第28話 ギタリストのニャゴロ―


 この季節には珍しく暖かな日差しが街全体を覆う。そろそろさっむい時期も終わろうと言うのだろうか。

 

 井戸端会議で奥様方の話題はいつも同じ。三寒四温だなどと洒落た言葉で暖かな季節がもうすぐだよと口々にする。

 

 それにしてもポカポカと気持ちがいいな。

 この縁側というやつは人間の素晴らしき発明だと思う。

 悲しいかな我輩が間借りしている家にはないのである。


 「うぅぅ……さっむ!」


 チッ!

 我輩が風情に浸っているとあの男が水を差す。


 「お、ニャゴローじゃないか。日曜日だってのに家に来るだなんて……お前も相当にヒマなんだな」


 なめるなよゴミ虫めが!

 貴様の塒を一夜で灰にするなんて造作もないことだぞ?

 チチママやチチ娘がいなかったら即実行するところだわ!


 「ニャゴロ―は放っておいてと……」


 ムム!?

 なにやらゴミ虫は古臭い大きなヒョウタンを横に置いた。少し錆のある留め金を外し、パカっと開けばその中にはなんと!

 ……ってか、なんだこれは?


 {シャリラリーン}


 太陽が弾けたような塗装を施された亀の甲羅にも見える本体からは、エレファントを思わせるような長い鼻が生えている。但し、ぺちゃんこだけれど。しかもそこには六本の糸がピンピンに貼られている。

 

 ゴミ虫がペラッペラの小さなおむすびでその線をなぞると振動して音が鳴った。蚊の鳴くようなか細い音が。


 {ベイインベイン}


 ゴミ蛆虫は爆発した太陽色の鼈甲を抱えると我輩の横へ腰を下ろし、象の鼻先にあるつまみをくりっくりっと弄りながら糸を弾く事数十回、やがて不協和音もその姿を消し、振動が揃うと美しいハーモニーを奏でる。


 {ポロロ~ン♪}


 「こんなもんかな?」


 そうか、これは楽器だな! 間違いない!


 「これはな、ナインティ―ンフィフティナインのメリケン有名アーティストモデルなんだよ。俺が若い頃でもそこそこ高価でな、滅多にお目にかかれないギターだったんだよな。運のいい事に商店街の楽器屋で偶然見つけてな、長期ローンで手に入れたんだ。今となっては常人では手が届かない代物なんだぞ」


 長くて何言っているかイマイチ理解に苦しむな。


 「んで、コイツをアンプに繋いでっと……」


 ゴミ蛆糞虫はハードな旅行鞄程もある黒くて四角い箱を我輩の横へ置くと、黒くて太い線をぶっ刺し持っている楽器にそれを繋いだ。そして何やらカチカチとスイッチ類を操作して……


 {ギャオォォォォォォンッ! ウギャギャギャギャギャギャギャイイィィィィンッ!}


 うぎゃあぁぁぁぁぁっ!

 耳がっ! 

 耳があぁぁぁぁぁぁっ!


 新手のイヤガラセだなゴミ虫臭男めが!

 ん? なにやら耳の中から生暖かいものが……あっ!

 血ではないかバカモノめがっ!

 貴様本気で我輩を殺しにきていやがるなっ!

 えぇい、それならばこちらにも考えがあるぞ!

 思い知れっ!


 

 次の日、小張バイク店横の電柱脇にネックの折れた一本のギターが捨てられていた。

 そのボディは熊の爪跡かと思う程に深い傷跡が無数につけられ、再生不能なほどに破壊されていたそうな。皮肉なことに、美しかったであろうサンバーストカラーの赤が、まるで血を流しているようにも見えたのだとか。

 しかもそのギターの横にはボディを拭いたのか、白黒赤の三色からなるボロ雑巾が添えられていたそうな。


 そしてこの後、小張バイク店は一週間の臨時休業となるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る