同じ 鍵で 待っている

fujimiya(藤宮彩貴)

第1話 はじめに&二年目の京都生活①

 この作品は、本編『同じ 鍵を 持っている』の続編です。

 冒頭から、本編のネタバレが壮大にあります。

 本編を知らなくても読めるように書いていますが、『同じ鍵』の世界を、いっそう楽しみたい方は、本編を先に読まれるよう、おススメします。


 →以降、本文がすぐにはじまります。準備OKでしたら、お進みください。


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 四月。


 さくらは大学二年生になった。

 類は、ほど近い私大の新入生。


「恩返しってわけじゃないけどさ」


 さくらは、義理の弟である類の保護者として入学式に出席した。

 以前、高校の卒業式に来てくれたことがうれしかった。だから、今日はそのお返しのつもりで、類の大学へと脚を踏み入れた。


 すでに芸能界で大活躍中で、学年的にはひとつ下とはいえ実質的には半年も違わない生まれの類の保護者面をするには、なにもかも足りないとさくらは知っている。


 東京で働いている両親が出席できなかったという理由もあるけれど、さくら自身が類の学生姿をいちばん近くで見たかった。

 身体にぴったりな濃紺のブランドオーダースーツに、ロゼカラーの明るいネクタイが決まり過ぎていて、直視できないほどすてきだ。相変わらず、身体は細くて、脚が長くて、髪がさらっさらで、顔が小さくてきれいで、お肌もつやつやで、外見には文句のつけようがない。


 いつもは素通りする大学だけれど、さくらは類と手をつないで校門をくぐった。



 類は、さくらの義弟であり、婚約者。


 さくらの父親と類の母親が再婚し、きょうだいになったものの、ふたりは次第に絆を深めて恋に落ちた。十九歳と十八歳の若さで結婚を約束するにいたったのには、理由がある。


 類が超・売れっ子のモデルであり、普通の交際では周囲に反対されるのを見越して、ならばいっそのこと結婚しよう、という流れになった。お互いに真剣な気持ちだったので、異論はなかった。


 ふたりはいま、親元を離れて京都で同居している。



 大学のキャンパス内は、すでに異様な雰囲気だった。


『新入生。北澤ルイやで、ルイくん!』

『ほんまもんか。信じられへんわ』

『かっこええわー』

『隣の女、誰。身内か』

『姉とか』

『いや、例のお相手かも。似てへんさかい』

『婚約したゆう、あれか』

『そこそこかいらしけど、顔は普通やん。北澤ルイのお相手にしては』

『あっちのほうがすごいんやろ、相性抜群』

『うわ。そないにお下品なこと、言うんか』


 心ない噂が遠慮なく、さくらの耳をなぶる。けれど、怯んではならない。

 類の隣に立つ者として、さくらはふさわしい態度をとらなければならない。余裕ありげな笑顔を振る舞う……必死に。


「さくら、気にしないで」

「うん、だいじょうぶ。覚悟できているから」

「おー。だいぶ、肝が据わってきたね。さすがはぼくの選んだ女だけあるね。しかし、入学式にガイダンスなんて、退屈だな。早く帰って、さくらを思う存分抱きたいよ、はーあ」

「人に聞こえるよ、類くんってば」


 受付を済ませ、さくらは類と別れた。


 今ごろ、類は大勢の新入生たちに囲まれているだろう。あの、超人気モデルの『北澤ルイ』と同級生だなんて、とんでもないサプライズ。


 式がはじまるまで、もうしばらく時間がある。


 この大学、毎日のように素通りしていたことを、さくらは思い出す。

 二月まで住んでいた西陣の町家から、さくらの大学までの間に建っている、ミッション系の大学だ。歴史はあるし古いけれど、新しい建物も多く、京都の街並みに溶け込んでいる。


 さくらはつい、ふらふらと歩き出した。


 類と同じ時間を過ごせるのは楽しいけれど、こうやってひとりでぼんやりするのも、たまにはいい。空を見上げたり、花を眺めたり、風を感じたり。


 この一年、いろいろなことがあった。あり過ぎた。


 義兄の、玲を追って生まれ育った東京を離れ、京都で進学した。

 慣れない生活に追われ、玲とすれ違っているところへ類が来た。

 類に振り回されているうちに、情がわいてしまった。

 離れられなくなってしまった。とうとう、好きになってしまった。

 玲に、ごめんなさいをした。


 さくら、一生の不覚である。

 思いを通じ合ってからは類の魅力に惹かれてゆくいっぽうで、さくらは正直、毎日苦しい。こんなにステキな人が、自分のことを好きでいてくれていることが不思議でならない。


 散り初めし桜花が、さくらを包んだ。



『さくら』の命名は、亡き母が東京の開花宣言を聞いてつけたのだという。出生届は、子どもが生まれてから二週間以内に出せばよいことになっている。さくらの誕生日は、三月十四日。名付けには、悩んだに違いない。


 父の涼一は、もっと真面目な名前をつけたかったらしい。それこそ、聡子とか祥子とか、そっち系の地味名を。なのに、母の押しネームは、ひらがな三文字。しかも『さくら』。

 産後の身体を引きずりながら、みずから役所に届け出たらしい。言うならば、抜け駆けだ。


「類くんは、どんな名前がいいのかな」


 そこまで考えて声にしてしまったさくらは、あわてて口をおさえた。


 い、いやいやいやいや! そんなつもりじゃなくて!


 周囲を見渡す。幸い、誰もいなかった。婚約したとはいえ、できてもいない子どもの名前を妄想するなんて早い、早過ぎる。


『早く、赤ちゃんつくろうね』


 昨夜も、類はベッドの上でさくらにそうささやいた。思い出しただけで顔から火がでそうだ。

 年下の言動に、惑わさればかりの自分が情けない。


「そもそも今、子どもができたらどうすればいいの。勉強は。大学は。生活は。卒業してからでいいんだよ、焦らないで」


 しかし、本人を目の前にすると、さくらは言えなくなる。すっかり、類にとらわれていた。悔しい。



 講堂で行われた入学式でも、さくらは懸命に類の姿を捜してしまった。

 類は姿勢を正し、端座していた。整った横顔に、でも少し退屈そうでだるそうなしぐさ。あくびしそうになるのを、こらえている。

 愛らしくて、今すぐ抱き締めたくなった。


 ああ、自分は完全に心を奪われている。

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