第19話 AI(愛)の学園生活(前編)

S組は優秀かつ、裕福な商人もしくは貴族の子息の集まりだった


入学間もないころは、どこの馬の骨ともわからぬ二人を見下していた生徒たちも


冷酷なまなざしで相手を凍てつかせる愛は 『氷の女神』と


気に入らない奴はぶっ飛ばすナノは 『炎の戦乙女』と


そう呼ばれるようになった、彼女たちの隔絶した実力に恐怖し崇め奉った


今やS組は2人が支配していると言っても過言ではなかった


当の本人たちは、勇樹と一緒のクラスになれなかったことが気に食わなかった


だから、その苛立ちの赴くままに行動しているだけだった


だが、周りが自ら支配されることを望んだ


それは自分で考えることを放棄するという事


それがどれ程危険な事なのか誰も気づかなかった




かたやF組は


教官の話を聞かず


雑談にふける者


惰眠を貪るもの


弱い生徒を甚振るもの


まともに学ぼうとしている者は皆無だった


学級崩壊寸前どころか、既に崩壊していた




勇樹は以前の世界では、事なかれ主義だった


何もしなければ、何も言わなければ、自分が我慢すれば


誰も被害は受けない


死の危険とは無縁だった


殺人や戦争は各地で起こっていたが、勇樹にとってはテレビの中の話だった


それだけ平和な世界だった




だがこの世界は違う


ゲーム感覚でやって来た異世界


事前にこの世界の事を愛から聞いて、ようやく我に返った


一歩町を出れば、盗賊が舌なめずりしながら待ち構え


魑魅魍魎が跋扈し


近隣諸国は小競り合いを何年も続けている


無慈悲にも沢山の命が、毎日当たり前のように散っていく




だから勇樹は立ち上がり教壇に立ち生徒たちに訴える


「君たちは本当にこのままでいいのかい?」


皆思った、『こいつは何を言っているのか?』と


『入学したての、しかも如何にも軟弱そうな奴が粋がるな』と


『後で痛い目に遭わしてやるか?』


その程度の認識でしかなかった




冷たい視線が彼に突き刺さる


以前の勇樹ならば


しり込みしてしまい、逃げ出していたことだろう


だが彼は話を止めようとしなかった


熱く語る彼の目は真剣そのものだった


「君たちはこの学校を卒業して何になるつもりなんだい?」


「あほかお前! ここは冒険者学校だぜ」


「冒険者になるに決まってるだろ?」


生徒たちは『こいつ頭おかしいんじゃないか?』と笑い飛ばす




それでも、彼はひるまない


確固たる意志があったからだ


「僕には君たちが冒険者になろうとしているとは思えない」


「僕はここに来て日は浅い」


「でもずっと冒険者になる事を夢見ていた」


平凡な世界から抜け出して、冒険をしてみたかった


その夢は叶った


愛が持てる能力を全て使って


この世界に連れてきてくれた


「だから僕なりに冒険者とはどういう者かいつも考えてた」


「だからはっきり言わせてもらう」


「このままで卒業して、君たちが冒険者になったら」


「間違いなく死ぬよ」




自分は余程の無理をしなければ死ぬ事は無い


そう言う存在に生まれ変わった


だが、この世界の者達は違う


「強くならなければ魔物や盗賊に殺される」


「計算が出来なければ、分け前をごまかされる」


「字が読めなければ自分に不利な契約をしてしまうことになる」


全財産を奪われるばかりか、借金を背負わされ奴隷に身をやつす危険さえある


自分の生まれた世界では考えられないことが平然と行われている


幻想のような美しい世界は、それほどまでに残酷で、危険に満ち溢れているのだ




「この学校で学べる事」


「それだけが唯一の僕たちの武器なんだ」


「冒険者となった時に身を守るための術なんだ」


「僕は死にたくない」


「僕は君たちにも死んでほしくない」


「だって同じクラスの仲間なんだから」


いつの間にか勇樹の目から涙が流れていた


何故泣く?


何故、必死に自分たちに訴える?


昨日今日会ったばかりの自分たちの為に


同じクラスになったから?


自分たちが仲間だから?




「でも俺たちは落ちこぼれ 何が出来るって言うんだよ!」


彼らも最初はこうでは無かった


憧れの冒険者になるんだと、希望に胸と膨らませ入学した


だが、すぐに非情な現実が彼らを打ちのめした


落ちこぼれ、役立たずと自分たちを罵る声に希望を断ち切られた


自分には何もできないと思い知らされた


気が付けば全てを諦め、無為な日々を過ごしていた




「誰もが皆同じように同じことが出来る訳じゃない」


「だから冒険者はパーティーになって助け合う」


「お互いに出来ない事を補い合うんじゃないかな?」


「僕は、君たちが落ちこぼれなんて思わない」


「僕たちは何だって出来る可能性がある」


「努力することを諦めさえしなければね」




問題児と言われ、落ちこぼれと言われ諦め、性根まで腐りかけていた


それをまんまと、見透かされた


悔しかった、情けなかった


周りの言葉に惑わされ絶望してしまった自分自身が


「おいお前ら! こんな軟弱野郎に言われっぱなしでいいのかよ?」


「俺だって、落ちこぼれのままで終わりたくねぇよ」


「冒険も満足に出来ないままで死にたくない!」


「あたしだって馬鹿にされて生きるのはもう沢山!」




「じゃあ がんばるしかないよね?」


勇樹は笑いかけた


まるで自分の事のように嬉しそうに




クラスの雰囲気ががらりと変わる


冷めきった教室が熱気に包まれる


それはまるで魔法の様だった


(なにが起こってるの!? 何でこんなことが出来るの)


駄女神 アスタルテには本当は答えが分かっていた


一緒に強くなって、立派な冒険者として彼らに生きてもらいたい


勇樹が本当に彼らを思って訴えていたから


彼の一言一句がすべて本心から紡ぎ出された言葉だったからだと




この日からだった、落ちこぼれと呼ばれた者たちが変わり始めたのは




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