第4話 断たれた右腕 その4

 茨木……いや、渡辺綱は地面に這いつくばっている。


「今、僕が誰だって……?」


「渡辺綱と、そういったのですよ」


「僕が綱? 何を言って……綱はあっちじゃないか!」


「何を言っているんです?あれがでしょう?」


「何を……」


 傷は少しづつ再生していく。


「杉原、鬼門、今のうちです!太刀をやってください!」


「はいはい、分かってますよ!」


 逢魔の指示で2人が左右から太刀に攻撃し、刀身をバッキリと折った。


「しまった……!」


 太刀を破壊したことにより、その効果が消えて渡辺綱は本来の姿に戻っていく。


 気づけば、さっきまで少女の姿をしていたそれは、肌がただれた人間か悪霊かわからない者になっていた。


「うげっ、気持ちわりぃ」


 思わず鬼門が言う。


「うう、不覚だぞ……」


 声も何だかノイズが混じったように変わって聞こえる。


「よくもこの『妖刀・童子切どうじぎり安綱やすつな』の幻術を破ってくれたな。いつから気づいていた……?」



「何……?」


「ここに来る前から知っていたんですよ」


「どういうことだ?」


「貴方が祓い屋に送ってきた依頼書……あれと一緒に届いた手紙に全てが書いてありました。そう、にね」


「彼女……?」


 私は妖気を纏った者の方に目配せする。


「まさか奴が!? くそっ、拙者に封印される前に助けをよんでいたか……!」


 妖気のかたまりが掻き消えていき、が姿を現す。


「妖刀の効果が消えてフィルターが解除されましたよ、


 そこに立っていたのは茨木童子。今度は幻でも成りすましでもない本物の彼女である。


 つまり逆だ。逆だったのだ。


 茨木童子と名乗る者が渡辺綱であり、渡辺綱だとされていた者が茨木童子だった。


 そう見えるような幻術をかけられていた。


「ありがとう、霊落サツキ。手紙が無事に届いて良かった」


 ~数時間前~


「え、依頼書は罠!?」


 杉原の拡声器でも使っているのか?という、でかい声が祓い屋に響く。


「ええ、この依頼主は私達を騙して利用する気ですね」


「なんでそんなこと知ってるんです?」


「これに書いてありました」


 私は今朝私宛に届いた手紙を取り出す。


「この手紙の差出人は茨木童子……私の古い友人です。安心してください、鬼ですけど優しいやつですから」


 手紙によると、茨木童子はつい先日、自分の腕が何者かに悪用されていることを知り、腕を取り戻そうと動いたそうだ。


 相手の正体は渡辺綱……かつて茨木と戦った伝説の侍である。


 茨木は綱に挑み、なんとか腕を取り返すことが出来たらしい。しかし奴に隙をつかれ、奴が長年引きこもっていた祠に閉じ込められたらしい。


 そして綱は「祓い屋を利用してお前を倒してやる」と言っていたそうだ。


「え、じゃあどうするんですか?」


「茨木は友人です、助けない訳には……それに渡辺綱を放っておく訳にもいけません……」


「それじゃぁ、逆に奴の策に乗ってやりましょうよ」


 逢魔は冷静な顔で言う。


「いや、聞いてたのか逢魔? 罠なんだぞ?」


「ふりですよ、ふり。途中まで策にのっかり、時が来たら茨木童子と協力して綱を倒せばいいんです」


 確かに、3人はもちろん私も綱とは1度も戦ったことがない。奴がどんな戦いをするかは全くわからない。いくら4対1とはいえ、それは危険がある。戦いを優位に進めるには茨木と共闘するのが吉だろう。


「そうですね。その案採用です」


 ~現在~


「俺たち3人がこの空間に引きずり込まれたのはわざとさ、茨木童子の指示を仰ぐためにな……おかげで妖刀の事を聞けた」


「ぬぅ……!」


 綱は少し後ぶさりする。


「おいおい、逃げるなよ!?」


 鬼門が鎌で綱の脚を切り裂く。


「どうしたって逃げられませんよ」


「なに……?」


「何故貴方と外ではなくここで戦うのかわかりますか?」


「まさか、結界か……!? 拙者のものを上書きしたな!?」


 綱が逃げられないように結界をはらせてもらった。といっても、綱が茨木童子をこの空間に閉じ込めておくための結界を上書きしただけだが。


 今頃こっそり連れてきた木下が外でひいひい言いながら結界をはってくれているだろう。


「おのれぇっ!」


 綱から邪悪な霊気が溢れ出す。


「祓い屋を騙して茨木童子を倒してしまう作戦であったが、上手くいかなんだか……だが、まぁ良い。もとより祓い屋も最後には始末する予定だったのだ……少し順序が変わったというだけの事」


「やばい、3人とも離れるんだ!のまれるぞ!」


 綱の霊気が杉原達の足元に絡みつく。


「うわっ、何だこれ」


 霊気はだんだんと体まで登っていき、遂には全身を包んだ。


「しまった……皆っ!」


 どうやら3人とも気絶してしまったようだ。


 綱は3人を祭壇にのせた。


「ふはは、まずは3人……こいつらは後で食ってやろう。若い人間の魂は美味いからな」


 綱め、なんでやつだ……霊気を完璧に操っている。


 私と茨木の2人で倒せるだろうか……いや、出し惜しみはなしだ。もう1人呼んでおこう。


「来い、ココノエ」


 私の傍の空間から九尾が飛び出す。


「わかっておる。言われんでも出るつもりじゃったよ」


 ココノエは綱を睨みつける。


「よくも私の逢魔をやってくれたな」


「ほほう、童子2人だけでなく化け狐めもおったか! はは、よかろう! 全員まとめて首を斬ってやる!」


「舐めるなよ。我ら三人をそう簡単に殺せると思うな」


 その通りだ。全盛期からはだいぶ衰えてしまったとは言え、私達は一時期は沢山の妖怪共を統べた無敵の戦士だ。


 こんな死に損ないに負けるはずはない。


「久しぶりだね、この3人が並んで戦うのも」


「そうじゃな、こういう機会をくれた事だけは綱に感謝せねばならんのう」


「それでは改めて、血祭りしごとの時間です」

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