ひとり相合傘

緑苔ピカソ

ひとり相合傘

 ある日傘を差してみたら、半分欠けていた。




 その日は休日だった。僕は近くの本屋に行こうと家を出た。

 朝から弱い雨が降っている事を知っていた僕は、玄関脇に立て掛けてあるビニール傘を手にした。

 外に出てそれを開いた時、傘が半分欠けている事に気付いた。

 左半分――右半分とも言えるのだが――兎に角半分から先が鋭い刀で両断されたかの様に綺麗になくなっていた。

 何故こんな事が起ったのかは分からない。ただ僕の家に傘は1本しかないし、今日はどうしても本屋に行きたい気分だった。

 僕は仕方なくその半分しかない傘を差し、外へ出た。




 傘から滴る雨が僕の右肩を濡らし続けた。まるで独りで相合傘をしているかの様だ。けれど、相手のいない相合傘なんて意味が無い。

 僕は自嘲気味に笑った。そして周囲から冷たい眼差しを受けていないかと不安になった。だが僕の歩く通りには驚く程人気が無かった。

 傘が買える雑貨屋まで、あと何分掛かるかな。僕は多少憂鬱な気持ちで歩き続けた。

 そして小さな公園を横切る時、ふと足を止めた。

 公園の真ん中。色褪せた滑り台の近くに、女の人が立っていた。

 その人が差しているミッドナイト・ブルーの傘は、僕と同じ様に半分欠けている。それが僕の思考をかき乱した。

 僕がしばらく突っ立っていると、その女性はゆっくりと僕の方に目をやった。

 髪が長く、美しい顔立ちの女性だった。大きな瞳の中にどこかミステリアスな光を宿している。

 彼女は僕に歩み寄った。そして静かな声でこう言った。


「あなたも、ひとりなんですね」


 僕はその言葉の意味が分からぬまま、「ええ」と返事をしていた。

 彼女は何も言わずに僕の隣に立ち、僕の傘の断面に自分の傘の断面を合わせた。それは驚く程ぴったりと重なった。

 そして柄を握っていた僕の手の甲に、彼女は自分の手を重ねた。

 僕ははっとして彼女を見た。彼女はただ、微笑みを浮かべるだけだった。

 ひとり相合傘は普通の相合傘になった。

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