25 “冬の花火”

──十二月二十九日、午前。王都中央区、目抜き通り。



 ・・・本当に、僕は何をしているのだろう。

 あっ。いやいやいや、我に返ってはいけない。恥や外聞など、売上の役には立たない。そんなもの投げ捨ててしまえ。


「西方名物、羊肉の包み焼きとお茶で、お手軽に異国情緒を味わいませんかあ!」


 とにかく目立つ真っ赤なシャツに、形だけのコック帽をかぶらされた僕は、街頭に立ち“満面の笑顔”を作って声を張り上げる。二百年祭初日とあって、こんな朝から結構な人出だ。


「羊肉が苦手な人もだいじょうぶ!王都の人にも食べやすい味付けでご用意しています!」


 横を通る若い男女が、僕を指さして笑う。すかさず、トコトコと子供のような足取りで二人へと近づいていく。


「お兄さんお姉さん、珍しい西方料理とお茶はどうですか!」

「羊だろ?俺苦手なんだよ」


 僕と同じ格好をしたハナが走り寄ってくる。


「みんなに食べやすいように、ぼくたちが味付けを工夫したんだよ!」

「お気に召したなら、レシピも差し上げますよ!」


 若い男は少し戸惑ったような苦笑いで、連れの女の方を向く。


「だってさ。どうする?」

「面白そうじゃない。行ってみましょうよ」


 屋台へ向かう二人を見て、僕とハナはハイタッチをする。記念すべき最初の客だ。どういった接客を行うのか気になり、僕らも屋台に近付き様子を伺う。


 ・・・客引きをするとは言ったが、どうして僕がこんな道化のような格好や、子供じみた容姿を利用することまでも容認したか。その理由は単純明快だ。もっとひどい役回りを与えられた者がいたからだ。


「イラシャイ」

「うひっ!驚いた!おっかねえ店員だな!」

「ちょっとカール、失礼でしょ。この店員さん綺麗じゃない。きっと西方の人よ」


 ・・・西方の人どころか、ただ褐色に化粧をさせられ、異国風の適当な装束を纏ったベルタ王国人だ。愛想の不足を異国情緒へ昇華させるため、片言で喋るようフウに要求されている。憮然としているように見えるが、確かに雰囲気を損なうものではない。

 褐色に白金髪プラチナブロンドのベルタってのも、なんか新鮮でいいな。


「えーと、包み焼きとお茶があるんだっけ?ふたつずつ頼むよ」

「銀貨八枚ネ」

「あら、思ったより安いわね」


 卸売業者が直接出す店の利点だ。他の屋台の八割程度の価格設定でも、それなりの利益になる。


包み焼きホショル二丁、お茶ツァイ二丁」

「はいよ!」


 注文を受けたフウが、オーブンからさっと包み焼きを出し、紙にくるむ。

 味付けした羊肉と野菜を、小麦粉を練って延ばした皮に包んで焼いた“ホショル”は、それなりの量を予めストックしてあり、不足しそうになると商会から補充される。携帯型の石焼きオーブンで常にいくつかは温めた状態にしてあるため、注文からすぐにモノが出てきて、歩きながら食べられる。あえて名付けるなら“ファストフード”か。いいチョイスだな。


 今回の作戦はすべて、フウがバトエルデニ商会の社長と話し合って決めたそうだ。この子はひょっとすると商売の非凡な才能を持っているのかもしれない。


「えっ、作るのは異人ゼノのあんたなの?」


 男が少し不審げにフウへ問いかける。まあ、そこは気になるよね・・・


「このマスターシェフが作ったレシピに、わたしが他の地域の人でも食べやすいようアレンジを加えたものなのよ」

「ダイジョブ、味の基本は西方と同じネ」

「へえ・・・」


 また適当なでまかせを・・・。

 女が包み焼きを一口齧り、唸る。


「あら本当。羊臭くないわ。スパイシーでおいしいわね」

「ああ、イケるイケる」


 好感触だ。その反応を見たフウは得意げに解説する。


「肉の脂を丁寧にとって、牛乳で漬け込んだ上にローズマリーと少しのネギで焼くの。皮には少しバターも練り込んであるわ」

「レシピ、持ってけ。材料全部、このへんの店で揃うネ」


 二人はレシピを受け取り、笑いあいながら人混みへ消えていった。ご満足いただけたかな。順調な出だしだ。そう思って僕が振り向くと、先程までひどく機嫌が悪そうに見えていたベルタの口元がひどく歪み、にやけている。


「・・・ベルタ?」


 僕が声をかけると、ベルタが吹き出す。


「いっいや、す、すまない。こういうのも、案外面白いものだな」


 ああ、憮然としていたのではなく、笑いを堪えていたのか。せっかくの祭りだし、嫌々やるような仕事でもない。楽しんでいるようなら何よりだ。



──────────



「いらっしゃ・・・げっ」

「うわっ、ユーリネア、てめえ何してやがんだ!」


 浅黒い肌に赤い短髪。よりによって一番通りがかってほしくなかったボルド少年が僕を見て驚く。・・・いやまあ、無理もないか。数ブロック離れているだけで、彼の自宅兼ベラン物産の社屋は同じ通りにある。二百年祭の実行委員会に割り当てられた出店箇所を見た瞬間にこのリスクを想定してはいたが、ここまで早く遭遇してしまうとは。


「お前も黒く化粧してるだけのベルカじゃねえか!」

「ベルカ違う。ツァイ飲んでけ」


 几帳面に口調を崩さないベルタが、ボルドに茶を差し出す。確かにベルカではないな。あれは偽名だ。


「いらねーよ!西の茶はくせぇんだよ!」

「オイ少年、お前郷土の茶に対してなんてことを・・・まあ手を加えてあるから、飲んでみなよ」


 ボルドは舌打ちをしながら茶を飲む。彼は“西方料理”と書かれた看板とベルタを見て呟いた。


「・・・確かにくさかねえけどさ。これインチキだろ」


 僕は思わず目を逸らす。


「えー。あー。なんというかな。インチキ、ではないんだ。えーと、だよ」

「それをインチキっつうんだよ!」

「ユリちゃん、その子だあれ?」


 あー、ハナが来た。めんどくさい化学反応を起こしそうな二人が・・・いや、ボルドの動きが止まった。彼は僕の肩を引っ張り耳打ちする。


「・・・おい、ユーリネア、後ろの子誰だよ」


 顔が赤い。・・・こいつまたか?年齢の近い女を見たら見境なく一目惚れする習性でもあるのか?呆れ返った僕が応える前に、ハナが近寄ってくる。


「ねえ、包み焼きたべない?おいしいよ!」


 バネ運動に似た動きでボルドがはね飛ぶ。


「いっいらねぇよ!ユーリネアてめえ、おれは一生許さねえからな!」


 彼は僕を指差して怒鳴る。なんだってんだクソ。僕は溜息をひとつつき、肩をすくめた。このまま店の前で業務妨害をされるのも困る。言いくるめておこう。


「騙したことは本当に済まなかった。だけど誤解がないよう、一つだけ言っておくよ。僕はな、デンスにバヤル、お前たちベラティナが憎いわけでもなければ、その誇りや郷土愛を否定しようとしたわけでもない。ただ、それを発露する手段が法を逸脱していたから、職務として止めざるを得なかっただけだ」


 ボルドが僕を指差したまま、肩透かしを食らったような顔をする。


「個人的には、お前たちの文化は非常に興味深いと思うし、食べ物も美味いから好きだ。今回は勉強がてら、王都の人に少しでもその理解を広げられればと考えている。ハナ、包み焼きひとつ、あいつにあげてくれ」

「うんっ!」

「いっいらねえって言ってんだろ!来るな!」


 ハナが包み焼きを片手に、真っ赤な顔をしたボルドを追いかけ回す。微笑みながらその光景を眺める僕の肩を、フウが掴んだ。その顔には修羅が宿っている。


「・・・ねえ、あんたがサボってる間にオーブンが冷えてんだけど」


 ・・・オーブンの焼石は僕の魔法で定期的に温めるよう頼まれたことを完全に忘れていた。微笑んだ表情を貼り付けたまま、僕の顔から血の気が引いていく。



──────────



「レーデンくんだ!」

「おはようハナ!それにベルタさん!店出すならそうと言ってくれよ!手伝いに行けたのに!」


 レーデンか・・・どうしてこう知り合いばかり通るんだ。彼は看板を見て少しだけ残念そうな表情をする。


「あー、アシャラの料理じゃないんだな!本で見たミソヅケとかソバとか食べてみたかったんだけどさ」

「えらく渋いチョイスだな。今回の屋台は西方の人に頼まれてやってるからな」

「西方の包み焼き、ミソヅケよりウマいネ。姉の分も買ってけ」


 ベルタは誰を相手にした場合でも片言で通す気か。大変律儀でよろしい。しかしレーデンは祭りだというのに、いつもの昇り鯉の鎧姿だ。遊びでここに来たわけではないのか。


「今日は仕事か?」

「組合に誰もいないから、取り締まりまくりの昇進チャンスだと思って一人で祭りの巡視受けたんだけどな。荒事もなかなか起こらないから、結局給料貰って鎧着て遊び回ってるだけだな!」


 レーデンはそう言い大声で笑う。僕もつられて微笑む。ナタリアとテレンスは夫婦二人で祭りを見て回っているということかな。


「腰紐を下げた鎧姿の認定ヴィジルが人混みの中を歩いているだけで、軽犯罪に対しての抑止効果になるだろう。立派な仕事になっているはずだ」

「さすがユリちゃんさん、言うことが違うぜ!じゃあ、お仕事してくるわ!褐色のベルタさんも素敵だよ!」


 ベルタに銀貨四枚を渡し、包み焼きを片手に去っていくレーデンを見送る。道行く女性に声を掛けているのを見ていると、本当に仕事になっているのかどうかは怪しいが、まあ僕らが咎めることではない。レーデンらしいな。



──────────



──同日、午後。



「あぁらユリエルちゃん!それに山狗ちゃんたちまで!何やってんのよォ!オホホホホホホ!」


 ・・・まさか。僕の背後から響く、必要以上にくねらせた壮年男性の声。タイレル卿まで・・・


「閣下。包み焼きホショル食うか?」

「べっべべベルタ!口調口調!」


 急いで振り返り、ベルタを制止する。それを聞いたタイレル卿は大声で笑う。


「ホホホホホホ!いいじゃない、お目出度いお祭りの場だし、この露店にも合う、いい雰囲気だわ!ベルちゃんもどう?」


 ・・・ベル、ちゃん?


 彼の横には、並んで立つベルトラムⅣ世殿下の御姿が。お忍びらしく平服だが、一目して明らかに質の違うイルミア山羊のコートと、その下の紫絹シケンのシャツが威容を醸す。これだけで城壁の内側に豪邸が建つ価格だろう。それに、後ろにいる明らかに堅気カタギじゃない私服の面々は、おそらく例の禁衛隊の連中か。


「きみっ・・・もしかしてエルシダのユーリエルか!本当だ!八年前から何も変わっていないじゃないか!」


 八年前。殿下と閣下が東方へ視察にいらした時に一度お会いしただけだったが、僕なんかのことを憶えておられたのか。僕はコック帽をとり、さっと跪く。


「殿下ッ!ご無沙汰しておりますッ!」

「うんうん、ひさしぶり!いやーほんとかわいいね、ヴィンテスがご執心なのも頷けるよ!」

「もうベルちゃんたら!だから何度も言ってるじゃない!」


 殿下はしゃがみこんで僕の高さに目線を合わせ、ぽんぽんと両肩を叩く。ヴィンテスとはタイレル卿の上の名だ。この二人は魔導学院の同窓で、前回会ったときもこんな感じだった。二人とも三十代後半で同い年のはずだが、殿下は白髪もなく髭も綺麗に剃っており、線も細いため二十代半ばに見える。八年前にお会いしたときから全く歳をとっていないかのようだ。


「おにいさんどなた?」

「ハナぁぁぁぁっ!!」


 こいつら、こいつら揃いも揃って・・・!僕の胃がキリキリと痛む。本来なら不敬罪で数回は首吊りモノだ!


「ベルちゃんはねぇ、とぉっても偉いお兄さんなのよォ」

「お兄さんだって!嬉しいねえ!私・・・いや、“余”は確かに偉いな!この国で一番!になっちゃったねえ、あははははは!」

「バッカねぇー!“余”なんて言い慣れてないのバレバレじゃなァーい!」


 大笑いする二人の後ろでは、私服の禁衛隊っぽい人らが凄まじい形相で包み焼きを分解し、中身を確認している。次期国王陛下がこういう人だと、お付きの仕事も大変そうだな・・・。

 しゃがんだままの殿下の表情から、笑みが一瞬だけ消え去る。



、年明けに、ね」



 戦慄が背筋を駆け抜け、体中に鳥肌が立つ!


 何を?僕に?年明け?バレてる!?


 殿下はすぐに満面の笑顔に戻り、顔面蒼白の僕の肩をもう一度叩いて立ち上がった。


「ベルティリアも、たまにはおうちに帰りなよ!君のおとうさん凄く心配してたよ!」

「そうか」


 ・・・殿下はどこまで知っている?僕はまずいことに手を出したのか?どうして?首吊りか?まさか本当に殿下がグシュタール教授を?なんで僕はこんなところでひざをついている?ぼくはまた、みんなをまきこんで・・・


 視界が少しずつ白くなり、だんだん周囲の音が遠のいていく。ああ、これは、アレだ。ひどく緊張したあとにくる、貧血だ。意識を失う寸前、ハナが僕の名を叫ぶ声が聞こえた気がした。



──────────



 ──・・・。



 目を開けると、もう沈みかけた陽が、雲を下から朱く照らしていた。頭上に短い顎と鼻が見える。この毛色はハナか。僕は・・・膝枕で寝かされているようだな。少し気恥ずかしくなって、無言で起き上がる。


「ユリちゃん」

「すまない、ハナ。店は?」


 ハナは「ん」と指差す。僕が寝かされていた公園のベンチからかろうじて見える屋台には、それなりの量の人が並んでいた。ああ、そうか。今や殿下御用達の店だもんな。・・・よく見ると鎧姿のままのレーデンまで包み焼きを配っている。仕事はいいのか、あいつ。


「はあ。さっきの人は次期国王陛下だ。王様だぞ。あんまり気易く話しかけちゃいけないんだ」

「・・・ごめんね。ふーちゃんからも怒られちゃった」


 しゅんとするハナを見て、少し胸が締め付けられた。情けなくも貧血でぶっ倒れた僕をここまで介抱までしてくれたのに、この言い草はない、よなあ。


「僕の方こそ、すまない。怒ってはいないよ。誰にでも公平に話しかけられるのは、他の誰にもない、ハナの良いところでもあると僕は思う」

「やっぱり、ユリちゃんはやさしい」

「優しくなんか、ない」

「ううん、ユリちゃんも、ふーちゃんも、べーやんも。みんなやさしくて、大好きだよ」


 そういうことをさらりと言えるのも、僕のどす黒い本性を知らないからだろう。


「ふだんは言えてないけどね。ずっと、ありがとうって思ってたんだよ」


 わかってる。お前は嘘をつけない。そんなの、顔にずっと出てるよ。


「ぼくはね、ユリちゃんのためなら、なんだってできるんだよ」


 わかってる。・・・それこそ、ひとごろし、でも。


「なのに・・・どうして、ユリちゃん、泣いているの?」


 頼む、本当に、心の底から、たのむ。ぼくに、やさしくしないでくれ。


 ・・・だけれど、それは、それこそは、ハナにとっては一番、できないことだろう。


 ぼくは、ハナの“妹”。ハナにとっての“ミオ”だから。


「僕は・・・僕は・・・っ」


 言葉が出てこない。

 僕はハナに、この子のためだと自分に言い聞かせながら、今までどれほど残酷な仕打ちをしてきただろう。

 ハナが僕を憎んでくれれば、怨んでくれれば、どれほど僕は救われただろう。

 “好意”が、“善意”が、僕の心を締め付け、その罪を照らし出すだなんて。


 後悔すれば、時間ときを戻せるだろうか。悔い改めれば、明日あすには救われるだろうか。


 静かに泣く僕達の背後に、冬の花火が上がった。


「ユリちゃん、わらって。花火、きれいだよ」

「・・・そう、だな」

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