20 “ユーリネアの憂鬱 II”

──十二月一日、午前。王都中央区、目抜き通り。



「ここまで、二人きりで話をするタイミングというのはあまりなかったな」


 横を歩くベルタが不意におかしなことを言う。


「フランツに腰紐のことを聞いた時以来か・・・?あの時はすまなかった」

「気にするな。それよりいい機会だ、きみに聞いておきたいことがあってな」


 ベルタが僕に聞きたいこと?想像がまったくつかない。ちょっとドキドキする。


「・・・ハナやフウともっと仲良くするには、どうすればいいだろうか・・・」

「はい?」


 いけない。思わずひどい返しをしてしまった。


「いや、十分仲良いと思うんだけど。二人はお前を信頼しきっている。今の関係じゃ駄目なの?」


 ベルタは少し眉間に皺を寄せ、重々しく語りだした。


「私は元来、ひどく臆病な人間なんだ。剣の道に進んだのも、それを見かねた両親が私を道場に放り込んだことが発端だ」


 ベルタが、臆病ねえ・・・。


「怖いんだよ。他人が私の言葉に対してどういった反応をするのか、どう思うのか、想像できないということが。だからいつも言葉を選んで、選び抜いて、その間に会話が終わってしまう。少し、その、寂しくてな」


 好きで無口な訳じゃないということか。

 思い返せば僕にも、少しばかり似た経験はあった。

 魔導学院に入ったときは、年齢相応に見られたいがため、とにかく難しい言い回しや大人びた意見を言おうとずっと背伸びをしていた。・・・常に周囲の反応を想定し、言葉を慎重に選びながら会話をするというのは、実際大変な労力だ。数カ月も経たないうちに、人と話すことそのものが億劫になってくる。かといって、不用意な発言で子供扱いされるのも嫌だ。その結果、僕は周囲を拒絶しはじめた。

 いつからか僕は皮肉半分で“孤高の天才少年”扱いをされるようになり、それを受け入れることで精神状態を維持するようになる。

 ・・・牢獄のようだった。何より滑稽なのは、自ら篭ったその牢獄から、出る方法がわからなくなってしまったことだ。とにかく毎日が早く終わることを望み、余った時間を使いひたすら自分のルーツを探し続けた。学生時代に戻りたいかと言われると、二度と御免だと胸を張って言える。


 その頃に比べれば、今はだいぶラクだな。最初はそうしようなどと思っていなかったが、気付けば僕は、彼女らと思ったままのことを本音で話すようになっていた。


「その点きみとフウはその、なんというか、すごく、仲が良いだろう」

「・・・そ、そう見えるのか、お前には」

「違うのか?」


 どうなんだろう。僕の立場からすると、フウには、いつもからかわれて遊ばれているという印象しかない。


「フウはきみのことを好いていると思うが」

「素直になれない愛情表現ってことか?ないない。それに、種族が違うだろう」

「関係あるか?」

「少なくとも、僕には」


 正直なところ、フウもハナもかわいいと思う。だが、なんというか、彼女らは犬のような顔をしていて毛むくじゃらだ。かわいいとは思うが、恋愛対象とかそういうのにはならないと思う。何より、こういった仕事仲間という関係は、色恋沙汰が縺れて破局したりしやすいという。仲間内で簡単に関係を持つべきではないだろう。

 それより僕は、話の落としどころが見えなくてどうにもやきもきする。お前がフウたちと仲良くしたいんじゃないのか。無理やりに本題の結論へ持っていく。


「まあ、なんにせよ、こういうのは無理しても続かない。それに、今更ベルタの発言で僕らが激高したり、いきなり嫌いになったりなんてことはないよ。少し気の赴くままに喋ってみてもいいんじゃないかな」


 ベルタの歩みが少し遅くなった。その視線は足許のあたりにある。まさに今、言葉を選び抜いているな・・・


「そう、だな。少し気が楽になった。ありがとう」

「どういたしまして」



──────────



 遠くにベラン物産の社屋が見える。表は三階建ての立派な建物。裏が倉庫になっているという。

 僕は前を向いたままベルタと最終確認を行う。


「そろそろだな。確認するぞ。お前は“ベルカ”。母を十年前に、ベランの文化に興味を持つ父を三年前に亡くし、女手ひとつでユーリネアという名の妹を育てている。過酷な下働きをしているから腕力には自信がある」

「ああ、私はベルカ、きみはユーリネアだ。大丈夫。きみの方こそ、口調を女性っぽくするのを忘れるなよ」

「任せて、フウのマネをすれば余裕なはずよ」


 僕の言葉に“ベルカ”が吹き出す。慣れてもらうためにも、口調は変えられない。


「“お姉ちゃん”、それじゃ駄目なんだって。慣れてもらわないと。“わたし”は社屋の裏の倉庫のあたりで待ってる。家に妹を置いて来られないから裏に待たせてるって言っておいてね。裏路地は安全ではないから、それで中へ入れてくれると思うの」

「わっ、わかったわかった。ふふっ、ああ、もう少し前から慣らしておけばよかったな」

「そうね・・・」

「お姉ちゃん、か。ハナをこっちの任務につけてやりたかったな」

「さすがにそれは目立ちすぎるわ」

「そうだな」


 さあ、依頼遂行開始ミッションスタートだ。



──────────



 僕が裏に回ると、赤い髪に浅黒い肌の小僧がひとり、つまらなさそうに石を蹴っていた。年齢は十一、十二ってところか。ベラティナ人・・・ベラン物産の関係者の子か?


「なにしてるの?」


 子供っぽい口調で小僧に話しかけると、見てわかるほど顔を赤くして目を逸らす。凄いな、本当に効果あるよこの女装。


「なんもしてねえよ、誰だよお前」


 まあ、この年頃の小僧ならこういう反応だろう。だが僕もかつて小僧だったからわかる。このくらいの年齢は、女性に対しつっけんどんな態度を取るが、中身は一番ムッツリしてる年代だ。女の子に声をかけられて悪い気はしないはず。


「“わたし”のお姉ちゃんがね、この建物に仕事しにきたの。子供は入れないから、裏で待ってなさいって」

「ふーん」

「ここの子なの?」

「おれの父上は社長だぜ。わかるか、おれはお前が気軽に話しかけていいような男じゃないんだ」


 来た!関係者というかトップのご子息じゃねえか。坊主は顔を赤らめたまま、僕の前に真っ直ぐ仁王立ちする。


「・・・だけど、お前は特別だ。おれと付き合うならな」


 ・・・はっ?なにこれ、一目惚れってやつ?気に入られるのは悪い展開ではないが、些か話が飛びすぎだろう。


「いきなりね・・・物事には段階ってものがあるのよ。男の子にはわかりにくかったかしら?」

「偉そうにするんじゃねえよ、お前おれより年下だろ!」


 やっぱり子供は苦手だな、含みを持たせつつやんわり断ったつもりだが、話が噛み合わない。年下だから言うことを聞いて付き合えというのか。こうなったら、小僧より微妙に上の年齢に設定しとくか。僕は少し怒ったように、腰に手を当てる。


「わたしこう見えても十三なんだけど。あなたは?」

「げっ、まじかよ・・・十二だ」

「ね、わたしのほうがお姉さんよ」


 ほんとは二十一だけどな。口調もだんだん板についてきた気がする。この小僧、練習相手にちょうどいいな。


「わたしはユーリネア。よろしくね、次期社長さん」

「・・・カダルの息子、ボルドだ」


 本にあった通りか。自分の名と父親の名でフルネームとする。族長クラスになると家の名もあるそうだが、社長ってのはどうなんだろうな。


「おーいボルド。そっちに女の子が・・・」


 倉庫の方から小僧をそのままビッグサイズにしたようなおっさんが出てくる。社長さんか。似すぎだろ親子。


「ああいたいた。君がユーリネアちゃんだね。ちょっと来てくれ」

「はじめまして、ユーリネアと申します。姉が粗相をはたらいていなければ良いのですが・・・」

「ははは、よく出来た妹さんだ」


 いや、本当に心配なんだけどね。ベルカお姉ちゃんの粗相。



──────────



──王都中央区、ベラン物産、事務室。



 ・・・おいおいおい。もうちょっと隠せよ。

 僕がボルド少年に手を引かれながら、社長について事務室に入ると、人相書きのひとつによく似た男がベルタと話している。呑気なことに彼女を口説いているようだ。


「──俺明後日ベランに帰るんだけどさ、君を連れて帰りたいくらいだよ」

「何度も言うようですまないが、私は妹の面倒を見なければならないからな・・・ユーリネア。来たか」

「君がベルカの妹か。なんてこった、美人姉妹だな・・・」


 ・・・苦手なタイプだ。異性のことしか頭になさそうだな。向こうのドアからは、ベラティナ人のおばちゃんがティーセットを持って現れる。社長の奥さんかな。


「はじめまして、ユーリネアと申します。このたびは姉がお世話になります」


 僕の言葉を聞いて、“ベルカ”が笑いをこらえるような表情に変わる。耐えるんだ、がんばれ!


「・・・ブフッ!」


 ・・・駄目だったか。


「どうしたベルカ。妹ちゃん、なんか変なこと言ったか?」

「・・・うっ、ふふっ、いっ、いや、すまない。家ではいつも、もっとぶっきらぼうな話し方だから、つい・・・」


 お、うまく誤魔化したな。乗ってやろう。


「余計なこと言わないでよね。お姉ちゃんがいつも無愛想だからわたしがこうして苦労してるんじゃない!」

「す、すまない・・・ふふふっ」


 僕らのやりとりを聞いて、社長と男がげらげらと笑う。


「変わった姉妹だな。ああ、私がベラン物産、社長のカダル。こっちは出入りの運び屋デンス。書類仕事を取り仕切る、妻のトヤだ」

「よろしくな。西の方のものが欲しい時は俺に言えば、次の便で持ってきてやるぜ」

「ずいぶんとまあ可愛らしいお手伝いさんたちね、よろしく!」


 似顔の男、“デンス”は荷馬車で運び屋をやっているのか。確かにクスリの密輸ならお手の物だろう。だが運び屋が直接、売り子に商品を卸すところまでやっているのが若干不可解ではある。ベラン物産がどう関わっているのかを確かめねばな。


 僕も軽く自己紹介と挨拶をすると、社長が僕にちょっと変わった事を訊いてきた。


「ベルカくん一人がヴィジルとして倉庫作業の手伝いに来てくれたようだが、話によると君も読み書きや金銭の計算が出来るそうだね」

「ええ、姉が不甲斐ないので、財布の管理は私が」

「本当にしっかりした妹さんだ。ボルドの嫁に来てほしいくらいだよ」


 親父公認かちくしょうめ。僕と手を握ったままのボルドが、こっちを見て妙に誇らしげな笑顔を浮かべている。勘弁してくれ・・・


「わ、わたしにはまだちょっと早いお話だと思いますわ」


 焦りで作っているキャラクターがややぶれてしまう。それを机の向こうからひどくにやつきながらベルタが眺めている。あとでおぼえてろよ。


「実は得意先から驚くほど大量の注文が入ってね。とにかく人手が足りない。事務作業の手伝いと、その合間にでもボルドの相手をしてやってもらえれば、二人分支払うよ」


 面倒な手を使わずに帳簿を見られる。最高の提案だ。僕は小僧のやや汗ばんだ手の感触も忘れ、満面の笑顔で応じた。・・・いやらしい顔になってなければいいが。


「ええ、お役に立てるのならば、喜んで」



──────────



 ベルカが社長とデンスに連れられて倉庫の方へ行く。がんばれよ。一方こっちではトヤおばちゃんが、僕のためにテーブルをひとつ空けてくれた。ついでにお茶を淹れてくれる。例のにおいはしないな。茶は王国のもののようだ。

 彼女は書類仕事を取り仕切る、と社長が言っていたな。つまりは僕の上司というわけだ。


「算盤は使えるかしら?」

「いえ、すみません。筆算しか・・・」

「ああ、念の為訊いたけれど、それだけで十分よ。短期で雇うヴィジルの方は、ほとんどが数字を二十まで数えられれば良い方だしね」


 トヤおばちゃんは大笑いしながら、僕にいくつかの帳簿を渡してくる。


「簡単な足し算の作業よ。明日の増便で入庫されるもののリストと、今ある在庫のリスト。在庫に入庫分を足しておいてちょうだい。多分、すぐ終わるわ。ボルドはその間ちょっとだけ待っててね」

「あーい」


 つまらなさそうに返事をして事務室を出ていくボルド。僕は一応彼に手を振っておいた。


 おばちゃんは既に算盤をバチバチいわせながら、おそらくは売上帳簿の計算を始めている。は、速ぇ・・・この人もプロか。僕も自分の“仕事”を始めよう。


 向こうからすれば、“わたし”は十三の子供だ。そこまで大きな働きは期待されていないだろうが、使えるところを見せておけば心象は良くなる。心象が良くなるほど疑われにくい。僕は可能な限りのスピードで在庫計算を行い、その傍ら、筆算用にもらったメモ用紙の隅に、取り扱われている物品をリスト化し書き込んでいく。

 こういう帳簿に裏で取り扱う品を載せているとは考えにくいが、万が一ということもある。あとでベルタにリストを見せ、明らかに取り扱っていない品があるかどうかチェックしよう。それで在庫量と入荷スケジュールを割り出せるかもしれない。


 それなりの規模の商会だ。扱っている品はベランのものだけではない。地域でいえば西方一帯、コグニティアからベランまで。品物でいえば穀物からスパイス類・・・“岩塩”は怪しい気がする。あと羊毛に羊肉、どういうわけか、数は少ないが正教の聖書や聖像なんてものもある。“王国に協力的なベラティナ”を演じるにはちょうどいいということか?


 帳簿と品物のリストを書き終え、おばちゃんに声をかける。


「奥様、計算終わりました」

「あらやだ奥様だなんて!それにしても早いわね。助かるわ、これだけでもだいぶ楽になるのよ。もう遊んできてもいいわよ。ボルドをよろしくね」


 僕は可能な限りにこやかに応じる。はあ、色気づいたガキの相手か。在庫計算よりよほど面倒くせえなあ。



──────────



──同日、宵の口。王都東区、自室。



「とりあえず、僕のほうで帳簿から取り扱う品の一覧を書き写した。この中に、実際に取り扱ってないものがあるかどうか、現品から確認を頼む。どれがクスリのことか特定できれば、運び込まれる便を特定できそうだ」

「わかった。・・・しかし、連中は隠す気があるのか?最初の説明で、いきなり赤い印のついた木箱を指さして“デンスの私物だから触るな”ときた。“在庫”はあれで間違いなさそうだな。折を見て中身を検める」


 だいぶガバガバだな。親族経営だから安心しきっているのか。今の情報だけでも報告すれば立派な成果だが、期限はあと二日ある。とことんまで調べてやろう。

 だいぶ遅くなったが、フウたちも帰ってきたようだ。玄関のほうから音がする。


「ただいま!」

「あーただいま。疲れた・・・」


 相変わらずハナは元気だが、フウがだいぶお疲れのようだ。慣れない作業だ。心中察するところだな。


「ご苦労さん。こっちが当たりを引いたようだな。バトエルデニ商会のほうはどうだった?」


 フウは手提げ袋から黒パンと干し肉を出しながら応える。食事もまだだったのか。


「やっぱり。こっちは外れっぽいわ。比較的小さい商会で、倉庫には商品がむき出しで置かれてたけど、それらいしものは見当たらないわ」

「お茶にシナモン入れたら王都の人にも飲みやすくなるって教えてあげたら、すごく喜んでたよ!」


 普通に軽作業してきただけか。職業体験的なものでハナは楽しかったかもしれないが、フウの徒労感はさぞ大きいだろう。


「あと二日もあるのね・・・」

「すまないが、辛抱してくれ。もしかしたら何か出てくるかもしれないし、王都のベラティナに横の繋がりがあった場合、今怪しまれたらおしまいだ」

「わかってるわ。まあ、社長の奥さんが作ってくれるベラン料理がおいしいからまだ頑張れそう。作り方聞いてるから、料理のレパートリーも増やせそうだし」


 作業と調査だけでも大変だろうに、意外とタフだな。


「とりあえずこっちで人相書きの男一人と、おそらくクスリの在庫を確認した。あと二日で、可能なら残りの一人と輸送スケジュールをチェックする」

「書類は任せたぞ、“未来の社長夫人”」

「ちょっと、なによそれ」

「・・・なんでもないよ」


 このままなら簡単に事が進みそうだ。しかし、油断している時が一番危ない。慎重に行こう。

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