エンディング1、枯れた花(ノーマルエンド)

 先程まで彼女の母親が座っていたパイプ椅子に腰かける。

随分と細くなった彼女の腕には何本ものチューブが伸びていて、痛々しい事この上ない。

まだ見慣れない人工呼吸器だが、それが曇る度に「呼吸をしている」というある種の安心感を覚えるようになっていた。


 たまらず彼女の右手を握る。

僅かに身じろいだ彼女に、起こしてしまったかと一瞬焦るが、どうやらまだ起きる様子はないようだ。


 どうして彼女がこんな目に合わなければいけないのか。

……どうして彼女なのか。

俺は唇を強く噛みしめた。


 原因不明の難病、としか聞かされておらず、俺は具体的な事は何も知らされていない。

それが本人たっての希望だった。


 このご時世、プライバシーの保護も徹底されており、肉親ではない俺には病について知る術がない。

いや、もしかしたらあるのかもしれないが、彼女の意に反する事はしたくなかった。


「香保子……」


 自分でも驚く程情けない声が出る。

愛する人の青白い顔も悲しいが、それ以上に彼女の頭上を見るのが辛かった。

 かつて美しく咲いていた色とりどりのガーベラの花は、ほとんど枯れ落ちている。


──覚悟はしておいて下さい、との事です。


 彼女の両親は医師に告げられた言葉をそのまま俺に伝えてくれた。

その気持ちがいか程のものであったか、俺には想像もつかない。


「香保子、何もしてやれなくて、ごめんな……」

「……ん……」


 傍目には分からない位薄く、彼女の目が開いた。

まるで初めて目が合った時のように、ドキリと心臓が跳ねる。


「おはよう、香保子。よく眠れた?」


 俺と目が合った彼女の口元が、ゆるゆるとほころぶ。

これだ。

誰のどんな花よりも綺麗な、俺の大好きな笑顔だ。

やっと見る事が出来た。


 嬉しくなって微笑み返すと、彼女が何かを言おうと口を動かしだした。


「……こう……い……り…………う……」

「え? 何?」


 よく聞き取れず顔を近付ける。

すると再び目を瞑った彼女の目尻から、一筋の涙が零れた。


「……香保子?」


 何故だろう。

嫌に鼓動が早くなる。

自分の心臓の音が煩い。

いつの間にか震え出した手で彼女の手を握り直す。

元々体温の低い彼女の手は、いつも以上に冷たく感じた。

今までこんな事、あっただろうか。


 カサリ、と軽い音が聞こえた。

彼女の頭上の植物は、僅かに残されていた葉も含めて、全て散っていた。

残っているのは茶色く干からびた細い茎だけだ。


 そういえば、さっき彼女は何か言っていた気がする。


 何だったのだろう。


 もう何も考えられない。



 曇らなくなった人工呼吸器を見つめながら、俺はナースコールを押した。

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