第26話 スカイダイバーのニャゴロ―
やらかした!
我輩は今、商店街パン屋裏手の賃貸マンション屋上にいる。
と言うより拉致されているのである!
昨日の事。
ここ最近、TVショーでやたらと垂れ流し放送される動物番組。
特番が大好物な美也殿がこれ等に食いつかないはずもなく、関節を決められて強引に彼女の膝の上へ乗せられホッカイロと化した我輩の脳ストレージへ映像丸ごと2時間インストール。最中、やれ可愛いだの、やれ愛くるしいだの罵詈雑言をハイトーンなカナ切りボイスで我輩の精神を窮地へと追い込む。
いや、問題はそこではない。
番組内でのとあるコーナーなのである。
気まぐれでジャンプをしようとした猫が床で足をスリップさせて失敗するといった動画の数々。これを見た美也殿が一瞬険しい顔となったのだ。それまでキャッキャと子供の如く燥いでいたはずなのに、一瞬でアサシンを思わせる表情へと変化したのである!
我輩の危機察知能力がこれに即反応、全身総毛立てて脱出しようとジャンプを試みる!
{ゴキン!}
しかし関節技を決められていた為に脱出失敗!
おまけに全足複雑骨折といったかすり傷の追加ダメージを負ってしまうハメに!
「ふーん、猫って空飛べるんだ。尻尾をヘリコプターみたいに回転させて……これは検証が必要かも」
呪詛のこもった悪意ある言霊を口から放つ美也殿に我輩の生命維持装置が激しくショート!
いわゆる”死の宣告”である!
「明日実験してみよう」
美也殿は半笑いでそう言った。
その日は無事過ごしたのだが……。
そして日を跨いだ本日の夕刻。
つまりは現在。
昨日足に小ダメージを負ったが為、美也殿が学校へ行っている大チャンスをみすみす逃すといった愚かな行為を余儀なくされた我輩。リビングでずっきんずっきんする前足を舐めていたところへ帰宅した彼女に即捕獲、そして拉致のコンボを喰らう。
この時ワザとか偶々なのかは知らないが、各足を確かめる様にギュッと押された。
「フフフ」
我輩あまりの苦痛で鳴き声すら上げることも出来ず、只々脂汗を滝の如く垂れ流す。激痛で顔をゆがめる中、美也殿はどんなアイドルよりも可愛らしい笑顔を見せたのであった。
その後、この賃貸マンション屋上へと来ることになるのだが、途中、ニャン吉に遭遇。バカなヤツは我輩が大切そうに抱かれているのを見て、ついて行けば何かいいことがあると勘違いした模様。そして現在に至る。
断崖絶壁の如く柵も無いマンション屋上の縁へ我輩を抱きかかえたまま聳え立つ美也殿は是正に仁王像!
彼女の一睨みでニャン吉なる愚か者は尻尾を巻いてガクガク震えだす。……のかと思えば美也殿の足へとすり寄りにゃーんと甘い声を出しカワイイアピールでものをねだる。
だがしかーし!
相手はあの閻魔大王ですら裸で逃げ出す美也殿だぞ!?
裸足ではなく裸でだぞ!
(重要だから二回言った)
物をくれるどころか逆に奪われてしまうぞ?
なにをだって?
そんなの命に決まっておるだろうがバカモノめが!
ところが!
美也殿は片手て我輩を支えると、空いた反対側の手をポケットの中へ。我輩の予想に反しておやつ的な何かを取り出したのだ。
うーむ、この臭いは……クサヤか!
まったりもったりツンとウ〇コに似たかぐわしき愛しのかほり。
間違いない!
熟成しまくった激クサのクサヤだ!
「ウニャーン!」
あのボケ茄子ニャン吉ですら気付いたと見える。
これがクサヤだと。
「ホレホレ三毛猫ちゃん。これがほしいのかい?」
美也殿は器用にもその場で身をかがめると手に持ったクサヤの切れ端を右へ左へゆらゆら揺さぶる。ニオイに釣られたニャン吉は縁の上へと軽々ジャンプ!
首を同じように左右へ振りながら目の前にあるクサヤを己の眼で追いかけ始めた。
「それそれそれそれ……そーれっ!」
「!」
空中へと放たれるウ〇……クサヤ!
ニオイで頭の中が寝食されたニャン吉は追いかけてジャーンプッ!
そのままムササビのように大の字で奈落の底へと姿を消してしまった!
尤も、ニャン吉には飛膜がないから自由落下で重力の虜となるだけだがな。
ニャーッハッハッハ!
本当にバカなやつよのう!
「ほら、ニャゴロ―もあげる」
美也殿は我輩の鼻先三寸へクサヤをとりだすと、そのまま摘まんでいる指を放した。
これを見た我輩のそろばんが瞬時に事態の計算を始めるも、答えをはじき出すまでもなく先に反応する全身!
素早く美也殿の腕から逃れて激しく後ろ足をキック!
そのままクサヤを追いかけ空気の海へとダーイブッ!
「あはは! やっぱりTVでやっていたのは本当だったわー! ニャゴロ―が大の字になって尻尾をヘリコプターのようにクルクル回しながらスカイダイビングを楽しんでるぅー! チョーけっさくぅーっ!」
この日、パン屋裏手の賃貸マンション入り口付近でありえない程に大きな二つのトマトが中身をぶちまけ潰れていたとの噂が商店街を駆け巡る。その汚らしさからか、見るに堪えかねた誰かが隠すように布を掛けていったなどとの憶測も広がりを見せた。一つは白と黒の二色からなるボロ布、そしてもう一つは白黒茶なる汚れて古びた小汚らしいタオルだったなどとの噂にも似た単なる憶測ではない真実が……。
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