々な情報を考慮した最も適切な魔術式がキーの意思に関係無く展開されるらしい。


 その魔術式の展開の役に立っているのが2つ目のシステム——【解析アナライシス】だ。

 これもSDMS同様ロストテクノロジーとロストマジックによって作られた技術だ。


 簡単に言えば、魔術用のディープラーニングだ。

 彼女は1度見た魔術式は決して忘れないらしい。

 また、記憶した魔術式は解析されて応用することも可能だと言う。

 ほんと、チートですね。

 はい。


 最後の3つ目は、【Pandoraパンドラ】。

 これは、列記とした魔術だ。

 ロストマジックによって生み出された超高等魔術式——。

 上記に記した2つのシステムは、この【Pandoraパンドラ】とやらを守る為の付属品でしかないらしい。


 彼女の名前が鍵キーと呼ばれている由縁もそこにあるらしい。

 が、詳しいことを聞くことは出来なかった。

 ロストテクノロジーとロストマジックが生み出した3つの古代兵器。


 その名までは彼女は教えてくれなかった。

「知りすぎ・・・無い方が・・・・あなた・・の・・・ため」

 ということだ。


 僕も深くは追求しないでおいた。

 彼女の背負っているものが、彼女の背中にあるものが重すぎる。

 そんな気がした。


 国だとか、家族だとか、そんなものではなくて。

 世界、宇宙、世の理、森羅万象——

 大袈裟かもしれないが、そんな大きなものが彼女の背中にはあると、彼女は背負っているのだとそう感じた。

 感じてしまったのだ。


 この小さな150cm程の小さな体には重すぎる程の物が。


 それでも、僕に出来ることがあるのなら——

 それを全力でするだけだ。

 目の前で苦しんでいる人を見捨てることが出来るほど僕は冷酷な人間では無いのだから。


 さて、これから僕はどうすべきなのだろう。

 それを考えるには外の闇は深すぎて。

 僕の意識は静かに海へと沈みこんでいった。

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